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あかないキミの、異能世界  作者: 竜世界
ProgressⅥ-MAGICAL NIGHTMARE-
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第61話 視えない沼は何で染まる(後編)

 統合五日目に参加者たちの間で「スキュラ」と呼ばれる毒沼マップの最上位エネミーと遭遇した男女二名。


 その身をローブで覆うやつれた男性の隣にいる女性の瞳はピンクゴールド……長く伸ばした赤紫系の髪は漆器を思い起こすような色合いで、エアリーな癖毛加減が落ち着いた印象を醸し出す。


 上半身が女性造形のスキュラの胸部も大層なものだが、この女性はその上を行く大ボリューム……しかし語るべきは青磁色の金属に関してだろう。


 ふわふわ髪の女性が意思を強く注いで触れた物体は「その世界の一員」となった上で青磁色の金属に置き換わる為、青磁色の金属は能力の生成物では無く「元からこの世界に存在する物質」として扱われる。


 そんな青磁色の金属の性質をこの女性は常に変更可能。能力の生成物を反射する性質を常に付け外し出来るのは代表的だろう。


 変更内容は今まで発生させた全ての青磁色の金属に即時適用される為、個別には出来ないが……フィールド内で性質変更を行った際、青磁色の金属がガーデン内に残っていれば、それらも一つ残らず適用対象となる。


 これは生じた青磁色の金属全てに変更が適用されているのでは無く、「青磁色の金属の性質そのもの」を直接変更した結果に(ほか)なら無い。


 もしも鉄の融点や電気抵抗率などの性質変更を行える能力があれば、目の前の鉄のみならず世界中にある鉄を含むもの全ての鉄部分にその変更が一瞬にして適用される……それが性質そのものを変更するという事。


 そんな青磁色の金属は前述の通り、使用者が強い意思を伴って触れた物体をその体積分まで青磁色の金属に置き換える事が可能で、段ボール箱が対象となった場合途中でやめなければ、その段ボールの内外全ては青磁色の金属と化す。


 置換速度は急速とは言い難く、青磁色の金属を維持する時間が過ぎれば対象はその時点での形状で元の物体へと戻る。


 オムライスを青磁色の金属に置き換えてパスタ料理のように変形させた後、青磁色の金属の持続が無くなれば、そこに存るのはオムライスの成分が乱雑に分布する麺状の料理。


 既存の物体ならば例外無く特定の金属に置き換える事が出来て、有する性質そのものを更新させる事を実現し、持続している間はその世界を構成する物質の一員となる。


 どれか一つを満たすだけでも、ふわふわ髪の女性が有する能力のディスタンスが高位(スペリオル)となるには充分だった。


 青磁色の金属は潰されても壊れずに広がる(てん)性と細長く延ばせる(えん)性の両方に優れ、角砂糖サイズの体積から何本もの麺形状を繰り出すなどの変形も存分に可能。


 眷属エネミーに第二形態がある事が判明し、範囲攻撃では無く局所攻撃が求められる状況となった今、ふわふわ髪の女性はそんな青磁色の金属を(たちま)ち変形させて行く。


 青磁色の金属が分割も合一も際限無く出来る中、女性が選んだのは攻撃力もあり直ぐ様防壁に変形可能な形状……中が空洞で被せる事が可能な円錐を三つ放った。


 こうしてふわふわ髪の女性の意思に応じて浮き上がり、ある程度の速度を上限に自由に動かせるのも青磁色の金属が有する性質だが……青磁色の金属の性質の中には変更出来ないものが幾つかあり、この性質はその一つだった。


 そんな射撃が赤くなった眷属に向かう中でスキュラ本体がその辺りを指差し……次の瞬間、柱とも思える規模の黒い雷のようなものが青磁色の円錐を直撃した。


 黒い雷と形容したものの厳密には不気味に赤黒いエネルギーが深紅の電気状のものを纏ったような外見……そんな黒雷(こくらい)は頭上に発生した瞬間に気付けなければ回避はまず不可能な速射型の能力の生成物と言えよう。


 青磁色の金属は能力の生成物を反射する状態だった為、垂直に撃たれていた黒雷は円錐表面の傾斜に応じた方向で跳ね返り光ゴーレムの横を通過した末、赤い眷属エネミーと衝突……そこへ先程発射された他の円錐二つが辿り着く。


 程なく円錐三つは刃へと変形し、赤くなった眷属へ斬撃を集中的に浴びせる……第一形態とは異なり赤い眷属はダメージを受けようと怯む事は無いのだが、攻撃を受けるや急に動きが止まった。


 次の瞬間には光ゴーレムに黒雷が直撃していた為、詠唱のような動作だった事が窺える……本体と比べれば小規模で、光ゴーレムの総量も大して削れなかった為、見た目ほど威力は無いのかもしれない。


 それでも眷属エネミーを纏めて攻撃して赤い眷属を増やせば、この黒雷が続々と撃たれるようになる……脅威と認識するには充分か。


 そんな黒雷に「単発の遠距離攻撃とみなせる能力の生成物へのダメージ増加」がある事も知らずにローブ姿の男性は余裕の無い表情で呟く。


「あの魔法少女どもに、ぶつけたい奴らだな……」


 ステッキを持ったツインテールのピンク髪少女と青髪ポニーテールの大剣使いの少女――ファーリーピンクとニアリーブルーの姿を男性が脳裏に浮かべる中、ふわふわ髪の女性が言う。


「あの雷って反射出来るからぁー……ゴーレムで誘導しよー」

「そうだな」


 ふわふわ髪の女性の緊張感の無い声色(こわいろ)による提案にそう返した男性。


 既にスキュラは青磁色の金属が黒雷を反射する事に気付くに充分な状況だったが上半身が赤紫色の長い髪に金色の瞳を持つ人間の女性の姿であろうと他のエネミー同様、スキュラには知性が無く言葉を発する事も出来なかった。


 フィールドに発生するエネミーには学習能力が無く、一度掛かった攻撃や罠には何度でも引っ掛かる。


 ある程度設けられたアルゴリズムと乱数依存的な行動選択を(もっ)て攻撃が偏ったり単調なものになったりする事を回避しているに過ぎない。


 ここへ来て眷属エネミーを一体一体倒しながらスキュラ本体へ集中攻撃する糸口を探っていた男性と女性が発言。


「そろそろか……頼んだぞ」

「はーい」


 通算三体目となる赤眷属に対し、ふわふわ髪の女性は周囲に浮遊させていた複数の円錐状の青磁色の金属を各々の位置に応じ剣や槍などの斬撃や刺突に優れた形状にし、その用途通りの攻撃を次々と浴びせて行く。


 その間に男性は琥珀結晶が変換された光で光ゴーレムを修復。攻撃を受け続けた赤眷属は再生しなくなり撃破へと至り……周囲の眷属は残り八体となった。


「取り巻き共を一掃してから本体を集中攻撃……そんな状況とは程遠いな」


 そう(こぼ)した男性だが、第二形態となった眷属は撃つ黒雷が脅威となる程の威力を有さない事とスキュラの手から生える真っ赤気味の爪と同じ色で斬撃に用いるのに優れた形状をした部位があるのが第一形態と異なる点だと捉えていた。


 やや青みを帯びた真っ赤な部位は他の部位よりも強度が一段と高いからか、破壊しても再生される事実は未だ確認されず……そもそもヒビが修復される様を目の当たりにする光景すら訪れていない。


 男性は赤眷属が複数になっても大きな脅威にはならない可能性を考えながら少しの間、押し黙り……やがて口を開く。


「次、だが」


 ふわふわ髪の女性は「んー?」と緊張感の無い声で返したものの楽観視出来ない戦況であるという事は強く認識していた。それに関しては男性も同様ながら程なく続いた言葉は今までと変わらず固い口調だった。


「もうゴーレムを補充する為の光はいい。全て攻撃に回し、あの大物も取り巻きも呑み込む全体攻撃を放ってくれ」

「そっかー……」


 何かを察したかのような様子さえ見せた女性は青磁色の金属が床部分の二割と言えるかまだ怪しい程度には広がっている事を認識しつつ、生じた琥珀色の結晶全てを光へと変換して行く中で、


「まだ集中攻撃は維持しよー……もうちょっと溜めてからー」


 そう提案すると男性は「そうか」と短く返した。


 琥珀色の結晶は青磁色の金属の規模に応じて発生量が時間経過で内部的に蓄積されて行き、その貯蔵量(コスト)を何処まで消費し、周辺と言えるどの位置に琥珀色の結晶が生成されるのかを青磁色の金属の性質を変更する事で調節が可能。


 琥珀結晶の生成が起きない性質にする事も可能だが、その状態でも貯蔵量は上限まで蓄積……貯蔵量は使い切ってもまた自ずと溜まって行き、その場に生成出来る琥珀結晶の量自体には制限が無い。


 (ゆえ)に琥珀色の結晶は青磁色の金属がある限り何処までもその体積を増やせるのだが……こうして床から天井までの高さの(ほとん)どを占めるサイズに成長するまでは結構な時間を要した。


 既に光ゴーレムは男性よりも低い背丈まで消耗……男性は「そろそろか?」とふわふわ髪の女性に尋ねると「だねー」と言われ、男性が避難したのを見計らい女性は巨大としか形容しようの無い琥珀色の結晶をスキュラの傍まで動かして行く。


 スキュラ本体からの黒雷はあったが、それを警戒して青磁色の金属を巨大な琥珀結晶の上部に広げていた為、琥珀色の結晶は無傷のままネオンイエローの光をやんわりと放ちながらスキュラと眷属達の間辺りへの移動を果たす。


 次の瞬間、まるで琥珀色の結晶自体が自らと同色のビームを放つかのような光景が繰り広げられた。実際は琥珀色の結晶を全体から見て少しずつエネルギーに変換しては放っているのだが……その直径はスキュラ全体の背丈の半分以上にも及ぶ。


 極大のビームは結晶の時と同様に緩やかな間隔でネオンイエローに明滅……盛大な効果音でも付けたくなるような景色をふわふわ髪の女性はスキュラからかなり離れた位置で生み出し……男性も距離を取ってはいるが程遠くとは言えなかった。


 スキュラのような取り巻きを発生させるエネミーは当面の対象を眷属達に任せ自らは他を攻撃……そのような分担行動が火力割り当ての一環で選択される事も。


 こんな疑問があるとしよう。


 何百メートルも離れた場所は遠距離であり、手で持って振り回せる武器が届くのは近距離である。


 では全長が何百メートルにも渡る槍などによる何百メートル先の対象への攻撃は遠距離攻撃となるのか?


 近接武器と近距離攻撃の混同であるという異論は(もっと)もとして……未だに威力衰えぬビームが放たれる中、男性の胴を貫いたスキュラの攻撃は自身との連続性が損なわれていない為、近接攻撃と言えた。


 この場でもしビームを一旦退()けるか透過したりすれば、スキュラの下半身の一部の隙間らしき部分から青く真っ赤な刃状の部位を伸ばして来たのが判っただろう。


 スキュラ本体は時折このように遠くにいる攻撃対象に複数本隠れている一番硬い部位で刺突して来るのだが……先程までは光ゴーレムが傍で攻撃を続けていた為、男性は攻撃候補に選ばれなかった。


「ぐ、はっ」


 絵に描いたような苦悶の表情()き出しで吐血する男性は大量の血が流れ出る傷口に手を添え、


「おの、れ……災厄の、王……のぎし、きが……」


 ファーリーピンクとニアリーブルーに倒される際と同じ台詞を今にも途切れそうな声色で浮かべ、息絶えた。


 琥珀結晶をエネルギー変換する事さえ意識していればビームは維持出来るので、ふわふわ髪の女性は今も行動可能。


 次の行動をどうするか女性が迷ったほぼ次の瞬間、離れてはいるがスキュラ達がいない方向の壁に扉が出現……それを即座にピンクゴールドの瞳で捉える。


 スキュラに与えたダメージ分の撃破ポイントはスキュラの再生が進むに連れ減って行く為、ここで戦線を離脱すれば今まで得たポイントは零になってしまう……しかし眷属エネミー達に与えた分によるポイントは保持される。


 そんな中、ふわふわ髪の女性が重視したのはスキュラとその眷属エネミーの攻撃パターンを大方洗い出した段階で他の部屋へ移るという選択肢が出現……これ以上無理に戦闘を続ける必要性は最早乏しいという捉え方。


 そう考えた途端、ふわふわ髪の女性はビームの出力及び青磁色の金属で常に防御を取れるような態勢を維持しながら、現れた出口を目指すように。


 特に危ない場面も無く扉から廊下へと辿り着いた、ふわふわ髪の女性は安堵と共に先程まで一緒にいた男性を(うしな)った事実が押し寄せて来そうな状況で、傷一つ無い自らの右腕を眺め始めていた。


 それはその右腕が根元から断たれたあの日の出来事を思い出してしまう事に繋がる行為だというのに……。


 それでも(なお)、栗の皮と桜の花弁(はなびら)を混ぜたような色の(うるし)を塗ってからまだ日の浅い(わん)のような色合いを帯びた髪をふわふわと長く伸ばした女性は(おぼろ)げな表情と感情で自らの右腕全体にぼんやりとした視線を注ぎ続けていた。



(せい)()(いろ)の金属について

 雑に言えば能力でオリジナル金属を生成して持続中はその世界の一員として扱われる感じです。

 そのオリジナル金属の性質そのものを常時変更可能というわけで、限定的だからと遠慮なく行使出来るのですが……。

 これが「既存の金属」、例えば自然界に存在する場所から取り出して様々な人工物に用いられる鉄だった場合、少しでも含まれれば対象になるので……ひとまずこの情報を添えておきます。


Hemoglobin(ヘモグロビン)

 鉄porphyrin(ポルフィリン)錯塩(さくえん)こと鉄化合物のheme(ヘム)と球状タンパク質の一群globin(グロビン)が結びついたもの。ヒトの血液は(およ)そ五割五分の(けっ)漿(しょう)と四割五分の血球で構成されるのですが、その内の赤血(せっけっ)(きゅう)が赤いのはヘムが赤色素を持つから。

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