第59話 静まってから、響くもの(後編)
つぎに、殺すのはー……。
そう頭の中で殺害対象リストを浮かべるのは、自らが設立したプロキオンを解散し、今や無所属の身となった『テオドール』を登録名に持つ少女。
統合四日目である昨日、破壊工作に長けたミュレイルを葬り、先程は野良で組んだパーティーに不利益を被らせるという噂の絶え無いエディーの狙撃を果たした。
下っていた階段を抜けた先の部屋に飾られていたのは開けた緑の大地と密集する木々を対比した絵……出現していたエネミーと交戦する参加者の姿も。
テオが部屋に入ったのはハチの胴体からカマキリの鎌足部分が生えたような巨大エネミーが雷状の攻撃を受け、それを放った少女に撃破ポイントが入る最中。
その少女の目の前にはカードらしきものが横回転しながら降りて来て、その内容を少女が把握したような反応を少し見せると、その場から消え去った。
部屋に残っていたのは、出現時の蜂型エネミーを覆っていた巨大な琥珀が砕けた事による大きな破片の群れと……並みの大男をも上回るほど大柄の女性が一人。
「背後に回られたかと思ったが……どうやらもうこの部屋にはいないようだな」
発言した女性は金髪で、長く伸びた後ろ髪は癖毛が強く……狼などの野生動物の体毛でも見ているかのよう。
この女性が先程テオが思い浮かべていたリストの中にいれば、今も手にする拳銃を空かさず撃っていたが……テオが動かしたのは指では無く口だった。
「あ。いたんだ……」
部屋の中が静まり返っていなければ聞き取れぬ場合もある細やかな声色を金髪の女性は捉え、振り返る。
「……テオか?」
「あれっくすー?」
どうせ偽名だから間違えて覚えていようと問題は薄いと思いながらテオがそう返すと、その登録名からアルと名乗る金髪の女性は言った。
「出口が出現した……そこに向かいながら話そう」
「じゃあ。一番遠いところに」
扉の他に宝箱も複数出現し、テオは通り掛かった宝箱の錠となる迷路を確認はしたがそれ以上は触れずに歩行を再開した。
「また……会えるとはな」
「うれしいの?」
テオが率いていたプロキオンのメンバーからは今も金髪の女性――アルが維持しているグループ『エルドーラ』のメンバーを亡き者にされ、そうなるよう指示した人物こそが手を伸ばせば届く距離にいるテオ。
今のアルは自らが行った事の大半を知っているはずなのだが、こうも殺意の無い暖かい眼差しを注がれるとは思わず、先の発言も自分の身を案じたに過ぎない事が伝わって来る始末……そんなアルが程なく答えた。
「色々あったが故に懐かしさも湧き上がる……そんなところだろう」
「殺意はー?」
「この分だと無理な相談かもしれぬな」
その言葉と様子から、裏表の無い発言だとテオは捉えざるを得なかった。
「廊下に居続けると、どうなるかな?」
選んだ扉の前でテオはそんな話題を切り出す。
「では、その様子を見ながら語り合おう」
部屋同士を繋ぐ廊下は縦長と言えるくらいの距離はあり、少し前にテオが下った階段も長さを感じる段数だった。
テオとアルは廊下に入って少し進むと立ち止まり……入口などに変化が起きないかを両者共に警戒。やがてアルが話題を探るように話し掛ける。
「最近、調子……いや、景気はどうだ?」
「ほしい死体がたんまりと。でもここまでかな」
「殺したい相手を一通り片付けた……そういう事なのか?」
「うん、もうこれで全部でよさそう。参加者保護期間、まだ四日あるのになー」
テオの殺害リストの基準は可愛くない子――放置していればガーデン内の治安やフィールド内での活動に悪影響をもたらす者。
貴重な水源に毒を撒いたり、物流の要である橋を爆破したり、良好な組織同士が対立するよう画策したり……例としてはその辺りだろう。
一見すると正義感を掲げて行われるような粛清活動をテオはもっと単純で淡白な理由で実行していた。
何かの行動をする際にはリスクが伴いがちだが、例えばカードゲームの類をプレイしており、ある局面でその手札を場に出す事で自らを優位にするメリットしか無い場合を「出し得」と呼ぶ。
先の「可愛くない子」を生かしておけばガーデンでの生活やフィールド内でのエネミーの撃破効率に悪影響を及ぼすかもしれない……殺してしまえばその可能性は無くなり、現状維持以上の事は起きない。
故にテオは「殺し得」と判断し、主な理由は「一旦そうしておく」という考え方に収束し兼ね無い。
そんなテオの「可愛くない子」を殺す活動の懸念事項をアルは言及する。
「そうか……参加者の数が僅かになって、また統合処理に発展する事も踏まえると悪戯に参加者を殺すのは避けるべきなのかもしれぬな」
「それは考えてた。だから本当に悪目立ちしてる子だけ」
参加者の数が少なくなれば他のガーデンから補充されて来る。
撃破まで膨大なダメージ量が必要な最上位エネミーを一般程度の威力しか出せない参加者が時間内に倒すには、他の参加者と協力し火力不足を数で補う外無い。
エネミーは複数名で撃破するもの……その事実に着目すれば参加者同士で殺し合うという発想には再考の余地も生まれるだろう。
会話が途切れそうな気配を察し、アルは次なる話題を繰り出した。
「それにしても……お前のメンバー達のバンド動画は見たか? 随分と自由にやらせるようになったな」
「五日後にはランキングが復活するし……言っちゃうか」
言い損しか無いものの、テオはこの度の情報を明かすべく続けた。
「プロキオンはもう無いよ。わたし、ソロ」
「……本当に、自由にしたのだな、彼女達を」
「マイちゃんには夢があったから……少しのクラウンで叶いそうな夢が」
「あの日か……」
アルがそう言うと、テオは若干声色を強くして、呟くように言い放った。
「だからわたしのゆめ……ねがい? 叶わなくたっていい」
アルは何か返そうとしたが、この廊下の入口となった扉が消えた事に気付く。それを横目で確認していたテオは何か決意を込めたように言葉を吐き出す。
「だからこそ――」
自分は何処までも血に塗れていい、どんな無茶をしてもいい……この先、暗い道を突き進む事になっても振り返れば夢を叶えた輝く景色がある。
それさえあれば、叶うかも定かでは無い自分の願いを築く為の道を幾らでも歩み続けられる……その終着が死であろうとも。
そんな想いが込められた一言だったのだが……一切を口に出さずに間を置いた後更に発言したテオは違う事を考えている様子だった。
「ゾーンに安定して参加出来るグループを新設するのはありだと思うけどね」
「ダイバーか」
「皆で殺し合いをするのは間違いで、地球には帰れない……だったら、ここでやる事って」
そこで口の動きを止めたかに見えたテオだったが、直ぐに再開した。
「先へ進む。それだけじゃないかな」
ある参加者は言った。幾らゲームへの参加を拒否し続けても何故、能力が一時的に弱体化する以外のペナルティーが無いのか。
テオの発言は、その場に留まり続ける事自体が最大のペナルティーであるという仮説の礎となるかもしれない。
「……帰ったらマイたちの動画を再び堪能するとしよう。生き永らえていれば新曲も出るだろう」
「マイちゃん、作り掛けの曲、結構ありそうだった……楽しみだねー」
「まったくだ」
アルが今にも笑みを零しそうな様子で返してから更に時間が経ち、テオが言う。
「この廊下って」
「長時間居座る事を良しとせず、一定時間でエネミーを出現させる……そのような処理は設けられていないようだな」
「他の参加者と鉢合わせして戦うには結構狭い場所だね」
一本道のこの廊下に留まっていると所々にある扉が消えては壁に変化し、また別の壁に扉が現れる……それ以上の事は起こらないという可能性が色濃かった。
もし二人が階段で同じ検証を行っていれば、廊下のように別の道が現れる事さえ無い、傾斜があるだけの一本道だと気付いた事だろう。
「そこの扉から何者かが入って来る可能性も、こうして留まる程に増大……だな」「そろそろ次の部屋いくー?」
「頃合いかもしれぬな」
既に自らの能力の再発動も可能な事も踏まえ、アルはそう返す。
それから間も無くアルとテオは廊下の奥にあった扉から次の部屋へと出たが……既に先客達が出現していたエネミーと激しい戦闘を繰り広げた後だった。
あの日、とは第27話での事ですね……テオ初登場回。後書きにも情報が。




