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あかないキミの、異能世界  作者: 竜世界
ProgressⅥ-MAGICAL NIGHTMARE-
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第58話 静まってから、響くもの(中編)

「い、以上が私の能力……です」

「まさに一般(ジェネラル)ね」


 ある程度の威力の通常弾、比較的強力な消化弾、瞬間的な光量に優れた閃光弾、反響定位(エコロケーション)による情報を取得出来る特殊弾。


 そんな四種類の手榴弾を生成可能なのが自らの能力であると統合五日目のフィールド内にて史邑霙が出会ったばかりの女性に告げた結果が先の反応。


「さて着いたわ……あら」


 深紅の薔薇のような髪色の女性が部屋に足を踏み入れると、一見して赤系のカーペットである床が、まるで積もった雪に沈み込むような感触。


「どうかしまし――」


 今日のフィールドの事を(ろく)に理解していない史邑(しむら)(みぞれ)だったが、部屋の中央辺りにある巨大な氷が視界に入るや発言が途切れる。自身が何人でも入りそうな氷の塊は眺める間もその体積を増加させていた。


「あの氷の裏側に回るわよ」

「あ、はい……」


 少し遅れてから女性にそう返した史邑霙は駆け出した女性の後を追って行き……氷が更に成長すると、部屋全体から見て反時計回りに走る二人へ先端が鋭利でヒトの前腕程の長さの氷が次々と発射されて来た。


 氷弾は巨大な氷を元手に生成される為、先の氷の塊は徐々に体積を減らして行くのだが……その全てを使い切るまで氷弾の射撃は続く。


「あわわわわわっ!」


 史邑霙が慌てた声と共に走り続けて氷弾を避ける中、薔薇の茎のような色の瞳を持つ女性は雪原マップでこの攻撃を行うエネミーを思い出そうとするも。


 そもそも雪原マップのエネミーって吹雪でよく見えないのよね。


 そんな思考を浮かべていると部屋の中央に陣取るエネミーの姿が見えて来た。


「骨が……氷漬けに?」


 史邑霙が困惑する中、吹雪という遮蔽要素の無いこの部屋で、深紅髪の女性は目の前のエネミーの全容を捉えていた。


 雪原マップでは二本角の頭蓋骨が出るって聞いた事あるけど……こういう事だったのね。


 先程生成された氷の塊よりも一層大きく、湾曲する二対の大きな突起部分を除けばその全体が分厚い氷で覆われている頭蓋骨のみで浮遊するエネミー。


 (ひたい)と思える部分には大きな目玉が()め込めそうな程の空洞があり、この頭蓋骨を見た者の中には単眼生物の頭部であると思い描くのも止む無しか。


 サイクロプスなどの一つ目巨人を生み出したこの頭蓋骨の持ち主を知る者が見れば、オリジナル通りの形状も同然という事が判る。


「不気味な形……頭だけだなんて」

「形自体はゾウの頭蓋骨よ、あれ」


 深紅髪の女性の発言を補足すれば、マンモスの頭蓋骨と言えた。


 (もっと)も、部屋の中にいるエネミーは頭蓋骨のサイズだけでゾウ一頭が収まり兼ね無い規模を誇るのだが。


 激しい吹雪の中ならば巨大な二本の牙部分が見えた段階でそこに額があると誤認する余地もあったが、この部屋にはその全体を遮るものが無いに等しかった。


「え……?」

「それより、また氷を生成してるわ……しかも複数」


 要は巨大なマンモスの頭蓋骨が氷漬けになり牙部分だけが出ている造形……そんな象頭エネミーが能力により生成する氷は一定サイズになるまで攻撃段階に移らない。


 平常時の氷の生成速度は遅く、攻撃を仕掛ける余地は大いにあるのだが……雪原マップによる寒冷補正により氷の生成速度は上昇し、生成した氷の強度は本体よりも高くなり、本体の氷を含めたボディ全体に至っては常時強度が上昇する。


「こ、こっち来たぁ!」


 氷の塊は氷弾にするだけでなく、その塊を直接投げ付けて来る場合も……そんな巨塊が迫る中で圧倒される声を史邑霙が出した頃、深紅髪の女性はこのエネミーが氷の生成中は攻撃を行わない事に気付いていた。


 他に隠し玉は無さそうね。


 放たれる氷弾や氷塊を史邑霙と共に回避しながら象頭エネミーの攻撃パターンは既に出尽くしたと判断した深紅髪の女性は口を開く。


「部屋の隅まで移動しましょう。攻撃の準備をするわ」

「はい!」


 動き続けていれば回避は困難ではない速度の氷の射撃から逃れつつ部屋の壁際まで移動した二人。


「私は……一体、どうすれば」


 やはり自分は足を引っ張る事しか出来ないのでは無いか……そんな疑念を抱きながら史邑霙が目の前の女性に尋ねると、


「軽くでいいから、ちょっとここで跳ねて」


 その言葉に困惑しながらも直ぐ様、その通りにした史邑霙。


 程なく史邑霙の両脚部分は床に着地し……次いで史邑霙の上半身が落ちて来て、中に詰まっていた大量の血液が溢れ出たのはその後だった。


 深紅髪の女性の手には能力により生成した武器が蛇腹剣からエストックに戻ろうとしている真っ只中である事を踏まえれば、何が起きたかは語るまでも無いのかもしれない。


 え……?


 斬撃により胴体を切断された史邑霙の意識と生命は間も無く絶えるだろう。


 深紅髪の女性は象頭エネミーからの射撃を警戒して一旦史邑霙から離れ、戻って来るや今度は両腕を切り落としまた離れる……その様を史邑霙の瞳が捉えていたかは定かでは無い、やがて発せられた深紅髪の女性の言葉と表情も。


「はい、これで役に立ったわよ」


 程なく史邑霙の頭部を繋ぐ首は、蛇腹剣状態の武器により断たれた。


 その後、深紅髪の女性は五つとなった史邑霙を氷の射撃から守るかのように一つずつ動かし……その過程でそれぞれにエストックを突く事で薔薇マーカーを設置し更に突かれた水色輪郭の薔薇マーカーは発光する白に。


 その白薔薇に対しエストックを蛇腹剣状態で攻撃し続け、白い薔薇が破壊されると中から薄いピンク色の薔薇マーカーが現れた。


 そんなピンク色の薔薇を五つ作れば強化段階はまずまずと言ったところになるのだが……薔薇マーカーを設置するには独立したオブジェクトを確保する必要が。


 やっぱ人体をバラすのが手っ取り早いわね。


 今までも戦場で死体を見つけた際はマーカーを設置して来た彼女……死体のパーツ分だけオブジェクトとして数えられる事は確認済みだった。


 故に今回は調達したての史邑霙(オブジェクト)を五つに切り分けたのだが……その結果、一人の少女の命が失われる事に対し、深紅髪の女性は何の感情も抱いていなかった。


 これで、よしと。


 象頭エネミーの氷の射撃を誘導しつつ薔薇マーカーの強化を行い続け、遂に五つの薔薇マーカーが薄いピンク色に。これにより薔薇マーカーは四段階目の強化を示す金色となる。


 設置していた五つのマーカーの一つが選ばれ統合されるのだが……そのマーカーのあるオブジェクトを見てみれば史邑霙の頭部である事が確認出来た。


 ま、倒せなくても。


 そう心の中で呟いた深紅髪の女性――エトヴィエラ・ディーヘスは今度は口を開き叫んだ。


「そのデカイ図体に溜め込んだポイント……むしり取ってあげるわ!」


 手にしたエストックを構え、『エディー』を登録名(エントリーネーム)に持つ女性は象頭エネミーへ向けて攻撃すべく行動を開始……本体にエストックを突けた事で強化二段階目となる白い薔薇マーカーを出現させる事に成功した。


 薔薇マーカーは四段階目まで強化されているが、その状態でオブジェクトをエストックで突いた際に出現する薔薇マーカーは二段階目だった。


 氷漬けで事実上の可動部分が無い象頭エネミーは単一のオブジェクトとなるが、足しにはならなくとも景気付けくらいにはなる、という理由での設置か。


 接近された事により象頭エネミーは生成が完了した二つの氷の塊を両方とも氷弾に設定……エディー目掛けて(おびただ)しい数の氷弾が襲い掛かる。


 対するエディーは薔薇マーカー三段階目から使えるシアンの風を発生させ防御を試みる。


 四段階目になった事で一度にチャージ可能な量が増えた為、この短時間でも低くは無い出力と結構な規模の風を周囲に発生させた。


 氷弾はシアンの風の勢いに阻まれ、その場から多少回り込んだエディーは更に風を発生させ氷弾が防がれている内に蛇腹剣で象頭エネミーを切り刻むかの如く斬撃を浴びせる。


 ゾウ並規模の頭蓋骨が更に分厚い氷で覆われている象頭エネミーに人間用サイズの剣が多少伸びただけの刃物による攻撃……貧弱さが際立つ光景だったがエディーは若干の撃破ポイントの一部を得てはいた。


 エディーは接近状態を維持せずに直ぐ様距離を取り、象頭エネミーの氷塊と射撃による攻撃の隙が大きく出来た時にまた接近して斬撃を繰り出す。


 そんなヒットアンドアウェイを繰り返しつつ薔薇マーカーに蓄積されたコストを消費する攻撃は一切行わず……これによりシアンの風の性能は維持され、氷弾による連射は防御し、巨大な氷塊は場合によっては風圧を利用して直接回避。


 象頭エネミーは近距離では巨大な氷塊を意のままに動かせる為、跳躍回避した際の方向転換を可能にするシアンの風は大きな助けとなっていた。


 エディーの体力と状況判断の精度が続く限り象頭エネミーからダメージを受ける事が無い状況となったが……この象頭エネミーは本来、雪原マップの吹雪が特に激しい場所でしか出現しない。


 常に吹雪で視界を遮られる状況下であれば、エディーもここまで安定して象頭エネミーを一方的に攻撃し続ける事は出来なかっただろう。


 この部屋の中では吹雪に相当する風圧などの処理は施されている為、物理的要素の強い射撃は影響を受けるが、視界自体は開けている。


 これはゲーム終了まで続けても倒せそうに無いわね。


 あれから結構な時間が経過してから、そう心に浮かべるエディー。


 最上位エネミーは撃破するまでに必要なダメージ量は軒並み膨大だが、その中でも象頭エネミーは群を抜く部類。


 暫くしてエディーは距離を取る際に、部屋の壁の一部に扉が出現しており、そこから一人の少女が入室して来た事に気付く。


 象頭エネミーの氷塊監視に注力していた為、飛んで来た氷弾をシアンの風で防ぎ程なく先程の少女の姿を確認すべくエディーは視線を向ける。


 自らの喉の辺りに異物感がある事にエディーが気付いたのはその時だった。


 エディーの喉元には弾丸らしきものが深々と刺さっており……弾丸が爆発し首の大部分が弾け飛んだ頃にはエディーの瞳は拳銃らしきものを手にする水色の髪を長く伸ばした少女を捉えていた事に。


 エディーから見て全体を目視するには離れた位置にいる、その少女は後ろ髪を三つ編みにし、体型はエディーを一回り下げた程度辺り。


 自身の放った弾丸が標的(エディー)に命中した事を確認した少女は、あとは床に落下するだけの頭部を射撃の練習も兼ねて更に狙い撃つ。


 二発目の弾丸はエディーの顔面の中央に命中したが、弾丸の先端が皮膚に触れるや一旦停止し、やがて弾丸はそこから直進するかのように深く()り込むのだが……その間エディーの頭部は床に落下し多少転がっていた。


 次の瞬間、弾丸は爆発。一発目の弾丸で飛んだエトヴィエラ・ディーヘスの頭部は一目ではヒトの頭や顔と判断出来ぬ程の損壊と散乱を果たす。


 象頭エネミーからすれば、先程から交戦していた相手が突如として索敵範囲内から消えた為、新たに出現した少女の方に攻撃を開始。


 少女が手にする拳銃らしき能力の生成物の射程は切り上げる桁数によっては(およ)そ一・七キロメートル……若干だが一マイルを上回る。


 弾速は銃にしては遅めで射程半分まで来ると減速し、射程外まで飛べば爆発性能を失って落下し消滅する……着弾後の爆発段階で次の弾が撃てる為、弾切れを考慮する必要が無い。


 デザインは一般的では無いものの拳銃然とした造形……故にスナイパーライフルなどに見られるスコープは無く、己の肉眼だけで対象を狙う事が要求される。


 この部屋の端から端を狙うには充分過ぎる上に象頭エネミーはあの巨体で部屋の中央で浮遊した状態……氷の射撃を対処すれば常に届く条件。


 そんな少女へ向けて象頭エネミーは巨大な氷の塊を氷弾にして行き続々と連射。


 氷弾の群れが少女の目の前に来た次の瞬間、衝撃が発生し先頭の氷弾が後ろへと吹き飛ぶ事で後続の氷弾の射線を塞ぐ結果に。


 突風という形容も候補ではあったが発生したのは空気の移動とは異なる、数トン程度ならば易々と吹き飛ばす「衝撃そのもの」。持続自体は短いこの衝撃は発生が終わった直後同然に再び放てる。


 氷塊丸ごとの重量でもこの衝撃を受けた際は進行を阻まれた為、少女はかなりの頻度で弾丸を象頭エネミーに浴びせる事が出来た様子。


 短時間とは言えない(のち)、絵画の飾られている壁に下り階段が出現した為、時間潰し気分で象頭エネミーを射撃していた少女はそこから部屋を出る。


 そんな少女の瞳は銀色で、左目部分が隠れない程度に頭部の左側を黒い包帯で巻き、幼少の頃にスープを被って負った大火傷の跡を見えなくしている。


 厳密には包帯では無く両端が金色で縁取られた黒に近い暗清色の青緑リボンなのだが……(かつ)てプロキオンのリーダーを務めていた少女は階段を進み()く。


 部屋に取り残された象頭エネミーが受けたダメージ量を全体から見てみれば……結構な時間と頻度で攻撃を受けていたにしては随分と控えめと言えた。

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