第56話 まずは魔法少女が二人(後編)
その少女が配布されたリネームチケットで登録名を『サン・ブラッド』に変更してから既に四日が経つ。
マゼンタの宝石が目を引くステッキと鮮やかなターコイズの宝石をそのまま剣にしたかのような武器を振るう二人の少女の中に紛れるかのように、少女は統合五日目のフィールドの中にいた。
あれ以来、自分の事はサニーとしか名乗っていない少女の目の前には砂漠マップに現れ、「上位マンティコア」などで呼ばれる最上位エネミーの姿が。
大理石にしては仄かに黒ずんだ壁に赤系のニードルパンチカーペットを複数使う事で構成された床……動かぬ剥製ならまだしも、そんな所に砂漠でしか見掛けないエネミーが活動している事に場違いさが際立つ光景と言えた。
「んー、じっとしててくれないなー」
「近付けば攻撃は当たるけど……」
先程ファーリーピンクが放ったピンク色のビームを上位マンティコアは回避し、ニアリーブルーのシアンの大剣による斬撃は振る度に入るのだが……追撃出来そうな場面が訪れる中、ニアリーブルーは分身との入れ替えを行った。
次の瞬間、基本的に無色透明である石英を思わせる結晶状の生成物がゾウの進行でも食い止められそうな高さと規模で発生。
マンティコアと呼ばれがちのエネミーの大きさは少し大きめのライオン程度だが、上位マンティコアはそのサイズを丸ごと咥え兼ね無い程の体格差を誇る。
目立ったモーションも無しに発生する水晶の形は角張りがちの為、殺傷力は低めで直撃しても吹き飛ばされるだけで済む場合が多い……そんな水晶は翼による飛行中も突然地面に発生し、上位マンティコア独自の能力。
それでいて口から火炎のブレスと炎の弾を使い分ける能力が引き継がれており、胴体より遥かに硬かったサソリの尾部分は更なる強度を得ている。
「この水晶がいつ邪魔して来るか判らないから、やり辛いったらないわ」
ニアリーブルーを悩ませるこの水晶状の生成物は「攻撃として機能する場合を除き、能力による生成物から受けたダメージを大幅に軽減する」という作用が働き、能力で生成される武器によるダメージも対象。
能力による生成物だと判断出来なかった攻撃は対象外だが……この場にいる三人の少女が戦闘開始から繰り出している攻撃の全てが、この水晶状の生成物に軽減される際の対象なのもまた事実。
「ライトニング」
別なボタンを押す事でサニーがその音声を再生すると、その強靭な前足から伸びた鉤爪でニアリーブルーを薙ぎ払おうとして回避された直後の体勢の上位マンティコアに雷状の魔法が直撃……雷の直径はヒトを丸ごと包み込むほど。
実際の雷には程遠いが、言葉を発してから発動まで時間が掛かるこの魔法は先程から連射していたファイアボールと比べれば段違いの威力。
ライトニングが直撃した上位マンティコアはそれで動きが止まった様子も無しに次の動作に移るべく翼を羽ばたかせ……そのまま飛び上がった。
「ダメージ与えてるはずなんだけど手応え感じさせてくれない……」
「サニーさんだっけ? 今より強力な魔法ってある?」
訊かれたサニーは先程から検討していた案を述べる。
「んー、ボクの方に攻撃が来ないようにしてくれればやれるのがあるよ」
「じゃあお願いするわ」
発言直後、ニアリーブルーは四つの青い分身を使って空中にいる上位マンティコアを取り囲み……近接攻撃とも言える放射状に生える氷を一斉に放たせた。
特に怯んだ様子も無しにニアリーブルー本体へと火炎弾を吐き出す上位マンティコア……その間にサニーは魔法の準備をする。
サニーの能力は三の平方根に一を足した秒数毎に一度、ある程度の攻撃魔法を撃てるというもので、魔法名を発声する必要がある。
一度撃ってからその秒数未満の内に二発目の魔法名を言っても無効となるのだが魔法自体が完全に生成されるまで次を撃つ事が出来ず、魔法内容が確定すればキャンセルも出来ない。
威力の高い魔法ほど発声から完全生成まで時間が掛かり、これからサニーが放つのは特に時間が掛かる大掛かりなもの。
「レイジング――」
デバイスからの録音では無く、肉声でそう発し、魔法名の途中だが、どのような魔法を放つかの意志が固まった段階でキャンセル不可の段階となるのがこの能力。
ニアリーブルーの周囲では上位マンティコアが先程飛翔してから数えて三度目となる水晶が発生しており……一つ目の持続が終わって消滅した頃に上位マンティコアは着地し、残った二箇所の水晶は防壁として機能し得る配置。
ニアリーブルーが胴体目掛けて大剣と共に下向きに加速落下する攻勢を仕掛けるも動かされた尾による外骨格部分に防がれ、ファーリーピンクが放った爆発力ある球状ショットはその巨体ごと回避される。
以降、上位マンティコアは大きく動作する度に火炎弾を吐き出して行き、それが五発目となった辺りで、上位マンティコア周囲の地面にて動きがあった。
燃え盛るエネルギーが群がる様は、炎の魔力という形容を得るには充分か。
六発目の火炎弾を吐き出そうとするや上位マンティコア周辺の床が熱せられたような状態に……それを目視したニアリーブルーが一番遠い分身と位置を交換した、まさにその瞬間。
「ブレイズ!」
サニーが今回上位マンティコアに放った魔法――『レイジングブレイズ』の生成が始まり、ヘリポートとするにはやや狭い直径に及ぶ灼熱の柱が発生した。
サニーが次の魔法を撃てる段階になるや上位マンティコアはその場から飛び上がるように離れ、まだ火柱が発生してから間も無かった為、直撃とは言えぬ結果に。
「今のを幾らでも撃てるけど、あの素早い動きを封じるとかしないとダメだなぁ」
そんな落胆の声をサニーが上げてから更に戦闘は続くが……再びレイジングブレイズの直撃を狙うか検討し始めたサニーは視界内で見慣れぬものを捉える。
「ねぇ、あれって」
「ありゃ宝箱」
「このエネミーを相手しながら開けろって事なのね……」
ここ五日間のフィールド内に出現した宝箱の中でも豪華な外見……思わず中身を期待してしまう者が続出しそうなほど。サニーが遠慮気味な声で発言する。
「誰が開け――」
「どうぞどうぞ」
「この際、中身を教えてくれるだけでいいわ」
そう言われるやサニーは、
「じゃあさっさと開けて援護を再開するね」
そう返し、上位マンティコアの現在位置とは離れた場所にある宝箱へと向かう。
辿り着いた宝箱には鍵が掛かっており、錠を間近で見るやサニーは心の中で思わず呟いた。
なるほどなぁ……。
突起部分を右から左に動かすだけで鍵が開くものがあったとしよう……その溝を迷路にしたものが今サニーが手にしている宝箱を開ける為の金属板の形状。
迷路は全体をよく見渡していれば突起をゴールまで移動させる道筋が浮かんで来そうな範囲の複雑さなのだが……操作を間違えたサニーが思わず手を離すと、突起は緩やかにスタート地点へと戻り始めた。
「うっわ」
既にゴールまでの動かし方は見えており三度目で成功したサニーだったが、この状況下で迷路を解き、手を離せばスタートまで戻って行く……その事実が何を意味するかを痛感し、声が出てしまった。
あんなにヤバイエネミーがいる中、迷路を解いて焦らず動かさないと開けないって……一人じゃ絶対ってくらい無理なんだけど。
更に心の中でそう呟きながらサニーは宝箱を開けるが……そもそもフィールド内に出現する宝箱とは何か。
五日前二つのガーデンが統合され、統合元となったのが商業施設で賑わう大都市なのに対し、統合先はインフラが通った場所さえ限られた廃墟のような場所。
火器や弾薬に食料や衣類などの物資が乏しいそのガーデンでは、板チョコや毛布が宝箱の中に一つ入っているだけでも大きな特典となる。
実際そのガーデンでは、そういう方向性のものを詰めたコンテナが時折出現したり投下されたりしており、その中身をダウングレードしがちにしたものが統合一日目からフィールド内に出現するようになった宝箱。
厳密にはその前日の個別迷宮から出現しており、それがお披露目だったとも言えるが……大都市と統合が果たされた今となっては宝箱の中身は一種類で事足りる。
「二十六万くらいだったよー!」
サニーがそう報告すると半ば反射的に魔法少女二人が言う。
「やっぱお金かー……全部持ってっていいよー」
「山分けとか無しでいいわ。これで攻撃に戻れるわね」
どちらのガーデンも電子通貨制だが拠点内を除けば何処にあるかも判らない端末からショップにアクセスする条件と、地球側の企業が多くの店やサービスを提供しておりネット通販だけでなく実際に足を運んで所持金を消費出来る条件……。
生活必需品以上のものが常に豊富に購入出来るガーデンでは欲しいものは自分の金銭から得られる。
グループに所属する参加者ならば拠点内の設備を充実させる為の専用ポイントが宝箱の中身でも有難いが、サニーは無所属の参加者……有効な中身は一つのみ。
「ありがとう。これで欲しかったシャツが全種類買えるよ」
自らの所持金項目に得た額全てが加算される中でサニーはそう言った。
室内のエネミーを全て撃破する事でその部屋で出現する出口や宝箱が一気に現れ比較的余裕のある時間維持される。
更にはエネミーと交戦する度にその中の一部が短時間出現する可能性が発生し、積極的な攻撃はその結果が起き易くなる……そんな事実に気付かぬまま三人の少女は戦闘を続けた。
一度出現した宝箱は同じ位置を含めた室内の何処かにまた出現する場合がある為戦闘が長引けばサニーが二つ目の宝箱を発見する可能性も。
その後もダメージ自体は事ある毎に与えていた為、上位マンティコアはいずれ倒されるだろう……時刻は異なるが他の部屋を眺めよう。
栗の皮は案外赤紫色で、それが桜の花弁の色を帯びたらどのような色合いになるのか……そんな色の漆器があれば、この部屋にただ一人佇む女性の髪と発色と色合いが同じになる事だろう。
尤も漆には経年で明度が上がる性質がある為、それを踏まえればこの色味はまだ漆を塗って間もない頃と言えるが……部屋の中は相変わらず明るく、そんな髪色を持つ女性が独りいる様をよく照らしていた。
・漆について
ペンキを塗った後は色褪せて行くだけなので、目の前に内側が暗い赤の漆器と鮮やかな赤の漆器があれば、前者の方が古く思えそうですが、同名の植物の樹液である漆の場合は塗り立ては暗めの色で、時間が経つに連れて明度が上がって持っていた色味が鮮やかに見えるようになるわけです。
この情報を書き手と読み手が知ってるか否かで「漆でも見てるかのような見事な朱色」と書いた際の色をイメージする際に食い違いが発生するかと思うと……と思うままに短く後書き。




