第54話 賑わう場を眺めるなら
ガーデン内に数ある喫茶店の中でもここは立地が良く、複数の地球側企業による提携メニューからなる品揃えにも定評が。
ガーデン側アンドロイドと地球との入力同期により疑似的な相互アクセスを実現しアンドロイドを外部から観光端末気分で操作する地球側の人間……そんな客達で賑わう中、生身の人間の姿があった。
「じゃあこれを三十七番のB席にお願い」
「はーい!」
店内の席には番号があり、カウンターを左側にした間取りの左上から始まり、列が変わる際は左から数え、席のテーブルを四分割しAからDまでが振られる。
メイド服を着た店員が発した番号は右下側の席のテーブル右上の席まで運ぶ事を意味していたが、トレイを渡された少女のいる地点から見れば結構な距離。
紅茶やコーヒーにケーキ、大皿のパスタが乗った注文二人分のトレイを受け取った同じくメイド服を着た少女の足元には影があり……その場から落下するかの如く影の中に入ると三十七番の席の傍にあった影から浮上。
「お待たせしましたー。ごゆっくりどうぞ」
「おー」
「ここが能力者さん達の住む世界だって実感するわね」
地球側の男女と思われる客がそう言い終える頃には少女は再び影に入り、カウンターの傍の影から浮上……先程と同様に影から少し浮き上がった高さまで飛び出てそこから落下して着地するという挙動だった。
「ほんっと……この店ではヤバさしか無いわね。その能力」
元居た場所まで歩みを進める少女を眺めながら、この店で勤務歴を重ねた女性が呆れながら言った。
そんな女性店員の瞳に映る少女の髪は白いものの毛先辺りから生じる青臭い黄緑へのグラデーション部分の色味も幾らか。少女の瞳は緑黄色野菜を彷彿とするダークグリーンで、低めの背に対し服装次第では際立つ程度に胸の膨らみは窺えた。
しかし一番目を引くのは白いニーハイソックスに包まれた男女問わず美的要素を感じざるを得ぬほどの造形美を湛えた、その細身の脚となろう。
そんな体型を有するオーバーゼウス所属だった芹沢鈴子が昨日のゲーム終了後、アジトに戻ると……アジト内の雑用を任された数名を除けば残る戦力は自分とチャクラムを扱う少女だけという事態に直面。
リーダーならば独りだけでもグループを維持出来るが、リーダーがいない状況ではメンバーが何人残っていようが、そのグループは五十時間までしか保て無い。
次のリーダーを決めれば継続可能だが残ったオーバーゼウスのメンバーで少し話し合っただけでグループ解散という意見に収束……出撃を強制する者はいなくなり各自自由の身となった。
芹沢鈴子は早朝にこの店へと駆け込み、物を運ぶのが得意な能力を持ちフィールドが発生しても不参加のまま働く事を条件に出し先程の能力を見せるや即採用に。
その応対をしたのは先程から傍にいる二つ年上の少女で、フィールドに何ヶ月間不参加だろうが何のペナルティーも発生しない事は彼女自身で確認済み。このガーデンでは参加者が仕事を望めば積極的に採用される事も後押しになったのだろう。
能力が一般止まりの彼女のようにエネミーの撃破効率が悪い参加者はアルバイトの時給の方が安全で効率的な生活費を得られる事からフィールド参加よりも自らのバイト活動を優先する参加者は特段珍しくは無い。
高度なAIを管理する為には膨大な情報処理量が要求され、地球では幾らも稼働させられない状況……そんな水準のAIを搭載したアンドロイドが先進国都市部クラスの数で管理を伴って動くこのガーデンの光景は地球から見れば異様だろう。
並の人間以上の仕事をこなす程の高度なAIを積んだアンドロイドに溢れたガーデンで、生身の人間が働く余地など無いと考えるのは自然な思考。
しかし地球の経済市場と事実上の交流があり、アンドロイドを介して地球からの観光も盛んなこのガーデンでは合理的で最適化された機械的な接客業など無味乾燥にしか映らないのもまた事実。
加えてこの店は地球で名立たる企業が自慢の商品を出し合う場……ここでの評判が実際の地球での評価に繋がる。ならば店内の従業員が地球にいる人間が操作するアンドロイドで構成されがちという、この店の状況も理に適っていると言えよう。
喫茶店とファミリーレストランを兼ねたこの店では例えアンドロイド越しに味を知る事が出来無くとも「食事の時間」自体は楽しむ事が出来るからか、今日も少なくない地球側の客達で賑わっていた。
「にしてもさ、そんなにガンガン能力使って大丈夫なの?」
「何か影さえあれば発動するみたいだからー」
「あー……そっちか」
自らがコスト管理が必要な攻撃型の能力だというのに、条件さえ満たしていれば制限無く発動可能な芹沢鈴子の能力との差に先輩店員は何かしらの感情を抱く。
そんな一時があってから芹沢鈴子が更に仕事をこなしていると……一人の男性が入店したので芹沢鈴子は影に入り、男性の傍にあった影から浮上し、
「いらっしゃいませ! 格好いい銃ですねー」
男性が携えたブローニングM2を彷彿とさせるデザインの重機関銃を眺めながら元気いっぱいにそう叫ぶ……銃口が十二・七ミリメートルなのも一致する要素。
監視映像越しに男性を見ていた先輩店員が現場を見るや面を喰らう。男性がここで銃を乱射して回っても地球側の企業や住民からは反感を買いはするがガーデン側からペナルティーを受ける事は無い。
破壊された施設やアンドロイドは翌日には修復され、そのようなリスクがある事は地球側にも知らされている。
そんな事実を思い出し、どうすべきかと先輩店員が思考を巡らせた次の瞬間。
「能力者が働いてると聞いて来てみれば……入った瞬間見付かったよ! わりぃ、ただの目印のつもりだっんだ……コイツはもう仕舞うよ」
そう言うと男性は重機関銃を解除し、能力の生成物だった事が明らかに。そもそも全長が人の背丈にも及ぶ大振りの銃が幾らも支えられぬまま水平状態を維持……能力との関連を疑うには充分な状況だった。
そんな男性に近くの座席にいた男性型アンドロイドが声を掛けて来る。
「へー……機械越しに能力は視えないって話は本当だったんだな」
「おかげで火の玉ジャグリングして大道芸……みたいな事も出来やしねぇ。お、そうだこの店で評判の食べ物って何かねぇか?」
「手堅いのがカルボナーラ、日替わりサンドイッチはどれもオススメだな。金を上乗せすれば他の曜日のも頼めるぜ。コーヒーは何を頼んでも癖が無くて飲み易い。うぅ、リアルでも食いたくなって来たぜ……今度出向くか」
そんな男性に「助かるぜ!」と礼を述べ、芹沢鈴子の方を向きこう言った。
「うし。カルボナーラと日替わりサンドイッチ……そして癖の強いアルコール無しのデザートとそれに合ったコーヒーか紅茶を頼む」
「はーい! 席に案内しますねー」
ガーデン内で繰り広げられる能力による数多の光景……その科学的な研究は極めて困難なものとなっていた。
地球側に住む人間が突然能力を発現するや早々とガーデンの何処かへ転送されてしまうのもあるが……先程監視カメラに男性の手にする武器が映らなかったように能力による生成物は悉く科学的な計器に捕捉される事は一切無い。
炎の魔法もサーモグラフィーではそこには何も無い場合の表示となり、水を生成してコップに入れて測れば重量の数値変動が定まる事無くいつまでも続く。
ガーデン側だけで活動するアンドロイドも地球側から操作されるアンドロイドも機械越しの為か、能力の生成物を捉える事が出来ない。
先程の重機関銃を構えてコンクリートの壁を撃っても、映像記録には何かを抱えているような手付きの人物の正面にあるコンクリートが突然損壊を始める様子が映し出されるのみ。
科学的な解析手段が一切無く、高位の能力辺りで見られる使用者との因果関係が乏しい能力から生じたものが従来の能力体系が定める「能力の生成物」に該当しないように、現実世界にあるものとは根本的な「型」が違うのかもしれない。
高位の能力によるものが能力の生成物と扱われない理由として、能力の生成物かの判断を迫られた際、実際に存在するものと区別が出来ていないという一例も。
「つ、疲れたぁ……」
「能力は使い放題でも人としての疲労は避けられない、か……休憩してていいよ」
今にもその場に崩れ落ちそうな声を出す芹沢鈴子に先輩店員が言うと、
「だったらこっち来ないか? 俺達ならではの話題があるだろ? しっかし……ブルーチーズのケーキにハチミツみたいなスパイシーなソースとは恐れ入ったぜ。この紅茶が無ければヤバかったな……」
カルボナーラを食べ終え、デザートに入り始めていた重機関銃の男性が芹沢鈴子に呼び掛けた。影を経由して男性の席まで来た芹沢鈴子は「ぐはぁ」と言いながら椅子に腰を落とす。
「今日のフィールド発生までもう少しか……なぁ、お前は今日のゲームには参加すんのか?」
「エネミー全然倒せないから、ここで働きまくるよー」
「となると、その能力もゲーム中は使い勝手悪くなりそうだな」
「影へ入り始めるまでが遅くなって、出て来る時ゆっくりになるんだよねー。そうなったら近い所は普通に歩くかなぁ……」
影に飛び込んだ途端、そこに穴があるかの如く入れていたのが一度地面に着地して少ししてから影に入るようになり、影から出て来る速度も目に見えて低下。
そんな芹沢鈴子のフィールド不参加による能力弱体化の話題を他所に男性はこんな発言をした。
「今日のアナウンスは見たか?」
「まー、最近いつもと違うから内容だけは」
「ゲーム開始時点からペナルティー無しで帰還選択可能って正直、何事だ」
「でもそれやったら、もうフィールドには戻れないよー」
「それがペナルティーなんだろうが……何か不気味だぜ」
二人の会話が進む中、近くの席まで料理を運んで来ていた先輩店員が発言。
「しかも今回、何のマップか書いてないのよね……」
「どうなってんだ本当に……」
「初めての事が多過ぎるわ」
「管理レベル引き上げがアナウンスされてから今日で五日目だ……」
「そもそも何が上がって、何を管理するのー?」
割り込むように発言をした芹沢鈴子に対し、男性はブルーチーズケーキを一口食べて「うげっ」と言った後、こう返す。
「さぁな……だが、管理するようになった結果が今の状況だ」
暫くして男性は注文した品を完食……見れば先輩店員は近辺におり、芹沢鈴子の休憩はまだ続いていた。
「ほんっとうに……クセの強いケーキだったぜ」
「今日のゲームに参加するんだったら、それが最後の晩餐になり兼ね無いのに随分と攻めたわね」
「だからこそ、だ……ここぞって時に、これを最後にして堪るかよって気持ちになる。晴れて帰って来て、よくある口当たりのいいもん食った時の有難みが増すってもんだ」
「相手を倒せなくても、活路は見出したいわよね」
「敵はエネミーだけじゃねぇ……俺が前にいたガーデンだけでもプロキオンにナベリウス……そいつらだけでもヤベェのに正体不明の魔剣使いまでいるって話だぜ」
「あー、山があったら消し飛ばせるんじゃないかってくらい凄い話ばかり聞くよねそのグル-プって」
「それに元からこのガーデンにいた強豪グループも加わるわ」
「出くわしたら命日になりそう……やっぱもう、ここで大人しく働ら――」
芹沢鈴子が発言する中、フィールド発生の通知ウインドウが各参加者の目の前に表示される時が訪れた。程なく男性は芹沢鈴子と先輩店員の方を向き、
「じゃ、行って来るぜ。無事帰って来たらオススメのアイクリーム料理を教えてくれ」
そう言って男性は出現したポータルに呑み込まれるように消えて行ったが……このポータルもまたアンドロイド視界や監視映像からは捉える事が出来ないもの。
「そろそろ休憩終われそう?」
「あ! そうだね」
芹沢鈴子がそう返した途端、近くの席で食事を終えた男性らしき客が話し掛けて来る。
「さっきの客がまた来たら、これを渡してくれ。能力者の嬢ちゃんのチップにしてもいいが出来ればこの金額分は奢ってやりな」
このガーデンでは電子通貨体制が確立されているが、この店に至っては店内で使える商品券を利用する事で、目の前にいない見知らぬ相手だろうと食事を振る舞う事が出来る。
店内専用と言える商品券には残高機能があり、手数料を払えば地球側でカードの形状で発行され、ガーデンで購入した電子的な商品券を地球側で使う事も可能。
「はーい」
そんな商品券を電子条件で得た芹沢鈴子が労働再開してから二十分と経たぬ頃。
一人の男性が血相を変えた様子で駆け込むように店に入って来て、「ったく冗談じゃねぇぞ」と呟いた後、席に案内されるなり、こう発言する。
「ブラックコーヒー、一つ頼む」
「おかえりー……あ、これ預かってた」
芹沢鈴子は早速、戻って来た重機関銃の男性に商品券を電子的に譲渡。
「おぅ、あんがとな」
そう応えた男性は、やがて程よい熱さのブラックコーヒーが運ばれて来るやそれを勢いよく口に流し込み……「ぶはぁー」と声を放ちながらコーヒーカップをテーブルに叩き付け、先輩店員が声を掛ける。
「随分、早かったじゃない」
「流石に怖気付いて逃げ帰って来ちまった……オススメのアイスクリーム……頼んでいいか?」
「ではこちらのレインボーパフェシリーズとキューブ状のミステリーアイスは如何でしょうか?」
「貰った商品券のおかげで遠慮なく選べるな……少し考えさせてくれ」
七種類のアイスで彩ったレインボーパフェと呼称する商品自体に複数のバリエーションがあり、使われる全種類の中から少なくとも四種類以上のアイスを詰め込んだ上で白い外見という条件より選ばれたアイスで四角く囲う。
運ばれて来た段階では大きな箱型の白いアイスクリームのみに見えるミステリーアイスは注文される度に中身が変わる……外側のアイスもバニラとは限らない。
更にブラックコーヒーを飲んで落ち着きを取り戻して来た男性は、店内にまだいた先程商品券を贈った男性らしき客に挨拶を交わすと、残ったブラックコーヒーを飲み干し、統合五日目のフィールドで何を見たかを語り出す。
――スキュラが現れた。
以前にもそのエネミーと遭遇していた男性にとって、撤退を決意するには充分な事態だったのだろう。
第31話の途中から始まった統合四日目の出来事の数々も第53話でやっと……では幾らか後書きを。
・M2 Browning
12.7mm重機関銃M2またはブローニングM2重機関銃とも呼ばれます。
その全長は1.645メートルで銃身長は1.143メートルなので人の背丈と主張するには充分サイズ。
重量は38.1キログラムで三脚込みなら58キログラム。
鍛え上げた人間なら一人で持ち運び出来無くも無い……?
有効射程は2000メートルで最大射程が6770メートルだからか対空機銃にも使われるそうです。
ヘヴィマシンガンの代表格というネームバリューだけでなく、量産性・汎用性・安定性……更には廉価枠に収まり、全体的な構造が単純めで故障の心配も薄い。
兵器に欲しい要素全てが揃ってると思えて来る程、抜群の完成度を誇る重機関銃という事でしょうか。
・人の背丈と言えば
大剣ですよね。40話後書きでも触れましたが……
比重1の水1立方センチメートルは1gで一辺1メートルの水は100*100*100で1,000,000gなので1トン。
そして鉄の比重は7.85で計算し10センチ四方の二メートルの四角柱の重量は……
200*10*10*7.85で157000グラム……157キログラム。
二メートルの幅広大剣の体積はこの何本分もあるので……あの、ブローニングM2背中に背負って歩かせてもいいですか?
とりあえず大きな武器を振り回すんだったら全身鎧着こんでる余裕なんて無いんだなぁと思いました……全身鎧で大剣並みの体積の大きな盾を構えている重装歩兵の総重量って。




