第53話 群がる場を見てみれば(後編)
「それでさー……この部屋って、どうゆう事?」
「いや、ほんと何事? 幾らリーダーが自分の所の部屋よりも大きくしていい設定にしてても……内装ポイントどっから来たのさ」
統合四日目のゲームを終えたその晩。自分達が所属するアジトへの帰還を果たしたメンバー達の中には、目の前で広がる今までとは違う光景に困惑する者もいた。
垂れ気味な瞳にゆったりとした口調のマラーヤに続き氷芽野麻由が訊き、ルプサのリーダーであるクララの言葉が更に続く。
「アンがウチのグループに所属したままマイとサリーと一緒に出撃する為にアンの部下としてウチに引き入れて部屋を作ったんだけど……マイはクラウン一個使って自分達が音楽活動する際はガーデンのシステムからの支援を受けるようになってたのよ。だから一昨日、ここでバンド活動する為の部屋を作ろうとしたら――」
「あー……システム側が反応して」
マラーヤの発言にやや遮られたものの、クララは尚も発言する。
「そ。本来必要なアジト用ポイントを肩代わりして、ライブスタジオとしての機能を存分に果たせるだけの部屋のスペースと機材を瞬く間に用立てた」
「大盤振る舞いだなぁ」
マユの言葉に対し、クララは未だに表示されている項目を眺めながら言う。
「……そーでも無いかもよ」
「と、言いますと……?」
マイの言葉を受け即座に答えるクララだったが……本日このガーデンのシステム自らが運営する取引サイトに突如として「ミーティアブラストに基く銘柄」が追加された事から着目しよう。
これは「ミーティアブラストからなる銘柄を取引する権利そのもの」が商品となり、この取引で得た利益の三割はミーティアブラストの活動資金に計上されるという触れ込みで販売。
投機行為をしながらもミーティアブラストの活動を支援出来る構図になり、ミーティアブラストに知名度があるならば市場として機能する見込みはある……さて、クララはマイ達にこう言っていた。
「キミたちの意志に関係無く、キミたちの音楽活動自体を投資の対象にするみたいな事してるし……そんな感じでキミたちに費やした元を取ろうとする動きは今後もあると考えた方がいいわね」
「んー……とりあえず活動資金に余裕が出来たと捉えておきます」
「それくらいの姿勢が丁度いいかもね。余りにも一方的で不利益な契約を迫って来ないかだけ注意するのよ」
「ね、ねぇ……零時までに再生数五十万行きそうな勢いなんだけど」
アンが自分の目を疑うような表情でそう言ってから僅かな間を経て、またもクララが発言する。
「ま、あと何日続くかも分からない折角のお祭りなんだから、落ち着くまでこのアジトで好きに過ごしてていいわよ」
そう言うクララも先程の権利銘柄の価格を目にした段階で今日の出撃で得たポイントを換金した全額から購入……設定した価格以上になると売却し、この時間までにその価格に至らなければ妥協した価格で売却という『自動売買』を利用。
ガーデンの取引所ではより複雑なアルゴリズムを導入した自動売買オプションがあり、高い手数料に見合ったサービスとして人気を誇る。
取引が活発になった分だけ手数料収入が生じ、それがミーティアブラストの権利銘柄でも起こり得るとこのガーデンのシステム全般を管理するAIは判断……マイ達に確認を取るのも待たずに自らの取引所の銘柄として追加した。
その目論見はネット界隈でも最大級のインフルエンサーである虹姫宝乃華が仲のいいヴァーチャルタレントを巻き込んでまで自前音源の一発撮りカバー動画を上げるという展開により、大勝利を収める結果となった。
「あー、そうだ。その上場したヤツの名前ってどうなってますか?」
マイがそう言うと目の前に平面ウインドウが表示……そこには「ミーティア・ブラスト・アクティビティーズ」と読める英単語からなる文字列が並んでおり、その下には編集後の名称を表す入力フォームがあった。
「んー、これで都合がよければお願いします」
マイは最初だけ大文字でT、E、A、R、Sの五文字を入力……OKボタンを押すとSNSサイトでの自分のアカウントでコメントをするよう提案したメッセージが表示されたので以下のように入力した。
――トウシとかよくわかんないけど……何か出来ていたので名前付けました。ティアーズって読みます。
そのコメントがSNSに投稿されたのを確認したマイは呟く。
「一発で通った……短くなったけど、よかったのかなー」
「ティアーって涙の他に、引き裂くって意味の別の英単語あるよね」
「だからこそ、いいかなーって思ったんだけど……とりあえず何か食べて落ち着こうかな」
マイがサリーにそう返すとアンが言う。
「んー、私はまだまだ反応追ってたいなー……汎用の自動調理機械あるから、それで炒飯作って来てー」
「私もそれでいいかなー……サリーはどうする?」
「サリーも炒飯で……マラーヤ先輩お手製のジュースも頂こかな」
「ティアーズのウインドウはもう閉じなさい。マイたちはそういうのが出来たって事実を知ってるだけでいいんだから」
「言われてみれば」
そうクララに返したマイがティアーズのリアルタイム価格を表示するウインドウに手を伸ばすと非表示アイコンのようなものが出たので、それを押し……アン達の炒飯を用意すべく、部屋を出ようとする。
「あ、案内するね」
マユも一緒に部屋を出て行ってから少しすると――クララの目の前に平面ウインドウが現れ、購入したティアーズが買値の十八倍の価格で売却された事を示すメッセージが表示されるやクララが心の中で呟く。
素人がぼろ儲け出来る時間はこれで終わりでしょうね。
買値の十二倍以上で売却と設定してから幾らも経たぬ内に十八倍で売却されたという事は変動がそれだけ大きくなったという事。本来ならあるストップ高とストップ安という機能がティアーズには設けられていない。
ここからは大手の投機筋が雪崩れ込んで来て素人真っ青の乱高下が始まる。一部の投資家とデイトレーダーだけが利益を得られる世界の幕開けだわ。
クララはティアーズのページを開き、オプションにレバレッジが追加されている事を確認するとサイトごと閉じた。このガーデンは何処までも投資家達を巻き込んだ魔境を作り上げる気だ、と思いながら。
ガーデンでどんなに稼いでも、居心地のいい楽園を築き上げても……地球の空気に触れる事は絶対に出来ないのよ。本当に、何なのかしら此処って。
クララが脳裏にそんな言葉を浮かべてから多少の時間が経ち、なかなか反応監視がやめられないアンがいる中、マイが三人分の炒飯を運んで来た。
「8ビットアレンジ、ピアノで弾いてみた、大手のドラマーさんも次々と……ほのかちゃん達が作った音源を借りた歌ってみたも目立つなぁ」
「今は食べようよ、アン」
炒飯をテーブルに置きながらマイが言った。
「んー、どのミックスジュースにしようかな」
「基本的に同じフルーツ使ってるけどー……混ぜる比率によっては種類を抜いたり足したりしてるー」
迷うサリーを眺めるようにそう伝えるマラーヤ……何とかアンが食卓に着くと、やがてマイがクララに訊く。
「そういえば今ここにいるメンバーの他にあと何人いますか?」
「一人ね」
「ふっふー……その名も!」
クララに続き喋り出したアンを「待って」とマイが手を突き出して制止。
「お、当てちゃうー?」
アンが声を発する中、マイは頭の中に言葉を巡らせる……アルプス、アンデス、ウラル、ヒマラヤ。残る有名な山脈と言えば……マイは口を開く。
「ピレネー山脈……ですか?」
するとクララの顔が真剣なものになり、
「アタシから言うわ……みーんなは黙ってて」
その発言と共に一同は静まり返り、クララは淡々と言葉を続ける。
「アタシたちのグループ、ルプサにはね……結構前に皆で話し合って決めた、序列みたいなのがあるのよ……」
突然の重たい空気にマイは黙り込み、クララの声色だけが部屋に響く。
「強さとは違うその序列の一番目はアタシで、二番目がアンデス。三番目がマラーヤ、四番目がユーアールエル。そして五番目が――」
思わず固唾を飲みそうになる自分に気付きながら、マイは次の言葉を待った。
「ヤーマ……山をローマ字にして真ん中を伸ばして読むようにしただけの登録名で済ませた女の子よ」
マイは口を閉ざし頭の中に沈黙が訪れた末、発言した。
「じゃ、じゃあ……ルプサの序列って」
「とーろくめーいの、ねーみんぐせーんす!」
アンが止めていた呼吸を吐き出すかのように叫び出し、最後まで堪え切れ無かった事をやや残念に思う表情を浮かべながらもクララが呟く。
「アンったら……まーでもアタシが言っても締まらなかったわね」
「リーダーはアルプスを舞台にした作品に登場するキャラから、アンはアンデスのスペルにUを足しただけだけど自己紹介する時にはネタになる。マラーヤは最初の二文字削ったら女の子オーラ出た。私は一文字削ったのに余計呼びにくくなったって苦情が……」
饒舌に語ったマユに続き、マラーヤは自分のパジャマの胸元を少し引っ張りながら隠れている右目の方でウインクをしつつ発言した。
「ヤーマはもう山脈という概念さえ捨て去った。ちなみにこっちの序列はヤーマ、ボク、マユ、アン、リーダーだよー」
「そういえば標高が今後も確定してるのってアタシだけだわ」
今ならばマラーヤ、マイ、マユ、サリー、アン、クララの順となるが、マイとアンだけを見ても大きな差は無く、着る服次第では目測が逆転し兼ね無い。
クララの発言で話の流れが停滞し始めそうだったが、程なく別の話題に。
「それにしてもこのグループってどういう集まりなんですか?」
マイから受けた質問に対しクララは「そーね……」と呟いた後、声には出さず。
やる気の出ない子たちの集まり……かしらね。
そう心の中で呟き、実際に口に出したのは違う内容だった。
「アジトの内装は見たわよね?」
「はい、もう一通り……この部屋から奥と会議室を除けば何処も同じですよね?」
「見て……どう思ったかしら?」
アジトには内装のカスタマイズに使えるポイントシステムが用意されており、そのポイントはリアルマネーで購入する事も可能だが、ゲーム参加で得たエネミーの撃破ポイントやアイテムから得る事も可能。
リアルマネーで三百必要な品がこのポイントが使えるショップでは百二十で購入出来るなどの優遇も顕著で、フィールドへの出撃に精を出したグループはアジトの内装を充実させ易い構図に。
初期のアジト内装は基地のような雰囲気はあるもののダークトーンを基調としている為、重々しく……デザインが簡素なのも相まって殺風景さが際立つ。
窓が一切無い為、閉塞感も増し、最早これは洞穴暮らしだと開き直り洞窟が選択される場合もある。この事からアジトは何処かの建物の内部か地下をくり抜いて造られたものという説が有力視されている。
そんな問題をルプサのメンバーは「落ち着きがあって心が安らぐような内装」をコンセプトに意見を出し合い……選ばれたのが壁などがパステルカラーでカラフルな玩具やぬいぐるみが散乱する「子供部屋」。
部屋の中央に籠でも置こうものなら中に赤子が入っているとさえ思えて来るほど知育性を感じる風景と化していた。
「可愛い歌と相性、よさそう……ですね」
マイ自身何処まで本気でそう言ったのか判らない様子……クララが返す。
「皆、変えようって気はあるんだけど何だかんだで元の重苦しい内装よりはマシだし新しい案を考えるのも面倒って事で、纏まった人数が集まって決めて以来、このままなのよ。気を引き締める為に会議室はデフォルトのままだけど」
だって、やる気を出しても意味が無いもの。
「んー……心身疲れてフィールドから戻って来た時には癒されそうですね」
「慣れ親しんじゃったのもあるわねー」
クラウンを手に入れる程、大きな願いが叶えられると言われたって。
「それにしても……既に大変よくして頂いております。今回の事が落ち着きましたら、お返し出来るよう頑張ります!」
「そーんなに気を張らなくてもいいのよ……でも管理レベル引き上げで何か新しい事が起きそうだし、気休め以上にはなったメンバーもいそうね。まぁ、だけど」
元居た地球に帰りたいって願いが叶わないのに、自らの命を賭けてまで頑張れる子って……一体どれだけいるのかしら。
会話が進む中で、苛立ちにも似たぼんやりとした感情がクララの中で激しさを帯びながら渦巻き、それが明確なものとなる前に消え去った――
クララの地球に帰りたいという欲求はメンバーの中で一番低い。しかし帰れないという事実があり、帰れない子たちがいる……それに対する憤りにも似た想いがクララの中で拭い切れず、そんな自分に疲れてしまった。
そう分析するのは何処まで正しいのか、的外れな妄想に過ぎないのか……少なくともクララはこう続けていた。
「みーんな、命と引き換えにしてでも叶えたい願い、無いのよねー……」
しんみりとなった空気をどうすべきかマイが悩んでいると、
「遂に踊ってみた動画まで出て来たけど」
アンの発言によりマイはクララに一礼し、アンのいる場所へ向かう事に。サリーも合流して来た。
「再現度凄いなぁ、と言うか……」
「サリーがカメラワーク編集頑張るから踊りは一切やって無いんだけど」
先の呆れた声色を帯びたまま、マイが叫ぶかのように言い放つ。
「サリーもアンも演奏に専念してて、私はマイクの前で棒立ち同然……歌ってる弾みで体が揺れてるだけだって」
「だから背景の演出を思う存分激しく出来たんだよね」
「まー、ネタ動画だよね、これ」
その後、本格的な振り付け動画が生身の海外の人気配信者により投稿され、ミーティアブラストはその新曲ブレイジングティアーズの再生数と共に更なる知名度を得て行くのだった。
今大注目の投資銘柄と化したティアーズは最早何かの生き物かのように秒単位で激しく乱高下。
その折れ線グラフが描かれて行く様を何の投資知識も無い個人勢のバーチャルタレントが絶えず感心した声で反応するという配信が声の可愛さも相まって話題となり、有名なバーチャルタレントがコメント欄に一言だけ残して行く。
そんな配信が朝になっても尚、続いていたのだが……ティアーズに関する情報を非表示にしていた為、マイ達がそれに気付く事は無かった。
今回は後書き必要無いかな……そう検討した末、やたら説明長いけど特に重要性の無いものが一件ありました……初登場は第6話。
・自動調理機械について
食材を入れてボタンを押せば指定した料理を全自動で作ってくれる機械。
料理内容を限定すれば特定の調理手順を機械的に最適化出来るのでは? それらのノウハウを一つの調理機械に集約させれば汎用型の自動調理機械の開発も見えて来そうですが、限定的な範囲で料理が作れるタイプよりも価格帯は確実に上回る事に。
量産性を考えずに機械で人間の職人クラスの料理を再現する事を前提とするならそれこそアンドロイドに調理パターンを記憶させて手作りさせた方がいいような気もします。
人間の腕の動きと力の強弱が課題となるのでアンドロイドを作るよりも技術的なハードルは低そうですが、既にアンドロイド文化が発達している段階から自動調理機械の開発を目指した場合、複雑な内部機構やアルゴリズムを搭載した専用機械を開発する事に挑む必要性は薄れる方向に。
少なくとも、本作の地球側における人工知能込みのアンドロイド運用の実用性は疑問符なのは6話で触れた通りの為、結構以前から地球側で開発が行われ製品化に至ったのかもしれません。




