第50話 拭えぬ血など赤いだけ
追撃の気配は無いが……やはり時間を掛け過ぎたな。
マインゴーレムの両腕を含めた残存ボディが次第に細かく崩れて行き……粉々となった赤紫色に煌く構造体が砂の山と化して行く様を眺めながらエルドーラのリーダーはそう思っていた。
以降一筋も来ないコーラルピンクの光に、得る筈だった撃破ポイントを目の前で奪われたが……それに対して金髪の女性が目立った感情を抱く事は無かった。
そんな金髪の女性はアレックスを解除する前に紫の絵の具で剣とナイフらしきものを一振りずつ描かせる。
紫の絵の具は赤紫段階のマインゴーレムのボディを意味する為、その色で描かれた大振りの剣と大きめのナイフも同じ透明度の赤紫色の構造体で出現。
程なくアレックスは解除され、アレックスが描いたビリジアンの足場タイルとマインゴーレムのアーム二セットは残ったまま……片方の両腕が無傷だからか、もう片方の両腕全体で走る亀裂がなかなか目立つ。
再びアレックスを呼び出すには消費した全ての絵の具が時間経過による回復を終えた上で、使用者へのダメージをアレックスが肩代わりした際に帯びるアレックスの赤味が完全に無くなっている事が条件。
前回の呼び出しでアレックスが描いて出現したものは、次にアレックスを呼び出すか使用者が眠るまで、その世界に存在し続ける。
従来の能力の生成物には持続時間が設けられ、威力が発生すれば消滅するも同然の短さ……維持するにはコストとも呼べそうなものを与え続ける必要がある。
それに対しアレックスが描いたものは前述の時限性はあるものの言うなれば「その世界に登録される」……使用者の意志に沿って動かせる事を除けば物理的な作用を余す事無く受ける存在と化す。
フィールドに入った直後にアレックスを呼び出し、その際の絵の具の消費次第ではゲーム終了前に回復が完了し再度呼び出す事も可能だが……。
絵の具を余り多くは使えない上に、使用者が攻撃を受けて赤く染まったアレックスの回復時間が加わる事でゲーム終了まで間に合わない場合も。
ガーデンに戻ればゲーム参加ボーナスである絵の具の回復時間半減が無くなる事も踏まえれば終了間際にアレックスを呼び出すのは考えもの。
使用者が受けたダメージを肩代わりする性質はアレックス出現時も健在……上限はあれど生身の人間では到底耐えられない攻撃を何度かは受け切れるだろう。
それ故、赤味を帯びたアレックスが白くなるまで、かなりの時間を要する状況が成立し易いのだが……更なる情報として、フィールドでアレックスが描いて現れたものをガーデンに持ち帰る事は出来ない。
事前にガーデンでアレックスが描いたものがあれば、従来の条件でフィールドに持ち込む事は可能となっている。
マインゴーレムの撃破演出が完了したからか金髪の女性はその場を去ろうとするのだが……突如、氷らしきものが地面に突き刺さった。
金髪の女性は足元にある氷の形状を確認し……警戒心を解き、歩行を再開する。
氷の形状は角を丸めた二等辺三角形。ギターのピックを知る者には馴染みのある形で、それを肉眼で捉え易い手の平サイズまで大きくしたものだった。
程なく金髪の女性の近辺まで来たのは真珠のような色と光沢を放つ髪を長く伸ばしたターコイズブルーの瞳の少女……まだ距離がある段階で手を振り始めるや、
「こんにちわー!」
ほどよい声量でそう叫んだが、後ろには更に三人の少女の姿も見えた。
「早まった判断だったかサリーは心配だったけど、合ってたね」
残る三人が近付き、先程ピック形状の氷を生成したネオンイエローの髪をサイドテールにし赤味を帯びたアメジストの瞳を持つ少女がそう言った。
「そういえばまだ名前を聞いて無かったねー……にしても何か地面が凄い事に」
度重なるマインゴーレムの攻撃によりアスファルトで舗装された地面は平らという概念を失い、複雑な凹凸を描いていた。
それに対する感想を述べたのはピンクゴールドの髪をツーサイドアップにしたワインレッドの瞳を湛えた少女で、すぐに返事が。
「アルだ。今日の動画を見たが……新顔がいるな」
登録名を簡略化した名を発しながらそう尋ねた金髪の女性は相変わらず、その長身の背を覆う長い髪が狼かのような荒々しい毛並みだった。
「アンの知り合いのマユちゃんです!」
本名より慣れ親しんだ偽名を名乗ったアルに対し登録名の説明を回避すべく本名を名乗った氷芽野麻由の髪型はツインテール。
ヨーグルトのような色合いの白い髪が毛先辺りでブルーベリーソースの色味を帯びて行き、樹脂製で半透明のエメラルドカラーの髪飾りも特徴と言える。
そんなオレンジ色の瞳の少女をアルがある程度眺めていると、
「ところで周りで浮いてるのはアルさんのですか?」
非戦闘時は悪目立ちでしかないアレックスにより出現した面々について訊かれ、アルは返した。
「説明は省かせてもらうが、今回のゲームが終わるまで、このままだ」
「宝石みたいで、きれー」
アンが目を輝かせながらそう言い、サリーは感心しながら、
「水晶や宝石の洞窟……舞台。ふむふむ」
ミーティアブラストの動画演出を担う身として刺激を受けていた。
武器などを出したままなのはサリー以外の全員に言える事だが、アルはボーカルのマイ――舞良角泉舞輝が手にするレールガンと言える機能を果たす生成物に視線を注ぐ。
統合前のガーデンではフィールドが発生するのを待たず、能力が強化されていない状況下でグループ同士と全面衝突する光景も珍しく無かった。
そんな中、大規模な縄張り争いに発展し、二つに分かれた勢力の片方にアルとそのメンバーは付く。どちらの勢力も強権的な姿勢が色濃かったがアルが付いた勢力のリーダーは話せば意見を取り入れる判断も出来る相手だった。
アルのメンバーの中でも防御面に長けた者が勢力のリーダーの防壁の役割を務め戦場で互いのリーダーとその部隊が激突し、拮抗状態に陥った次の瞬間――
当時プロキオンのメンバーだったマイが所属するリーダーの指示を受けて放ったレールガンにより、両勢力のリーダーと傍にいた者達を跡形も無く一掃。
自らのメンバーの死をアルが目の当たりにしている間に、残党は機銃掃射を浴びせられ、生き残った者は合金ナイフで斬られ殲滅……プロキオンのリーダーはそれをアルが付かなかった勢力だけに行った。
縄張り争いに飛び込み勝利したプロキオンだったが残った者達でこの区画を管理せよと言い渡すと去り、そこにある資源は妥当な対価を払えば誰もが利用可能に。
数日後、アルがフィールド内でエネミーとの交戦中にマイと共闘する形となり、再びレールガンの威力を目の当たりにした事であの日の砲撃を行った者が目の前にいる事に気付くやアルは心に浮かべた。
この少女は今後も人殺しの道を歩むだけなのだろうか。
怒りの感情の出る幕が一切無く、物悲しさだけが押し寄せる……そんな瞳で見つめていたからか、その場は何の衝突も無く終わる。
そんな過去を持ち、今やミーティアブラストの作詞と作曲を務めるマイが緊張感を保った声で言った。
「ゲーム終了まで一時間切った……投稿した私達の動画の反応、戻ったらチェックしときたいな」
マイの狙撃による大爆発に巻き込まれたメンバーを始めとし様々な想いを呼び起こすレールガンを眺めていたアルは、その金色の瞳の視線の先をマイ本人に移す。
あの時の少女が今、音楽という道を歩んでいる……許されるなら、その様を見守り続けたい――そんな感慨深い感情がアルの中で湧き上がっていた。
「少なくとも再生数は十以上あるぞ。私の分だけで」
「サリーは全然動画編集してない事に反感買って無いか不安……」
「んー、でも歌詞の表示の仕方だけで動画語れそうだったよー」
落ち込み始めたサリーにアンが率直な意見を述べる中、
「えーと、アルさんはゲーム終了まで一緒に戦ってくれるって事でいいのかな?」
会話の流れから取り残されながらも氷芽野麻由は今の状況に対し発言し、
「そうだな……そうさせて頂こう」
エルドーラのリーダーがぼんやりとした口調でそう返した。
その後は五人で巨大青エネミー目当てに警備ロボットを探して行くが……どのような戦闘が繰り広げられたかよりも一切の苦戦無くゲーム終了時間を迎えたという情報の方が有用か。
マインゴレームを探してもいた一同のいる地点をマップ中心とするならば、これから眺めるのは端に位置する場所。
辺りは倒壊した建物による瓦礫の山が幾つも目立ち……ゲーム終了まで残り三十分と百秒前になった瞬間、五メートルを越えるコンクリートの壁が現れた。
高い建物同士の間にある一つ一つの瓦礫が大きな山は登る事は出来そうだったがこの巨大な壁はその通路を完全に塞ぎ、反対側から見ても通路の途中で壁が見える位置に聳え立っていた。
表面がある程度ボロボロで周囲の景色に馴染んではいるが、厚さ百二十八センチメートル前後で五メートル越えの壁がこんな所にある段階で不自然さを放つ。
九十秒が経つと壁の表面に円に囲まれた数字の9からなる模様が白いチョークで描いたかの如くうっすらと、かなりの面積で壁の両側に現れて……時計回りで円が徐々に消えて行き、新たに数字の8と円が出現する頃には一秒が経過。
そんなカウントダウン演出が残り五秒まで進むと、模様を描く線が焦げたコンクリートのような質感になった事で可読性が大幅に増加……残り三秒になるや数字と円を描く線が赤熱しながら燃え上がった。
炎の勢いは直ぐさま弱まり、次の数字の描画と同時に再点火されるという挙動だが……円の方では炎だけが消えて行き、焦げた円自体は残るという変化も。
数字の0の描画を待たず、周囲の風景に基いた巨大な壁を映し出すというカモフラージュを行っていた立方体ケース――光学迷彩キューブとでも呼称したくなるそれはゲーム終了三十分前丁度で突き破られ、中にいた存在が躍り出る。
建造物並みのガラスを突進で盛大に破壊し、砕けたガラスの各々が空中で散乱する先で見えるのは統合四日目となる今日のフィールドでは見慣れた存在。
姿形と性能面は同一種と同じものの、その巨大な人型エネミーは今までとは一つだけ異なる要素があった。
ミーティアブラストの書き方は『MeTEAR☆BLAZT』でしたねと触れるだけでいいかな……では後書き。
・ダメージの肩代わりについて
32話の黄金像は「使用者の受けたダメージを大幅に軽減した上で全て肩代わり」し、マインゴーレムも肩代わりされている間は次の段階の部分はダメージを受けない。今回の金髪の女性もアレックスが真っ赤になるまでダメージが肩代わりされ続ける。
具体例として火炎ブレスや刃物による火傷や裂傷が使用者の体に反映されずに肩代わり先の耐久が減少……肩代わり作用が機能し無くなるまで使用者がダメージを受けても無傷で済む感じです。
・可読性について
コバルトブルーの海の上で、その海の色をそのまま塗装したかのような船が迫って来ています。
少し離れた場所では同じ形状で全体が真っ赤に塗られた船も此方に向かって来ており、海際にいるあなたと二つの船の位置は二等辺三角形を保っているとします。
この時、海の色と同じも同然の青い船より、海の色相と対象……ともすれば補色とも言える赤い船の方が此方に近付いている事に気付きやすい。
そんな「見えやすさ」に用いる言葉が視認性で、色相や形状も影響します……さて、本題。
可読性とは「文字の見やすさ」に対して使われ、手書き文字が可読性が高い場合「綺麗な字」という評価を得ますが、ここでは背景色と文字色の二つの要素だけで言及します。
背景色と文字色を同じ色にした場合、フォント自体の可読性がどんなに高くてもその画面には一色しか視えなくなり、最も可読性が無い状態に。
背景色と文字色が近ければウォーターマークのように目を凝らして見えるかどうかとなり、こちらは可読性が極端に低い事になります。
可読性を高くする上で手堅いのが白背景に黒文字、鮮やかな背景に白文字ですが白と黄色の場合は明度が近いので背景の色相自体が明るい場合は文字色を黒にしたいところ。
本文では白っぽい灰色のコンクリートに白いチョークと可読性が低かったのが、コンクリートが焦げたような色になる事により大きな明度差が生まれ一気に可読性が高まったわけです。




