第44話 はじまりは氷山から(後編)
統合四日目に突然遭遇した魔法少女ニアリーブルーとの対戦を始めたルプサ所属のURLこと氷芽野麻由が碧色の炎から火球を放つのを待たずにニアリーブルーは跳び上がる。
ニアリーブルーに飛行能力は無いが跳躍力に幾らかの強化があり、落下時の重力加速度を何度か増減する事も可能。
重力加速度の増減幅には限界があるものの、例えば今は並の建物を飛び越える程の高さから緩やかに落下しているが……自身が落下する際の重力加速度が増加出来るならば、三十秒掛けて得られる落下速度をここから一秒で得られる事に。
ガーデンもフィールドもマッピングすれば端と端が繋がっている為、その全容が球であると仮定すれば、その規模からなる質量で地球と同じ重力を有する事に大きな疑問を抱く事態に陥るのは尤もか。
実際にはどのフィールドでもマップの規模と関係無く地球のものと酷似した重力らしきものが働いており、ガーデンでも同様の作用が見られる為、何かしらの処理が施されているのだろう。
地球側とガーデンで同じ実験を行えば同じ結果になるのは疾うに周知されている事……重力の話題を続けるよりも注目すべきは始まった戦闘。
跳び上がったニアリーブルーと地上にいる青い幻影……同じシアンの大剣を持つ幻影の方には飛行能力があるようで、地面に足を付けずにマユへと迫る。
青い幻影が手にした大剣を両手で大きく振り被ったかと思えばガラ空きとなった胴体から人の背丈ほどある氷の塊が放射状気味に生成……どの部分も似たサイズで先端が鋭利な為、至近距離で受ければ高い殺傷力が見込めるだろう。
そんな全長二メートルあるか怪しい攻撃を氷芽野麻由ことマユは両刃の斧の形状のエメラルド色の生成物を盾にして受け止めたが……このエメラルド色の生成物が攻撃を受けた瞬間はそのダメージ分だけ碧色の炎が発生する。
エメラルドの生成物が衝撃を受けた時が条件の為、武器形状となった生成物の方から相手を攻撃しても成立するのだが……青い魔法少女の幻影がマユの頭上を通る方向に浮上しながら移動を開始。
本体ならばほぼ一瞬で辿り着く距離に秒数を要するほど幻影の機動力は劣るのだが……その間、マユは生成武器を変形させた上で細かく分割していたが、先に攻撃態勢が整ったのは幻影の方だった。
マユの背後を狙える位置と高さにいた幻影少女が大剣を大きく振り被り……振り下ろすと共に落下態勢に入った途端、青一色だった幻影少女が着彩でもされたかの如くニアリーブルー本体と外見が同じになり急速に落下して来た。
まるで幻影少女がニアリーブルーそっくりに変化したような光景だが、両者を眺めていれば本体と幻影の位置と体勢の入れ替わりが起きたのだと判明する。
本体が持つシアンの大剣による直接攻撃を浴びせられそうになったマユだが……ニアリーブルーが青い幻影へと変化した事を目視するや、マユは入れ替わり先の青い幻影背後にある碧色の炎を消費しその位置に出現。
シアンの剣を激しく受け止めた斧状態の生成物が発生させると見込んだ量の碧色の炎を直撃時の爆発力を高めた炎に変換し、ニアリーブルー本体へと次々と注ぎ込んだ。
ニアリーブルーはその跳躍力で上空へ逃れ、マユの位置を確認するや青い幻影と位置を交換する事で回避……炎による爆発が大層な規模と時間差で起きて行く。
再び中距離未満の位置関係となったマユとニアリーブル―……このまま時間が経てば幻影少女が増えて行き、位置交換候補も増える事に。
遠距離攻撃手段を持たないニアリーブルーに対し、マユは周囲にある碧色の炎全てが位置交換候補……接近戦を挑まれても離れた場所に避難した上で相手に遠距離攻撃を浴びせる事が出来る。
消費する度に急速に蒸発する碧色の炎は強度が低く、威力を伴う能力の生物を当てればその部分の碧色の炎を消す事が可能……アンのように一度に大量の碧色の炎を一掃する相手だと攻撃の選択肢が一気に潰されるだろう。
ニアリーブルーには範囲攻撃が無いが、それ以前にこの事実に気付いておらず、先程から青い幻影との位置交換によりマユの懐目掛けて突撃し、その都度マユは碧色の炎と位置を交換……両者共に一撃も与えられぬ状況が続いた。
「手強いわね。でも、まぁ……いい気分転換にはなったわ」
「じゃ、この辺で」
「えぇ」
ニアリーブルーがマユにそう返すとシアンの大剣を肩で担ぎ、
「邪魔したわね」
その言葉と共に去って行った。ニアリーブルーがある程度離れると残った三体の青い幻影はシアンの大剣からの供給が途絶えた為、一斉かつ速やかに消滅。
マユの碧色の炎は消費し無くてもやがて蒸発する為、供給源であるエメラルド色の結晶体からの距離は重要では無いが、常に移動し続けるような戦闘場面では周囲の碧色の炎が乏しい状態が維持される為、設置型のような側面も。
「アンに言われた通り、手を出さなかったけど……」
マイはニアリーブル―があっさり引き下がった事よりも、マユがニアリーブル―の攻撃の悉くを事前に知っているかのように対処していた事の方が不自然に思えて来ていた。
丁度その頃サリーとアンが現れた警備ロボットを撃破し……青味のある透明な何かが夥しいまでに警備ロボットの内部から滲み出ては上空へと浮上して行った。
「お、当たったー!」
マユのちょっとした歓声を受け、マイは抱き始めた疑問を振り落とすかのように現場へと向かい、四体目となる巨大青エネミーと戦う事になるが……三人で問題無かった相手が今度はマユを加えた四人掛かり。
ある程度の時間は要したが目立った場面も無く撃破に至った為、取り上げる余地は先程まで揃っていた少女五名からなる情報の方が勝るのかもしれない。
女性特有の部位を表す際に平地と山が引き合いに出される事があるが、この五名ならば全員が山に分類され、一番高いニアリーブルーとマイは横並び……辛うじて差のあるのがマユで、やや下回ってサリー。
つまりアンが一番低いのだが、マイと比べて一回り程度に留まる差だった。
目に見えて差があるのは身長の方で高い順からニアリーブルー、サリー、マイ、マユ、アン。ニアリーブルーとサリーは差が小さく、少し離れてマイとマユが似た背丈……アンの背はマイより一回り近く低いといったところ。
より重要となるのはルプサのメンバーが残り二名という情報だろうか。
この日は先程出現した四体目の巨大青エネミーが倒され、マインゴーレムもナベリウスの制服少女に撃破されていたが……それから時間が更に進んだ、この場とは離れた地点にて――
不気味な色合いに染まった夕焼け空が広がるこの廃墟マップ。
今も尚、終末感さえ帯びたそんな空に人影が見えたかと思うと、その影は徐々に大きさを増して行く。
人影と地面との距離が大分狭まる頃には落下して来たものが人型のエネミーで、その五メートルを越える体躯は存在感と重量感を存分に帯びていた。
一体目とは異なる登場をした二体目のマインゴーレムは程なく周辺にいた参加者に取り囲まれて戦闘が激化する事になるが……その中にはニアリーブルーと意匠の似通った少女の姿が。
胸の話を続けるならば数値的にはニアリーブルーを少し上回る程度だが、背丈は一回り以上低い。
ほぼ白いドレスの所々にはピンクのライン部分が施され両肩と胸元を露出したデザイン……両方のロングブーツと長手袋もそんな方向性で、手の部分は一様にドレスと同じ白さを放つ。
所々で巻かれているリボンは赤いが、腰の辺りで後ろに結ばれたリボンはとても大きく蝶の羽根のような広がりを見せ、ピンク色の髪はツインテールとなり瞳が湛える色はコーラルピンク。
どこを見ても赤に纏わる色を有した少女だが、右手で握る白を基調に金色があしらわれたステッキと呼べる短い杖の先にある大きな宝石はマゼンタの色相……鮮やかな赤紫色が輝く様は見る者の記憶に灼き付かんばかり。
宝石内部ではまるで炎か何かが絶えず揺らめいているような様相さえ覗かせる。
そんな魔法少女の姿を為す少女も加わる事となるマインゴーレムとの戦闘場面ならば、目立った出来事も一つや二つでは無いだろう。
・重力加速度について
空気抵抗を考えず、高所から物体を落とした場合の三十秒後の速度は?
この質問の解答に必要な公式は『v=gt』でtは秒数。vの単位が1秒で何メートル進むかの秒速。
そしてgが「重力加速度」で多岐に渡る変動要素を無視すれば一般的には9.8m/s^2です。
よって冒頭の問題は9.8に30を掛けるだけ……秒速294メートルとなります。
この9.8の数値自体をある程度増減出来るのがニアリーブルー本体が落下する際に使用可能な能力で、1秒で30秒後の落下速度を得たいなら重力加速度を294にすればいい事になります。
緩やかに落下したい場合は重力加速度を0.5にすれば二メートル落下するまでの時間を求めたい際の公式はy=1/2*g*t^2なので一番計算がラクじゃないです……。
yはメートル、今回のgは0.5なので1/2で計算。
1/2*1/2*t^2=2→t^2=8→t=2ルート2……8の平方根は2.828427...なので、
ニアリーブルーが二メートルの高さから重量加速度を0.5にした場合、着地するまでの時間はおよそ2.83秒。
本来の重力加速度だと1/2*9.8*t^2=2になるので計算の際は2を4.9で割ってからその平方根を求める羽目になります。
そんな重力加速度をある程度増減出来るニアリーブルーですが要は、
「重力加速度を上げれば落下速度が加速し、減らせば減速する」
それが実現出来る能力だという説明だけで済ませる事も出来ましが、この能力で重要なのは、
「重力加速度をある程度増減出来る」
0にしてその場で静止する事は出来ないので、重力加速度を最低値にしても落下自体は続くという点があります。




