第42話 採掘の果てに
命という概念を冠する生命と、それから成る生命体――
生命体は如何にして定義されるべきか……地球上で主に知られる生命体を見渡せば、「有機物であり生態系を形成するもの」という条件を導き出せそうではあるが無機物でも生命体の条件を満たせるかもしれない。
0と1のデジタルデータから成るプログラムが人工的、もしくは知的生命体により意図的に作られたものでは無く、自ずと生じたものが存在し生態系と呼べるものを形成したならば、或いは――
そんな生命体という概念を前述の有機物方面で、この能力は定める。
瞳と同じ色のスカイブルーの髪をボブカットにし、背の低さに対し胸はかなりのボリュームで、着ているのはコスプレ用の架空の学校制服。
その女子制服は白を基調とし、上着に施されている幾つかのボタンは金色。折り返された襟などに見られる裏側の青い部分では白いラインが確認出来る。
そんな月村学園の制服を着た少女が、統合四日目に遭遇した『マインゴーレム』に放った能力の体系は突出まででは見る事の無いものだった。
生成された異様な紅色の結晶質感のバスタードソードを少女が翳すと……少女の周囲から蛇のようなもの、口の中に牙を並べた獣、鉤爪の付いた爬虫類の手、猛禽類の顔……そんな生命体らしきものが種類を様々にし一気に十数放たれた。
そのままマインゴーレムを攻撃する事も出来たが、そんな生命体が産まれるや、全身の細胞がそのまま血液と化して霧となるかのような様相と勢いで次々と死んで行く……それがこの能力のコスト取得方法。
発生した生命体らしき群れを「生命体である」と能力によって定義される事で、生命体を生成した途端に殺して行き、その剣に力を蓄えて行く。
しかし、この能力体系では一般とやっている事が変わらない事に。
少女の能力を高位たらしめる決定的な相違点に迫るには、まず一般の能力体系が如何に一般的なものであるかの説明が要求されるのかもしれない。
ファンタジーな例え話から始めよう……騒動の元凶となった魔術師を冒険者達が取り囲む中、魔術師は不敵に笑いローブの中から燃え盛るように赤く発色する、炎を象った形状の魔力の結晶体を取り出し、
「この炎のクリスタルがある限り、俺の炎の魔力は尽きる事が無い」
呟いた瞬間、冒険者達を包み込むような規模の炎が巻き起こる。
ただの例え話なので登場するのは猫でも兎でもよかったが……この話を前置きとした趣旨は、その力を揮う為の源――力の発生源となる発動体。
ガーデンは能力者を招集するが、その能力者は何を力の源として、能力を発動させているのか……組み上がる事実は「能力者自体が能力の源」である。
今や人間がある日突然、能力者となる現象自体は有名だが、能力を発現するという事は「その人間に能力体系が発生し定着する」ようなもの。
ディスタンスが一般となる能力者は、そのままでは能力を発動出来無い場合が多い。
そこで自らの能力体系を具体的な形状として生成する事で能力の発動内容を安定させ、その生成物が能力の発動体であるかの如く揮う……だがその生成物を具現化したのは能力者自身。
主に武器の形状となる能力の生成物を一定の条件下で運用する事で、その能力を高めたり真価を発揮する為に必要な消費制のエネルギー的要素――「コスト」を得て行く能力体系が形成される傾向が目立つ。
ハームレスウォーターで当てはめるならば能力の生成物はレイピア、コスト取得条件はレイピアにより発生して行く水状の生成物の消費。それらの能力を発動する為の供給源は能力者自体である。
マインゴーレムと対峙する少女を見れば、能力の生成物と思われる剣から次々と発生する「生命体と定義されたもの」を血肉とする事でコストを獲得し、剣が揮える内容を強化……この能力体系だけ見れば一般と同じ内容。
話を続ける為に更なる例え……お使いを頼まれた女の子の話をしよう。
母親に「果物のリンゴを買って来なさい」と言われた少女は商店街に趣き、無事果物屋まで辿り着くと女の子の目の前にはリンゴとミカン……隣の店は硝子細工が棚に並び、その中にはリンゴもあった。
女の子は母親の言いつけ通り、果物のリンゴを言われた数だけ買って家へと帰って行った……同じ果物であるのにミカンは何故選ばれ無かったのだろうか? 同じ形状をしているのにリンゴの硝子細工は何故選ばれ無かったのだろうか?
そんな見解を発生させた上で、能力体系の話に戻る。
能力を行使する際に、その対象が実際にあるものか能力により生成されたものかを判断し処理結果が分岐する場合もあるが……それはどのように判断されるのか。
それが能力の作用を受けた実際にある物理的なものでは無く、能力の作用そのものならば猶更。
前述の通り、能力者自身が能力の発動体……それを基に形成される能力の体系には一種の規則性があり、それは「型」とも呼べる規格的な共通要素。
この型の有無を判断する事により、能力の対象に能力があるかどうかを判断している傾向が一般や突出の特徴とさえ言える。
ミカンは柑橘類というリンゴには無い性質を持つが、同じ「果物」……その要素は共通している。「型」とはそういう意味である。
しかしリンゴの硝子細工は果物でも無ければ有機物ですらない。根本的な要素が異なるものが姿形だけがリンゴと同じに過ぎず、硝子細工はどんなに姿形を変えようと果物になる事は出来ない。
以上の事を踏まえた上で言及すると、月村学園の制服を着た少女の能力の発動体は少女自身では無い。
少女の能力が発現する際に形成を始めた能力体系は、構築の過程で本来そのまま少女の中に宿る筈だった能力体系が少女から分離し……何処とも知れぬ場所で能力体系を再構築し禍々しく煌く赤い宝石の姿を象るように。
最初の例え話の魔術師が炎のクリスタルこそが自らの魔力の源であると言ったように、この赤い宝石こそが少女の能力の源――「力の根源」となった。
人間という存在を介した上で構築された能力体系と人間から独立した能力体系そのものが形を成す為に構築した能力体系では前述の「型」が全く異なる。
能力の生成物には今回のマインゴーレムのように物質を再現して硬度も質量も備えた物理的なものと、魔法のような強度をそのままエネルギーにしたようなものがあるが……赤い根源の揮う力による生成物が後者の場合はどうなるのか。
物理的な存在でも無ければ能力の生成物でも無い……エネルギー的なものではあるが従来の能力にとっては認識する事の出来ない何か。
周囲に存在する物理的なものと能力の生成物かで能力の処理内容が変わる場合、その何れでもないこのエネルギーは能力の対象外と判定され兼ね無い。
能力の中にはエネルギー的なものではなく、「相手の動作速度を半減」のような作用的なものも含む為、それを阻む為の能力が相手でも対象とならずに素通りする事も考えられる。
そんな能力という規格から外れた力が実際に揮われているので目を向けたいが、少女が剣を生成する前の状態における「根源による作用」の説明も必要だろう。
少女はマインゴーレムの足裏で一度、拳で三度にも渡りその人体を平らにされていたが、その度に根源が少女の「損傷した事実」を喰らっていた。
原因と結果が連続する事で構成される因果律だが、もし「その肉体部分が失われた」という結果を起点に「攻撃された」という原因まで辿り、その原因を「喰らったのは自分」と改変した場合、どうなるか。
この赤い根源はそうする事で少女の体が負傷もしくは欠損した状態から、失った部分が有していた生命体的な概念を含む情報を得ている。
それにより相手の攻撃で生じた少女の欠損にはどのような影響があるのか……その説明をする上で、一人の村娘と二匹の狼からなる例え話が役立つかもしれない。
森の中に迷い込んだ村娘は狼に牙を突き立てられては食べられていた。餓死寸前の狼は夢中で村娘の肉を貪り食う。
そこから少し離れた場所には別の狼がいて、先の赤い根源と同じ力を持っていたならば飢えた狼が村娘の肉を喰らう度に、その肉はこの狼が喰らった事になり、飢えた狼の方は村娘を骨になるまで平らげても胃袋の中身は食事前と同じ。
やがて何も食べられ無かった狼はその場で餓死するのだが……今度は目の前で我が子を人間に攫われて気が立っている母熊と遭遇してしまった村娘が母熊の強靭な腕で木に叩きつけられ、そのまま亡くなった場面から次の例え話を。
骨も内臓も損傷した村娘の死体を先程とは異なる赤い狼が見掛けると「村娘をこんな目に遭わせたのは自分で、損傷した部分の全ては自分の腹の中にある」とすべく村娘が死傷した事実を喰らう。
すると村娘が母熊の腕で横薙ぎにされて負傷したという原因が無くなり、村娘の状態は母熊と遭遇する前まで戻るが、その状態とは村娘がまだ生きていた頃の為、事実上の蘇生効果となる。
ここで注目すべきなのは赤い狼は村娘が損傷した部分の情報を復元するや原因となった事実ごと、その生体部分から得られる情報を喰らうのだが、元となった村娘の方には手を付け無い……村娘自身は何の代償も払わずに蘇ったのである。
不十分ながら概要の説明にはなったので、話を月村学園の制服を着た少女に戻そう。少女が負傷しても、赤い根源がその事実を喰らう為、少女が受けた損傷は回復と同じ結果になる。
少女の肉体の損壊が絶命を伴う程のもので他の能力者ならば能力の供給源としての機能を果たせない状態になっても、少女の力の根源は健在のまま。
故に根源は少女の損傷と事実を喰らい、少女が死亡する前の状態に戻った上で、復活場所をどこまでズラすかを少女に選ばせる。
負傷の際は痛覚が人並みに機能する為、半端に深手を負うと喰らわれるまで激痛を受け続ける事になる……痛みすら感じぬ程の即死が見込める、マインゴーレムの拳を少女が受けていたのはそれが理由だろう。
根源が因果律を喰らうのは肉を骨ごと食べるようなもので、喰らいたいのは少女の肉体から得られる「生命体としての情報からなる要素」。
赤い根源が在る限り、少女の死はその都度喰らわれ、生へと戻される……そんな不死のメカニズムも結果的に生じるものでしか無い。
使用者では無く能力自体が力の源である、能力により使用者の本来の在り方が様変わりしてしまう……どちらかを満たすだけでディスタンスが高位となる条件を赤い根源は二つとも満たしていた。
では少女が手にする赤い剣を破壊すれば赤い根源の力は消滅するのか?
この赤黒い結晶のようなバスタードソードは「赤い根源が自らと同じものを力の規模を抑えた上で再現した生成物」という情報を踏まえれば「消滅しない」という結論に至るだろう。
赤い根源そのものをこの場に顕現させるには今回少女が支払ったコストでは足りず、これでは赤い剣の生成が二十分維持される程度。
顕現した赤い根源が破壊されると少女を不死身にしている力が失われるのは事実だろう……その後ならば少女はヒトとしての死を迎える事が可能となる。
そんな少女が両手で構える血肉に飢えた紅いバスタードソードのコストが存分に貯まり、噴き出る血液は地面に辿り着く前に全て紅い剣が喰らった。
得られたコストは赤い根源からなるエネルギー状のものへと変換する事が可能でその形態は剣と同じ色合いという以外は定まっておらず、炎にも成れれば氷や雷にも成れる……強いて言えば血液のような状態がデフォルトかもしれない。
そんな力を纏った剣で少女が空中を袈裟斬りにした時だった。
剣が描いた軌道が巨大な紅い斬撃状のエネルギーを形成し、速射と言えるだけの速度を伴ってマインゴーレムへと向かって行く。
強度は現実に存在する物質と換算可能だが、もしも強度が現実に存在する物質や構造体のいずれにも該当しなくなる程の数値まで高まった時、何に置き換えればいいのだろうか。
結論として「置き換える必要は無い」。能力の生成物同士の衝突は数値と数値のぶつかり合いという側面が非常に色濃いが故に。
少なくとも剣から放たれた斬撃はその体躯全てがクリスタル化したマインゴーレムの表面を目に見えて削るくらいの強度には至っていた。
その後も少女は紅い斬撃を放ち続け、少女の周囲では生命体の概念を強要されたものが次々と発生しては血の霧と化して行き、同じ威力の斬撃が撃てるようになる度に少女は剣を揮った。
マインゴーレムは反撃を行ったが、少女は復活させる作用の源を手にしている為損傷の度合いが確定した瞬間に少女の血肉が喰らわれるように。少女は剣が振り易くなるよう少し移動するだけでいい状況とも。
この状態での復活は剣の方が行う為、赤い根源自体はコストを得られない。
マインゴーレムのクリスタルボディはこの条件でも容易くは削れなかった。少女がコストを貯めては斬撃を繰り出す事、十五分近く。
マインゴーレムの両足は共に砕け散り、残る上半身も右腕が辛うじて残っている程度になったが、生成する塊は規模も強度も衰える事は無かった。
平均値とは極論、一つの数値だけでも成立する為、最終的に全体の強度の分布が一様となるこのマインゴーレムにはデメリットの無い能力となる。
今や自らの残存体積よりも大きな塊を生成しては飛ばすようになったマインゴーレムに少女が更なる一撃を加えると……自らに撃破ポイントが入った事を確認し、
「わお」
とその数値の大きさに声を上げた。少女が攻撃する度にポイントの獲得は大きなものだったが、石、アイアン、クリスタル……三つの段階が一括されたポイントは横取り補正が無くとも正に「ボーナス」だった。
マインゴーレムの撃破モーションは従来のゴーレムと同じで、残る全体が崩壊して行き、それらの部分が粒から粉へと更に砕けて行く。そしてこのマインゴーレムはルビーとアメジストの中間の色合いの宝石のような質感。
きれいなものは、どんなに小さくなってもきれいだね!
制服少女にそんな感想を抱かせる程の宝石の砂の山を作った後、マインゴーレムの撃破モーションは終わり、フィールド内から消滅した。
五分切ったかぁ……倒せても一体だなぁ。
制服少女はこの状態が維持される残り五分の間に警備ロボットから寄生エネミーを引きずり出し更なるポイントを獲得するのは無理があると感じていた。しかも赤い剣に集まったコストは赤い剣が消滅すると共に消え去る、その場限りのもの。
それでもコストを貯め続けるべく剣の周囲から自称生命体を発生させては血肉として剣に喰らわせながら、歩き出す……そうしてナベリウス所属の少女はその場を後にして行った。
ProgressⅤ読了ありがとうございます。よければブックマーク、相応と思った評価ポイント、感想の検討、お願い致します。
RAVENの皆がこの場を去って、最後に今回のエピローグ的な戦闘があったので、例え統合四日目の途中であろうと、ここで区切るのが「形」、とした次第。
11話掛かりは長いので33話までをProgressⅤにするという案もありましたが、目立った「進展」はありましたので次からがProgressⅥというわけですが……結局15話掛かりになりましたね。
以下は38話の後書きをそのまま載せたもの……上記も38話から越して来る際、書き直したものです。
……そんな事を言っておきながら、後日33話までをProgressⅤとする私の姿が……と、この後書きを書いてる投稿始めた年の9月9日……まだ仕上げ作業開始前です。
ProgressⅥで何をやるかは決まってますが、どこまで進めた段階でProgressⅥとするかが現段階では全く予想出来無くて、範囲が定まらないとProgressのサブタイトルも定まらない。
ご覧頂いたのが34話仕上げ作業開始時期に描いた後書きです。
~42話後書きはここからとなります~
・珊咲萌依
胸は結構大きく背丈は普通サイズの髪と瞳の色が共にスカイブルーのボブカット少女。
ボブカットは切り方なので髪の長さが定まりませんが、今回は首から下前後の長さ辺りかと。
ディスタンスが高位なだけあって、従来の能力の在り方から外れている為、本編で永名と説明しましたが、「不十分ながら概要の説明にはなった」と書いた通り、これでもブラックボックスです……白い箱は本当にハードルが。
前回名前が明らかになりましたが今回はフルネームでは無く一環して「少女」と記述……最後の方で無所属では無く、『ナベリウス』のメンバーという情報が出ました。
・ブラックボックスとホワイトボックス
消費者はリンゴを食べる際、「このリンゴは美味しくて、こういう栄養素が得られる」という認識をしているだけでリンゴが食べられますが、この「詳しい事は解らないけど、そういう結果になる」という方式で開発されたシステムやゲームに触れるのがブラックボックスです。
ホワイトボックスとは、そのゲームやシステムの中身とその内容を完全に理解しているという意味合いになります。
だから前述のリンゴをホワイトボックスで説明するとなると、リンゴという構造に関わる全ての要素、分子構造やら各成分の化学反応やら全てを理解していないとホワイトボックスに至れない事に。
・赤い根源をブラックボックスで
使用者が致死を含めた負傷をした場合、「何故だか知らないけど」回復し、死亡していたら蘇生する。
少なくとも本編はこのブラックボックス部分の説明に努めた感じです。
因果律を喰われた事による使用者と周囲への影響やそれに対する調整面も触れる余地はあるものの、そちらは黒い箱に仕舞った次第です。




