第41話 鉱山が移ろえば(後編)
「先制攻撃」
統合四日目にマインゴーレムとでも呼びたくなるようなエネミーと遭遇したレイヴンのメンバー達。
その金属的なカッパーカラーの髪型のもみあげ部分だけを縦ロール気味にして後ろ髪を長く伸ばしたレイヴンのA――アルテリアペンタスが機械的な口調で一番槍を宣言し、三つの蛇原剣のサイズを一回り強化。
アルテリアペンタスが生成する武器は自分にしか視えず、乱戦状態で振り回せば他のメンバーも巻き込まれる為、アルテリアペンタスが攻撃する際は他のメンバーは後衛に回る。
この場にはレイヴンの主力メンバーは揃っているが、遠距離攻撃が出来ると言えるのはヴェナサルヴィアとニゲラフロッブ……それも気軽には繰り出せない条件の為、全員が近接型と捉えるのは妥当かもしれない。
四名全員が近接攻撃を得意とする為、何名かで組めば連続攻撃を浴びせ続けてエネミーを素早く倒す事が可能……回転率が伴えば幾らエネミーを倒してもその周辺にまた複数は出現する遺跡マップで撃破ポイントを稼ぎ続ける際に有利だろう。
しかしそれは「使用する近接武器の強度がエネミーの強度を上回る」事が前提となり現在のマインゴーレムの金属部分はアイアンと同じ強度で八の比重が付与……その条件相手に自らの能力による生成武器の強度で攻撃する事になる。
ここで言う強度とは衝突などの物理的な干渉を受けた際、現実にある「硬度」と同じような性質をその数値に応じて換算した結果で返すもの。
だがエネミーを構成する体がここまでカスタマイズされている場合、ダメージを与える際の処理は能力の生成物を相手にした時と同じになる為、今回は強度と強度のぶつかり合いと言えよう。
攻撃を加えれば対象の強度は必ず減少する条件だが、生成武器の方も相手を攻撃する度に「摩耗」とでも呼べるかのように強度が減少して行き、相手の強度が上回る分だけその摩耗の度合いも激しいものに。
能力の生成物における強度とは「その生成状態を維持し続ける為の値」であり、強度が零になればその生成物は消滅するが、能力の中に自らの生成武器の強度を上げる条件があるならば強度を増加させる形で修繕を行う事は可能。
さて、アルテリアペンタスの蛇腹剣と現在のマインゴーレムとの強度勝負結果はどうかと言えば……そこまで激しい摩耗では無いが、大ダメージという評価は厳しそうに思えた。
「クリスタルと思える部分が、徐々に」
相変わらず大人びた声色のレイヴンのN――ニゲラフロッブだが、蛇腹剣が視えない事によりマインゴーレムの変化を直ぐに察知。
四名の胸の膨らみようを一文字の名称で呼んだ上で大きい順で並べるならばN、E、Aだが大差は無く、一回り下のVのボリュームも充分に際立ち、背丈を低い順から並べればN、E、V、Aとなる。
深紅のローブを纏った方の女性に関しては……触れずに、先の発言にレイヴンのV――ヴェナサルヴィアが続けた。
「まずは全身をクリスタルにするところからかー」
「攻撃を一旦終了。援護に回ります」
アルテリアペンタスの蛇腹剣に巻き込まれ無い状況となった為、
「今の内に、私が」
ニゲラフロッブが八つある鉄球の六面体の位置関係が崩れぬよう各鉄球を一個ずつマインゴーレムに放っては元の位置に戻す攻撃数セットを立て続けに浴びせる。
ライムカラーのラインにだけ注目すれば、頂点が伸びるように六面体が変形してその角を当てるような動きだった事が見て取れる。
ニゲラフロッブはモード毎に要求される立体図形を維持し続ける事でコストが得られ、コストを消費する事で鉄球の強度を上限まで回復させる事が可能な為、鉄球の摩耗は大きな問題では無い。
ニゲラフロッブの現在の鉄球の強度上限はソリッドのアイアンと同等の為、大きなダメージは与えられなかった様子。
「んー、近付きたくないから投げるか」
ヴェナサルヴィアがそのメロンカラーの青緑の長い髪を揺らしながらオレンジ色の槍を構え、投げ付けて命中するや槍はヴェナサルヴィアの手元に戻る……この時オレンジ色の槍の強度は初期値に戻る。
ヴェナサルヴィアは槍の強度が低下しても槍を手放すだけで補充される為、前述の強度問題が存在せず、このように気の済むまで連投し続ける事が可能。
「更新した。私も少し攻撃するよ」
ホワイトベージュのポニーテールをなびかせ、レイヴンのE――エキナセアパウンドが両手の黒い乾坤圏をマインゴーレムの足部分に振るう。
黒い乾坤圏はコストを消費せずとも、一撃を与える直前の度に強度と重量をある程度強化する事が可能で、攻撃の際に同じ強度でも重量が多い方が威力が向上するのは実際と同じ。
しかし連続して斬撃を行う都合を踏まえエキナセアパウンドは強度のみを強化しそれを毎回忘れずに両手交互の斬撃をマインゴーレムの足に与え続ける。
やや暫くするとゴーレムは攻撃されている左足を持ち上げ、エキナセアパウンドを踏み潰そうとするが……上げ切った頃にはエキナセアパウンドはニゲラフロッブの傍まで後退済み。
山羊頭蓋骨の女性含めた全員が集まると「更新」と耳打ちしていた。
エキナセアパウンドの復元ポイントがこの状態に再設定されたので、他の三名が無茶な攻撃を仕掛けて深手を負っても、この状態に復帰するという捨て身の戦法が何度でも使えるが……この復元能力の使用は控えるよう言われている。
――他の参加者に復活の現場を見られるのは致命的。
レイヴンのRにしてリーダー……ローズハートによるそんな趣旨の言葉に加え、他のメンバーからは「長時間の戦闘体験を失うのは大きなデメリット」とも。
今日だけ見てもヴェナサルヴィアはオーバーゼウスのリーダーとの接近戦及び、能力と対峙した際に関する全ての記憶が失われている……実戦経験による研鑽機会喪失はどのメンバーも可能な限り避けたい事態だった。
そんな四名が距離を取ったからか、マインゴーレムは現在のボディに分布するアイアンとクリスタルの部分の平均となる数値の強度の大きな塊を三つ生成……比重も八より大きくなっていた。
「迎撃を試行」
アルテリアペンタスが退避させていた三振りの蛇腹剣を振り回し、発射し立ての鉄以上の塊三つを食い止められるか試す……結果は射撃速度の多少の減速は見られる形で押し負け、五名が集まる場所に三つの鉄塊が迫って行った。
今もこの場に弥原細が残っていたとして、タンクバスターによる徹甲弾を塊の一つに命中させても迎撃判定となる程のダメージには至らなかっただろう。
今回の鉄塊は一つ見てもコンクリートの比重段階で一トンを越えそうなサイズだが……その体積と全体が持つ厚みがそのまま鉄以上の硬度と重さを有する事に。
そんな鉄塊が一同に迫る中、ニゲラフロッブは鉄球の配置を正六面体にし反作用バリアを展開。
鉄塊の一つがバリアに激突すると、見てから避けれる程度だった速度が更に幾らか減少していた為、鉄塊へのカウンターとも言えるダメージの発生も乏しく、持っていた速度を失うと鉄塊はその場で落下……他の二つも同様の結果となった。
マインゴーレムのこの攻撃は重量で押し潰す事を想定している為、ここで跳ね返される程の速度は持っていないと言ったところか。
エキナセアパウンドが再び「更新」と小声で呟いたが、このような攻撃を手堅く続けて行けばマインゴーレムに着々とダメージを与え続ける事は可能だろう。
アルテリアペンタスにはコスト補充問題があるが、攻撃の参加を中止して自身を透明化し続ける事で得られる為、ダメージ効率の低下を問題視しないのならば重大な懸念要素では無い。
四名による堅実な攻撃が続く内にアルテリアペンタスはコストを補充する事になり、「キャンプの様子の確認を宣言」と発言し、近場にいた者が「行ってらっしゃい」と返す。
この場面を目撃した者にアルテリアペンタスが移動系能力の持ち主だと誤認を図り、実際一連の戦闘を眺めている制服少女もそう捉えた。
「帰還。特に異状は無し」
「おかえりー」
そんな会話が生じた頃にはマインゴレームのクリスタル化は四割目前で、時間が更に経過して五割を越えると攻撃する箇所の大半がクリスタル部分となった。
RPGで言う防御力と呼べる作用も能力の生成物の強度にはあり、強度の数値に基づく為、「強度が高いほど防御力が増す」という認識で充分とまで言えよう。
クリスタル部分に与えたダメージをアイアン部分が肩代わりする場面が増えた為七割以降は目に見えて鈍化し、八割の段階で遂に根を上げたメンバーがいた。
「あー、もぉーっ! 何これ! 硬いよぉー……」
根を上げたのは問題となるクリスタル部分の宝石的質感と劣らぬ程のアメジストのような色合いの紫の左目にエメラルドのような青緑の右目を持ち、赤銅色の髪を伸ばした四人の中で一番長身の……レイヴンのA――アルテリアペンタスだった。
なに、今のかわいい声?
眺めていた制服少女も唖然とした感情と共にそんな言葉を浮かべ、アルテリアペンタスはピンクゴールドの山羊頭蓋骨を被った女性まで歩み寄り、
「ローズハートさまぁー……失礼致します」
次の瞬間、アルテリアペンタスはその女性を正面から抱き締めた。
アルテリアペンタスの表情も相まって、その光景は嫌な事があった女性が大きなぬいぐるみの感触に癒しを求めて抱き付いた時と同じものと思えそうなほど。
そんな抱擁時間も長く続かぬ内に、深紅のローブを着た女性は解放され、
「まだまだ戦えるから……頑張るよ」
アルテリアペンタスは少し前までに見せていた冷淡なまでの機械的な口調を取り戻さずに、気の緩んだような甘さのある声色を発した。
「エイがあーちゃんになった」
ヴェナサルヴィアがそう言ったが、こうなると見知らぬ人物と対峙するまで普段の口調には戻らない事をメンバーは周知しており、「あーちゃん」とはその際に呼ばれるようになったアルテリアペンタスの愛称。
戦闘におけるパフォーマンスが低下するわけでは無いので、その後もマインゴーレムへの地道な戦闘は続き……遂には全身がクリスタルと化した。だが――
「アイアン部分。殲滅と判断」
アルテリアペンタスが落ち着きのようなものを取り戻し、機械的な口調に戻るくらいの時間は要する事となった。
四名は指示され無くても攻撃を一か所に集中させるようになり、その箇所は人間で言う腹筋部分。
「ヒビ、入りましたね」
報告したニゲラフロッブの元に一同は集まり攻撃の手を止める。
度重なる攻撃回数により辿り着いたヒビは、その後マインゴーレムが放って来たクリスタルの塊を反作用バリアで防いだ後も変化は無く……この段階になれば再生能力が付与されるという一同の懸念は無くなった。
「さて、と」
「こうなったら」
ヴェナサルヴィアとエキナセアパウンドが呟く中、ニゲラフロッブは山羊頭蓋骨の女性に目をやり、四日前のローズハートの言葉を思い出す。
――ランキング入りはしない事を前提に行動する事。何よりも情報収集を優先。
そしてニゲラフロッブは言った。
「撤退、ですね」
そうと決まれば、マインゴーレムの方を向く者と背を向ける者に分かれて走り去るような速度の撤退を開始。
これ以上マインゴーレムの強度と比重が強化される事は無い為、このまま攻撃を続けていればマインゴーレムの撃破は可能な状況だった。
しかし今回は「次にこのゴーレムと遭遇してもメンバー総出で全力で挑めば倒せる」という情報で充分と判断し、他の参加者に自分たちの能力を交えた戦闘を目撃されるリスクの回避を選択。
ま、今は伏せられてるランキングもどうせこの期間が終われば辿れるからね。
五名が撤退を果たし、マインゴーレムだけが孤立した景色を眺めながら制服少女はそう思っていた。
やがて水色の髪と瞳を持つ少女はマインゴーレムの前まで趣き、またも拳の下敷きとなった。トパーズとコランダムの中間の硬度に相当し金の比重同然の条件から成るその一撃に。
暫くが経つと、平らに広がる歪な模様を描く血肉は消え失せ、すぐ傍に月村学園の制服を着た少女が佇んでいた。
マインゴーレムにとっては最早見慣れた光景だが、どのような能力ならば斯様な事を実現するのだろうか?
前例から考えるならば、制服少女はシザーレディと同じ類の「人間のような能力の生成物」で、幾ら殺されても復活するのは本体では無いから。
シザーレディには「使用者の視界内に入った場合、消滅する」という制約があったが、制服少女が本体と視界と思考を共有する能力の生成物ならばコストを支払う事で復活を果たしているという推察も可能。
そんな制服少女は更なる思考を浮かべていた。
ま、あたしんとこのグループはランキング乗って格好とか付けたいから、ここらでポイント貢献狙っちゃおっか。
尤も、このボブカット少女にそんな能力は無く、ここへ来てやっと具体的な能力を見せ始める。
制服少女の目の前に赤いオーラのようなものが集まって行き、その流れのせいかスカイブルーの髪は激しい風を正面から受けたかのように揺れ動いていた……などという事は無く。
ただ紅い剣が目の前に現れ、少女から見てバスタードソードと位置付けられそうなその形状は、生命の血の色を凝縮した上で宝石化したような悍ましいまでに深みのある赤とドス黒さを湛え、結晶のような質感と光沢を禍々しいまでに放つ。
そんな剣の柄をスカイブルーの瞳を持つ少女――珊咲萌依は両手で握り、
「そんじゃ、いっちょ」
軽く素振りをするかのように少しだけ振り回した末に呟く。
「やっちゃうかー」
その言葉と共にマインゴーレム目掛け、自身が有する高位の能力を本格的に揮い始めた。
・野坂雪乃
ミドルヘア長さのオレンジ色の髪にビリジアンの瞳を持ち、頭には白いカチューシャ……登録名は『シザーレディ』。
背は低くも高くも無く、胸に関しては最期傍にいた雨縞瑛美が結構な膨らみがあると述べた上でそこから更なるボリュームが。
能力の生成物は第2話から描写があり、野坂雪乃自身は第5話が初登場。
ハサミを持った少女自体を生成武器として考えれば、あとは能力全体の項目数の少なさから複雑性も低い事に……よってディスタンスは一般となります。
・シザーレディ
赤いハサミを使った際の対象が赤いハサミの強度が下回っていれば対象全体を断つ事が可能な反面、上回っている場合は一切のダメージを与える事が出来ない……そんな能力を主力とする能力による生成物は人間の少女の形を為す。
外見は血を吸い込んだように赤味を帯びた長く伸びたベージュの髪を振り乱し、瞳も似たような色。
着ている白いワンピースは常に血で染まり、肌の至る所で血糊が目立つ。
持ち手が両手でやっと持てるサイズの大きなハサミは真っ赤な金属で、ハサミを分離した時は前述の強度判定に基く能力作用が働かず、強度を持つだけの双剣と同じになり、ハサミ状態に戻せば強度が消耗していても初期の強度まで戻る。
……添える程度の後書きになったの久しぶりな気がします。




