第37話 空潰えて、出づるもの(前編)
「あの警備ロボット……どうする?」
「通り道を狙って地雷を仕込めば倒す事は出来るけど……」
「中身が……倒せる相手かどうか」
統合四日目のフィールド内。
登録名がそれぞれ、ハルピュイア、タンクバスター、エレクトボムの少女たちは建物の壁一枚隔てた場所で歩行する撃破目前で無力化された多脚型警備ロボットを窓枠だけになったも同然の窓ガラスから眺めていた。
褐色肌の少女弥原細の能力タンクバスターは装甲車や戦車を相手取る際に有効と思える能力体系……だからこそこのマップでは闇雲に警備ロボットを倒して強力な寄生エネミーを引き当てるリスクを高めてしまう。
「んー、まだ様子見しと――」
雨縞瑛美がそこまで言うや、この時点では生存していたオーバーゼウスのガンランス使いのチャージ攻撃が三人が攻撃を見送った多脚型ロボットよりも一際大きい警備ロボットから出て来た赤紫エネミー目掛け放たれた。
目当ての寄生エネミーを一撃で葬ったブラスターとも形容したくなるビームの束は威力は大幅に衰えたものの直線上にいた小型の多脚型ロボットの止めを刺すには充分だった。
三人組にとっては突然のビーム攻撃で警備ロボットが撃破された為、雨縞瑛美は滲み出て来る肉塊の色を注視し、その様子を受け他の二名も視線を注ぐ。
「えーと……色は」
「あ、あれ?」
「何か、出てる……よね?」
透明で青く反射する夥しい数の肉塊の群れがこのマップの最上位エネミーを意味している事を知る者がこの場に居なかった結果、一同の反応は困惑に染まった。
やがて今日のマップで三体出現した内の一体となる巨大青エネミーが出現すると真っ先に大きな瓦礫でガンランス使いを狙い、そのまま死に至らしめる。
「とりあえず何かヤバイのが出現したのは分かった」
「このまま隠れてた方がいいのかなー」
「この建物の屋上に行ってチラ見する?」
「んー……」
最初に発言した雨縞瑛美がまた最後の方で唸り、沈黙が続く中、思考を重ねた後真っ先に口を開いたのも雨縞瑛美だった。
「建物から建物へ移動しながら様子見するのがいいかなー」
「あー、じゃ私、索敵ボム投げます」
「エコロジーコミュニケーションだっけ? 便利だなぁ」
「そうと決まれば、れっつごー!」
四つの発言は一人ずつ行われた。最後に発言した者が余りにも最初から共に行動していたかのような明るい素振りだった為、雨縞瑛美が突然の四人目の存在に言及したのはその場を歩き始めてから、ある程度経った後。
雨縞瑛美は見知らぬ少女の方を向き、いつ口を動かして何者だと尋ねるか悩み始めていた。
少女の髪と瞳は共に彩度がやや増したスカイブルーで髪型はボブカットの中でも典型的な長さ。小柄で華奢な体格を包むのは月村学園の制服。
一連の外観は少し前にガンランスによるブラスターで膝下部分以外が消し飛んだ少女と酷似……どころか完全一致だが、その情報をこの三人組が知る筈も無い。
故に突然の制服少女が怪我は疎か戦闘による衣服や肌の汚れさえ無い事に疑問を抱く事は一人として出来なかった……そもそも見知らぬ少女が紛れ込んでいる時点で三人には緊急事態。
そんな場面を他所に他の巨大青エネミーのいる地点へ時間と場所を移すが……そこにはルプサのリーダー、クララとオーバーゼウスのメンバー函辺成寿奈がいる為或いは「場面を戻す」という言葉が成立するかもしれない。
あれからクララは函辺成寿奈との連携攻撃を巨大青エネミーに当てては建物に隠れて縦長八面体状態によるコストのこまめな増加を図った上で攻撃を再開。
巨大青エネミーに再生能力は無いが、その胴体部分だけで大型のゾウと匹敵する程の巨体相応の体力を有する為、このやり方では倒すのに時間が掛かる。
それでも攻撃を当て続けた結果、そろそろ撃破出来そうな気配はあるかに思える状況下で……函辺成寿奈が言った。
「大技、撃てます」
「じゃあー……やってみましょう」
クララは自分のベクトル付与が微調整に向かず、下手に付与すれば今まで消費した以上のコストになるという会話も既に済ませている。
既に足場となる手頃な瓦礫は見繕っており、そこに函辺成寿奈が乗ると、その棒に今まで円月輪を投げる事で貯めて来たコストを全て注ぎ込み……棒全体が琥珀色のオーラを纏い、迸り始めた。
「行くよ」
クララがそう発すと共に足場となるコンクリート片にベクトルを上下に付与するが……この二つにより力が釣り合う為、コンクリート片は静止したまま。
ベクトル自体は共に大きく、付与したベクトルの縮小操作ならばコストが発生しない。函辺成寿奈が乗る足場はそこから下に引っ張る力である下側の付与ベクトルが徐々に縮小されて行く事で緩やかな浮上と加速を実現した。
微調整が出来ないのならば最初に最適な力加減……ベクトルの値を一発で当てる事を要求されるが、こうして函辺成寿奈が並の高層ビル屋上からでは届きそうに無い高さで浮遊する巨大青エネミーと同じ高度まで浮上出来た事を踏まえれば、クララは必要なベクトル値を見事なまでに見積もれたと言えよう。
付与したベクトルはクララの視界内に現れるが、表示される矢印は定めた数値の大きさよりも複数付与された場合の比率関係を表す事を重視している。
クララが付与したベクトルの数値操作はGUIで例えるなら、視界内に表示される矢印を注視すると該当するベクトルの数値がハイライトされる……何処まで実態に沿うかは然ておき、そんなイメージを与える辺りが無難か。
実際はどの数値がどのベクトルに対応しているかが目を閉じていても判る為、遥か上空にある付与ベクトルの操作も問題は無く、函辺成寿奈が目標の高度まで到達した事を確認したクララは下側のベクトルの数値を変更。
この場合、下側にあるベクトルを大きな数値に更新した為、付与ベクトルを新たに作成した時と数値に応じたコストの両方の消費が発生する。
再び上下のベクトルにより力が釣り合い、足場が空中に固定された状態となった為、函辺成寿奈は琥珀色のオーラを纏う棒を足場へと静かに突き立てる事で蓄積されたエネルギーを解放。
棒を軸に水色の細いラインの円が一瞬にして波紋のように空中に広がると、遅れて琥珀色のエネルギーによる巨大なリングが生成された。
リング即ちドーナツ形状は回転軸から離れた場所にある円を回転させる事で作図可能だが、この琥珀色のリングは元となる円の直径が概ね五メートル。
あとは回転軸から何処まで距離があるかという話だが、その距離だけが増加しているかのように琥珀色のリングは次第に広がって行き、体積の増加した分、威力が減衰しそうだが……琥珀色のリングの性質を更に詳らかに述べよう。
このリングが帯びているのはエネルギーと言うよりも「触れたものに規定量のダメージを与える性質」であり、リング全体の直径が支払ったコストの限界分に到達するまで消費コストに応じた威力を保持する。
確かに相手がリングに触れた体積が多い程ダメージは増加するが、今回のように前方の敵を攻撃する為だけに使えば、巨大青エネミーのサイズを以てしてもリングが当たるのはまだまだ一部分と言えよう。
今回は棒を垂直状態にして発動した結果、横に広がったが、棒を水平にして発動すれば縦に広がっていた……その場合、地面への影響はどうなるか。
地面を破壊出来るだけの威力ならば、地面が琥珀色リングの拡大と共に破壊が進んで行くが、先に広がった水色の波紋により「破壊すべきで無い対象の走査」が行われる。
これにより、使用者が破壊を望んでいなければ地面に触れたリングはダメージを与える効果を発動せずにただ広がって行く……「使用者が破壊対象に指定しなければ琥珀色リングは地面を攻撃する事が出来ない」とも言える。
そんな函辺成寿奈の能力『リングリリーサー』の全コスト放出技を喰らった巨大青エネミーは残る耐久値に届き兼ねない程のダメージを受けはしたが……あと一歩のところで耐久値が残り、反撃用の瓦礫を続々と浮上させ始めた。
それを見たクララは空かさず能力の生成物によるアサルトライフルで銃撃開始。
この弾丸に限り、能力の生成物でもベクトル付与の対象となる為、素の性能では射程距離外でもベクトル付与による加速で存分に届く。
アサルトライフルが能力の生成物では無く既製品ならば弾丸だけでなく本体もベクトル付与の対象となるが、「銃弾発射前にベクトル付与の内容を選べる」という能力のサポート無しでは弾丸を視認してベクトル付与を行う事に。
クララのベクトル付与は対象を認識して意識を注ぐ必要がある為、対象の視認は事実上の条件となるが……能力の生成物によるアサルトライフルの弾丸ならば慣れた操作の為、函辺成寿奈の足場の方のベクトルも操作する余裕さえあった。
浮き上げたコンクリート片はその形状を保っている為、あとは上下に引き合う事で足場を空中に留まらせていたベクトルの上側を縮小して行くだけで下に引く力が次第に優勢となり緩やかな下降を実現出来る。
その間もアサルトライフルによるベクトル付与加速弾の連射を続け……やがてクララは自分に巨大青エネミーの横取りボーナスが発生した事を確認。
青く反射する事を除けば透明だった巨大青エネミーのボディは見る見る内にその透明度を失って行き、最終的には青の暗清色となり、まるで重油に青い絵の具でも混ぜたような質感に。
そんな重油状態の流動性さえ失われると巨大青エネミー全体にヒビが入り始め、比率的な意味合いで細かく砕け散り、絶対値的には大きな破片の群れがその場に溶け込むかのように次々と消えて行った。
砕ける際の音は陶器でも割れたかのような大きなものだったが……褐色の肌を有する函辺成寿奈は足場が下降する事で緩やかに遠ざかって行くそんな光景を、そのアクアマリンの瞳で眺める事となった。
時刻と場所を他に巨大青エネミーが出現した場所に移すならば……ニゲラフロッブが芹沢鈴子を連れてアルテリアペンタスと合流し、以降は巨大青エネミーの元に他の遠距離攻撃を持った参加者が集まって来て、一斉砲撃を始める事となった。
その中には琥珀色の瞳を持ちペリドットに近い色相による灰色寄りの髪……そんな容姿をキャップ帽とジャケットとス二-カーでお洒落にコーディネート。
統合初日にリネームチケットで登録名を『サン・ブラッド』にする事でサニーと名乗り始めた少女が、三の平方根に一を足した程度の秒数間隔で自らの音声を放つお手製の機械によりファイアボールを撃ち続ける姿があった。
ほぼ全員が念動力による瓦礫を警戒している上に固定砲台条件では無い、遠距離射撃能力を持つ者達が集まった為、ここでの巨大青エネミーは半ば一方的に撃破されていた。
ニゲラフロッブ達はそんな現場から離れ、警備ロボット狩りによる寄生エネミーはアルテリアペンタスが直ぐさま倒すといった様子。
よって三体目の巨大青エネミーが出現した場面に注目するのが適切か……先の三人組改め四人組は戦線からの離脱に成功してから別の三人組がこの巨大青エネミーと応戦する事となっていた。
登録名を先日彼女らが結成した『ミーティア・ブラスト』のボーカル、ギター、ドラムの順で言えばリペアガンナー、アイスデトネーター、アンデスだが……統合初日、先程見かけたサニーはこんな発言をしていた。
――ボクのいたガーデンのグループの中でも特にヤバイグループ名はナベリウス。有色の炎使いには気を付けて。
ちょっと駆け足が過ぎますが、倒しているのは同じエネミーで、急いで締め括った後半では無く、今回は前編。次回への勢いを狙うならアリかなと思いつつも迷いが拭え無いのでこうして後書きに……。
尚、この後書きにより、その優先させたテンポが台無しになっている模様。
・折角なのでこれも
念動力なら机の上にある本を動かして、開いている棚の縦に入る隙間に綺麗に納めるは操作の基本と思えますが、クララの能力でこれをやろうとすると大変です。
まず、最初に付与するベクトルの加減を間違えると本は天井に叩き付けられ本にも天井にもダメージが予想されます。
念動力なら本が開かないように抑えながら移動させる事が出来ますが、ベクトル一本追加する毎にコストを消費するクララでは本が開かないように動かすベクトルの操作方法が……んー。
合ってるかどうか分かりませんが他の物にもベクトル付与してで挟み込む事をしない条件だったら、付与したベクトルを回転させる事で本を縦にしてから左右に振るように動くようベクトルを付与して、本が閉じた状態になっていてかつその直線状に棚の隙間がある位置で、その方向にベクトルを付与して調節用に反対側も……本が綺麗に縦になって閉じている状態なら、ゆっくり移動させる事も出来ますが。
本当にクララの能力はこの手の精密操作が苦手ですが、だからこそ全力をぶつけていい攻撃対象には遠慮が要らず、広い空間が利用可能な場面での大規模な操作などで存分に力を発揮出来るとも言えます。




