第36話 灰色瓦礫は死神か(後編)
統合四日目の廃墟と化した都市部マップにて。
アルテリアペンタスがドーベルマン型警備ロボットを斬り刻む少し前、その周辺にはオーバーゼウス所属の女性がいた。
女性は上空で何かが形成されて行く気配を感じ取りながら視線を注ぎ、巨大青エネミーが出現する頃にはアルテリアペンタスと山羊頭蓋骨女性は距離を取り始めていた為か巨大青エネミーは最初にオーバーゼウスの女性を狙う。
女性の近くの建物の屋上には大きなコンクリート片があり、それを持ち上げ女性に狙いを定めた位置に移動させ……初速を与えて落下させた結果、丁度女性の死角となった為、女性は瓦礫の接近に気付く事無く下敷きに。
結構な高さで落下して来た一際大きな瓦礫だった為、本日四人目となるオーバーゼウス所属の死亡者の潰れ姿は人の形状部分に乏しかった。
大きな瓦礫は山羊頭蓋骨の女性にも迫っており、アルテリアペンタスとは手を伸ばしても到底届かない距離。
そこでアルテリアペンタスは蛇腹剣の一振りにコストを消費し、剣の体積を縦長に増加……咄嗟に剣の腹の部分で叩くように動かした結果、山羊頭蓋骨女性の頭部右側に打撃を与える事となった。
女性の体が左へ傾き山羊頭蓋骨右側に幾らかのヒビが入る中、アルテリアペンタスが残る蛇腹剣の更に横方向に動くよう操作すると勢いよく左に飛んで行った。
迫っていた瓦礫は今や何も無い地面と激突したが……このピンクゴールドの山羊頭蓋骨は強度よりも軽量さを重視しており、深紅のローブもただの布製である。
結構な距離を飛んだ山羊頭蓋骨の女性は先程出来たばかりの血溜まりの上で止まる。広がる赤い血の中にはヒトの髪が瓦礫から多少はみ出してはいるが、血の色でよく染まっている為、元の髪色がよく判らない。
山羊頭蓋骨の女性は内外共に損傷は無い為、やがて起き上がるが……巨大青エネミーは他の場所にも出現していてオーバーゼウス所属の女性までいる為、そちらの出来事の方に場面を移す。
ルプサのリーダーと遭遇した函辺成寿奈がアサルトライフルを持った金縁眼鏡の女性に話し掛けようとしていた。
「あ、あの……えーっと」
「あーら、こんにちわ……キミはどんな能力が使えるのかしら?」
そう問われた函辺成寿奈は右手を掲げ、自らの能力による武器を生成。
デザイン性がある事を除けば一見すると単に長いだけの棒……それを揺らすように掻き混ぜて行き、
「こうやって、生成した棒を振り回してると……」
次の瞬間、函辺成寿奈の棒の周囲に外側が刃となった平たくてリング状の金属らしきものが発生……更に棒を振り回しているとまた同じリングが現れ、函辺成寿奈は続けた。
「武器が生成されるので、それを飛ばします」
最低コスト同然で生成されたリングはフリスビー程度の直径で、それら二つが棒の上を抜けて巨大青エネミーの方向に放たれると……突然、加速した。
「え……?」
函辺成寿奈が呆然としていると、円月輪の特徴を満たした二つの投擲武器が巨大青エネミーに命中するのも待たずに、金縁眼鏡の女性――クララが訊く。
「アタシの能力が入ったけど……この武器は一度棒から放れると操作出来ない感じかしら?」
この状態のクララのベクトル付与の条件は「その対象に意思などが帯びていない事」……特に念動力は対象に力を充満させて動かしていると言える為、今回の瓦礫は本来なら対象外となる。
しかし、巨大青エネミーの念動力は「自らの能力で動かしている対象に外部から能力作用が加わろうとした時、その能力側から見て有利な結果となる」というデメリットを背負う事で強化を成す。
巨大青エネミーの念動力は「一度に自身の最大体積に既定の比重を掛け合わせた重量になるまでの数のものを念動力の対象に出来る」だが、上述の犠牲で強化されるのは既定の比重。
もしもコンクリートから鉄に引き上げられた場合は凡そ三・四倍……コンクリートから金ならば約八・四倍の重量制限の引き上げとなる。
「あ、いえ……出来ます」
そう返した函辺成寿奈が手にする棒などの能力の生成物もベクトル付与の対象外だが、今回の円月輪はその棒から生成され、函辺成寿奈が方向を指定するや制御を手放したもの……使用者以外でもこの円月輪を掴めば投げ返せる状態。
直接的な能力の生成物ではない副次的な能力の生成物かつ投擲や射撃の状態にあるものならば、クララのベクトル付与を一度だけ受け付けるケースがある。
函辺成寿奈が円月輪に操作意志を注いでいる状態ならばベクトル付与の対象外となり、円月輪にベクトルを付与されてからも操作意志を注げば制御を奪えるが……そもそも函辺成寿奈は円月輪に意志を注ぎ続ける事で軌道を自在に操れる。
この条件下ではベクトル付与を試みた成否を問わず同じ対象に二度目のベクトル付与をする事は出来ないが……巨大青エネミーが念動力で動かすものは元からこのマップにあるコンクリートの瓦礫。
一度制御を奪えば周囲の瓦礫にベクトル付与した場合と同じ条件になる為、好きなだけベクトル付与が可能……そして巨大青エネミーの念動力ではクララから制御を奪い返す事が出来無い。
それは巨大青エネミーがコンクリートの瓦礫を念動力で操ろうとも、クララのベクトル付与によって解除されるという事を意味していた。
「じゃあ今回は飛ばす方向を指定したら、もう動かさないで。あとはアタシが速度を強化するから……でもこれをやるとアタシが飛ばした事になってキミにポイント入らないけど、いいかしら?」
「あー、でも届く距離じゃないので大丈夫です。時間掛ければもっと大きなチャクラム作れるので後衛に徹します」
そう発言した函辺成寿奈の能力は他に円月輪を投げた際に溜まって行く方のコストを全て放つビーム攻撃があるが……それを実際に見た、今は亡きオーバーゼウスのリーダーはこう発言していた。
「……お前は、普段は雑用頑張れ。あと戦闘時は通常攻撃に徹しろ」
そして今回、その内容をクララに口頭で説明するとクララはこう言った。
「じゃー……それでラストアタック狙ってみようか。射程はあるんだから」
そんなディスタンス一般の函辺成寿奈の円月輪が育つのを待って発射時にクララがベクトル付与で速度を強化し、念動力によって飛んで来る瓦礫は全て的確に返される……そして巨大青エネミーには再生能力が無い。
故にこの場は函辺成寿奈の大技が試されるまで目立った事は起きないと言えそうな程の安定感を形成……時刻はある程度ズレるがアルテリアペンタスが遭遇した方の巨大青エネミーの周囲を見てみよう。
そこでの巨大青エネミーの出現が完了し、念動力で瓦礫を投げ始めてから間も無い頃……オーバーゼウス所属の少女の視界には念動力によって迫り来る大きな瓦礫があった。
この日、ゲームに参加したオーバーゼウスのメンバーは六名で、既に死亡している四名で全体の戦力の八割以上が埋まる。
この少女は函辺成寿奈と比べて背は低く、胸の膨らみは大層なものかどうか検討の余地はあるが……両者を並べれば大差が無い事に気付くだろう。
そんな少女がいた場所に向けて放たれた巨大青エネミーによる瓦礫の影は少女の足元で順調に広がって行き……次の瞬間、ヒトの肉が潰れた音が交じっているかどうか判断に苦しむ大きな音と共に大きな瓦礫はその場に激突。
少女の様子を確認すれば先程とは離れた場所にいて、その青臭さを感じる程度に微かな色味を乗せた白い髪が毛先に向かうに連れて彩度を増して行き……毛先では青臭さの目立つ半端に鮮やかな黄緑色を見せる。
そんなグラデーションの髪を始めとした少女の体の部位は軒並み無事で……髪色の変化は等間隔では無く、毛先に行くに連れ彩度の増加が急になる分布。
瞳の色はダークグリーンだが髪の二色と併せれば大根のカラーリングとなりそうなものの細身の脚の肉付き具合と描くラインは誰もが感心を注ぎ兼ね無いほど。
そんな美脚少女が新たにいる場所の近くには背の低い少女が他にいて……今はそちらの女性目掛けて放たれた瓦礫が迫っている最中で、美脚少女も巻き込まれるであろう位置関係。
程なく背の低い女性……髪は氷のような冷たさを感じる水色の髪が金属的な光沢を放ち、ストロベリーテイストの瞳を湛えた女性の周囲にあった鉄球らしきもの八つの位置関係が正六面体となった。
その直後、各鉄球から放たれていたライムカラーの光の量と輝きが増し、面の一つまで来た瓦礫の突進はそこで完全に阻まれ、衝突時の反作用が瓦礫全体に伝わって行く事で亀裂が入る。
瓦礫が帯びていた念動力も程なく消え、それを確認した背の低い女性――ニゲラフロッブが鉄球の正六面体状態をやや崩した途端に防壁作用は無くなり、そのまま倒れたコンクリートの瓦礫は先程入ったヒビもあって、地面との衝撃に耐え切れず大きな破片の群れと化した。
ニゲラフロッブの正六面体状態による防壁は一定の強度を有し物体と能力の生成物を対象に、激突時の反作用を強化する。
普通の壁にボールを当てれば最初と同じくらいの速さで返って来るが、ボールが壁と衝突した際の反作用が強化されていたとなると、その分だけ速度を増してボールは跳ね返って来る。
火球のような能力の生成物の場合は激突時に強化した反作用が火球全体にダメージとして伝わる為、火球が与える威力を上回り相殺される。
特にゲームに参加した場合は強化ボーナスにより反作用は五割増しとなるが防壁がダメージを受けると同時に反作用強化が行われる事に変わりは無い。
正六面体状態が維持されていれば防壁モードは続くので、回転させて他の面で受けるという芸当は可能ではあるが、ダメージを受けた分だけ強度が低下して行くのは他の能力の生成物と同じと言えよう。
「ほえー……」
そんなバリア能力を目の当たりにした美脚少女が呆然と声を発していると、
「移動先の安全性……考えなかったんですね」
突然聞こえて来た大人びた声色の主を探すべく頭の向きを次々と変える美脚少女だったが……周辺には中学生かさえ怪しい女の子がいるのみ。
「その能力で、私のすぐ後に回れますか?」
声の主を見てもやはり中学生年齢を下回り兼ね無い背丈の女の子しかいないので美脚少女はその質問に素直に答えるべく、ニゲラフロッブの周辺にある影を探し始め、能力の条件に合った影がニゲラフロッブから離れた場所にしか無い事を確認。
「あー……出来ません」
ニゲラフロッブは少し前に美脚少女が自分の近くにあった影の中から出現していた場面を捉えており、自分の背後にある影には移動出来ないと言われた為、更なる質問を投げ掛ける。
「移動出来る影は……視界内のみですか?」
「そうなんです」
自らの能力の細部を聞き出されている自覚も無いまま美脚少女は返す。
「攻撃手段は?」
そう問われた美脚少女は「えーと……」と呟いて近くにあった影に飛び込むと、その体が影の中に呑まれるかのように消えて行くと、すぐ近くにあった影の中から水面から顔を出すように現れ、
「こういう事が、出来る」
そのまま右手を突き出すと、その手には黒い武器が握られており、刀身部分が針のようになっている為、斬撃には使用出来ない刺突専用の剣……「エストック」が人の背丈を越える刀身を露わにしていた。
「……他に武器は?」
「大きな剣と小さな剣を両手持ち状態で……でも、これをやるには影に飛び込む前に武器を指定しないと行けないから苦手で、いつも忘れる」
一連の光景を眺めれば、オーバーゼウスの残存戦力がこの美脚少女と函辺成寿奈と合わせ二割弱という前言を一割足らずに修正する必要あるかもしれない。
美脚少女が何故こうも自らの能力を外部の者相手に実演までしたのか……それは単に「聞かれたから」という理由しか無く、今は質問に答える流れだと思っているからに過ぎない。
幾らか離れた場所の瓦礫の下で潰れた死体となったオーバーゼウスの女性が存命していれば途中で遮る事も出来たかもしれないが……今は合いの手代わりに念動力を帯びた大きな瓦礫が三つ、この場に迫るのみ。
その瓦礫が見えた時点で再びニゲラフロッブが鉄球を正六面体状態にした為、難なく防いだが……砕けた瓦礫が崩れる音が、この呆れ返るような光景に生じた間を飾るのに丁度よかったかもしれない。
「……一緒に来ますか?」
「あ、是非!」
美脚少女の能力が移動先の影の大きさに収まるならば小型の貨物コンテナも影を経由して移動させるなど、自分以外を対象にする事も可能で個数制限も無い。
大剣と双剣とエストックによる三種の黒い武器は強度が高いが、生成が完了した直後同然に強度が急速に低下して行く性質があり、この黒い武器は影から出る直前にしか生成する事が出来無い。
そんな情報をニゲラフロッブが美脚少女を自分の前に歩かせながら聞き出す中、アルテリアペンタスと合流する事となる少し前の美脚少女の発言。
「あとはー……あ、そうそう! 影をじーっと眺めていれば強化されている視力が更に上がって遠くも結構見えるの!」
オーバーゼウス所属にして一般の能力を持つ少女――芹沢鈴子は背後の影から出る事が出来ればニゲラフロッブの心臓をエスクトックで狙える事に気付かぬまま嬉しそうな表情を浮かべ、その歩みを進めた。
今回はボスクラスの同じエネミーが三体出現し、それぞれの場所で面子が違うのをいい事に、急な場面移動が更にあります……一つの段落の途中で変わるから本当に強引。
読んでる最中に戦ってる面子が変わったら場面移動したと認識して頂けると幸いです。
・円月輪について
えんげつりん、チャクラム……本作ではお好きな方でお読み下さい。
16話から登場した乾坤圏ですが、16話下書き中に「あ、乾坤圏と円月輪って違う武器」となったのですが、「じゃあ円月輪も出さないとなー」と思ってる内に浮かんだのが今回の能力です。
本当に当時は「円月輪は指で回して使う」事も知らずに危うく「両刃の円月輪」を出してしまう所でした……今回で本作は乾坤圏が近接武器、円月輪が投擲武器だとしっかり認識して扱っている事を示せた事に。
・反作用について
作用と反作用はセットみたいなもので、どちらか片方を作用と言えば、もう片方が反作用になるそうな。ボールが地面に乗ってる状況だと、ボールが地面を押している作用と地面がボールを支えている作用どちらが先か……決まってませんよね。
そこに力があると常に成立するのが作用と反作用ですが、今回登場した正六面体バリアによる反作用強化とは、バリアに力が加えられた事によりバリア側が発生させる方の作用を強化します。
なのでこの能力ではバリアに与えた威力を作用と位置付ける事になり、正六面体バリアが返す強化された作用が反作用と定まります。
……ところで。
・春を彩りし七つの植物、補足
芹~詠唱序列第一位。セリ科。
菘~詠唱序列第六位……蕪とも。アブラナ科。
蘿蔔~詠唱序列第七位……大根とも。アブラナ科。




