第35話 灰色瓦礫は死神か(中編)
接敵を確認。
統合四日目の壊滅状態の市街地マップの中を歩くピンクゴールドの山羊の頭蓋骨の被り物が目立つ女性……その護衛であるレイヴンのA――アルテリアペンタスが警備ロボット二体の接近を捕捉していた。
片方は細身の人型で他方は同じく人型だが、腕と脚がトラックのコンテナでも見ているかのようなサイズを誇り、胴体と顔が一体化した重武装。
警備ロボットの中でも上位だが、既に寄生エネミーが出ない程度に他の参加者によって多大なダメージを負い、使用出来る弾薬も残り僅か。
まずは細身の方を攻撃。
アルテリアペンタスの能力による生成物は三種類の武器を生成する三つの球体。
三つの球体それぞれを異なる武器に出来るが、アルテリアペンタスは好んで三つとも同じ武器を選択するのが常。
構造の実現性を疑う武器の中に蛇腹剣があるが、「鞭のようにしなる際に細かく分離し元の形状に戻る」といった作用が働くならば話は変わるだろう。
そんな両刃の蛇腹剣が一種類目の武器だが、コストを支払えば全体の体積を増加させる事が可能で次にサイズを変更するまで新しくコストを消費する事は無い。
自らの周囲で浮遊する球体を起点に生成され、手で持って振り回すのでは無く、蛇腹剣をどのように動かすかのイメージを注ぐ事で操作する。
その際にコストの消費は無く、そもそも三つの球体自体もイメージを注いで操作する代物……蛇腹剣が鞭のように動く様をイメージ出来るか否かで使い勝手が大きく変わる攻撃手段と言える。
アルテリアペンタスはこの能力に更なる球体の生成が無い事を残念に思うほど、三つの蛇腹剣を大した集中力も注がずに自由自在に動かす事を実現している。
遭遇した警備ロボットの片方をその刃を以て斬り刻み……現れた寄生エネミーが六本足の赤紫色ボディと厄介な部類だった為、もう片方の警備ロボットのトドメを刺す。
赤紫エネミーを三振りの蛇腹剣で斬撃を与えている間に大型の警備ロボットに潜んでいた寄生エネミーの体は黄緑色……二枚の翼を生やした黒い瞳が全体の大部分を占める。
赤紫エネミーより格下だが飛行能力を持つ為、群れを成して襲い掛かって来た時は厄介……タフでは無いので現在のように出現と同時に斬り刻むのが得策。
結果として赤紫エネミーと黄緑エネミーは、ほぼ同時に倒される事となった。
戦闘終了。再び隠密へ。
もしも他の参加者が二体の警備ロボットが現れてから一連の光景を眺めていれば武器を手にしていない二人組に遭遇したロボット二体からの寄生エネミーが独りでに斬り刻まれ、オッドアイ女性が姿を消すのが視えた事だろう。
アルテリアペンタスは今も護衛対象の傍にいるが、この場には山羊頭蓋骨の女性が一人佇んでいるだけに視える状況。
要するに「自身の透明化」がアルテリアペンタスの能力で、自身を透明化している間に蓄積されるコストで前述の三つの球体を使用する……球体を出している間は自らを透明化する事が出来ないが、球体自体には常に透明化作用が働く。
球体が出現している間は稼いだコストが減って行き、球体が生成した武器を強化する際は更に消費する事となる。コストが無くなっても自身を透明化すればまたコストの獲得は可能で、こうして非戦闘時にこまめに補充しては蓄積を図れる。
アルテリアペンタスの能力によって透明化状態で視える対象は「視界を持つもの全般」……人間や生物だけでなくカメラなどの映像記録を行う機械にも透明化状態で映る。
自身を透明化する際の対象は「使用者の一部とみなせるもの」……具体例としてアルテリアペンタスの能力主であるオッドアイ少女が薄着で着ぐるみの中に入ったとすると説明が円滑になる。
アルテリアペンタスが着ぐるみの中に入り自身を透明化した場合、着ているもの全てが対象となるが全身を覆い尽くす着ぐるみは乗り物のような扱いとなり透明化の対象にはならない。
透明化状態で物に触れる事は可能なのでファスナーを開けて着ぐるみから出たアルテリアペンタスは落ちていた石を衣服のポケットに入れ、事前に近くに掛けていてたジャケットを手にし羽織る。
この場合のジャケットは透明化対象にならないので空中にジャケットだけが浮かんでいるように視えるが……先程ポケットの中に入れた石も拾ってからずっと空中に浮かんで視えていた。
一旦透明化を解除するとポケットの中に入った石は見えなくなり、再び透明化すると今度はジャケットも透明化の対象になったが、またもやポケット内の石が宙に浮かんで視えるようになった。
このようにアルテリアペンタスの透明化能力は武器を始めとする自分以外のものを透明化する事が出来ず、透明化状態で炭酸飲料でも飲んだ日には周囲に食道から胃に流れ込む炭酸の泡立ちを披露する事に……例え話は以上となる。
一連の仕様と同じ透明化能力は基底にあり「使用者が透明化したものは使用者には視える」という部分も一致……物理的には何も変化していない為、その場にいると判ってしまえば範囲攻撃などの餌食。
そして三つあるとは言え、変形しているだけとも取れる三種類の武器を生成可能な透明化球体……複雑性を主張するには心許ない。
以上の事からアルテリアペンタスのディスタンスは一般という結果になる。
残る二種類の武器は大きなトゲを飛ばしコストを支払えば発射時の本数を増やせもう一種類は基本的に柄を伸ばす防壁にもなる大槌。
アルテリアペンタスの強さは透明状態の三振りの蛇腹剣による近接性能を如何に引き出せるかが焦点となり、最早能力の話では無く個人の技量問題に。
犬型ロボットを確認。排除。
アルテリアペンタスが三振りの蛇腹剣状態で周囲を警戒しながら歩いていると、深紅のローブを纏った護衛対象にドーベルマン型の警備ロボットが襲い掛かって来たので斬り刻む。
潜んでいた寄生エネミーが現れるわけだが……これと同種のエネミーが比較的近い時刻に別な場所でも発生したので、その直後の光景を見てみよう。
オーバーゼウス所属の少女が多脚型の警備ロボットと遭遇し見るからに後一押しで倒せそうだったので攻撃を命中させる。
何が出るかなー……ヤバかったら逃げよ。
少女がそう思う中、警備ロボットの全体から夥しい数の何かが染み出ては上空へと立ち昇る。これは寄生エネミーが自らの肉体を形成する際に見られる光景だがこの寄生エネミーのボディは透明。
透明と言っても非常に光に反射し易い性質があり、その反射光は青の為、目を凝らし続けていれば全体の形状も掴め、所在確認だけならもっと短い時間で済む。
な、なに……?
大型のゾウと同じ体躯を誇った上で、背中から四枚の大きな翼を形成するだけの肉塊を吐き出すのは時間が掛かり、その量が空に上がる様は彼女のように圧倒される程のものなのだろう。
透明気味のエネミーの姿は何かの生き物の胎児のようで、平常時は俯せの向きで上空にいる。飛行能力を有する為、翼は余り動かさず飾りになりがち……動かしてもゆっくりの場合が目立つ。
そんな巨大青エネミーの出現が完了するまで空を見上げていた少女は上空に何かがいる事しか把握しておらず、周囲の大きなコンクリートの瓦礫が突然動き出した事にも気付いていなかった……それが自分に向かっている事も。
まもなく少女の褐色の肌が血の色に染まりそうな光景だが……この大きさの瓦礫が直撃した場合、人体の形が何処まで留まるか議論の余地があるかもしれない。
え……?
自らにコンクリートの瓦礫が迫る光景を褐色少女が呆然と眺めていた次の瞬間、瓦礫がその場から発射されたかの如く巨大青エネミーの方向へ飛んで行った。
「ふーん。じゃ、どの段階から能力の対象になるか試すか」
巨大青エネミーによる攻撃が弾速並みに弾き返されて命中するまでの間に、褐色少女はそんな女性の声を聞き……その姿を捉えるまで直ぐだった。
褐色少女が自らの、金髪では無くタンポポの花でも見ているかのような質感を持つ黄色い髪を揺らしながら振り返って、その大人しいアクアマリンの瞳に映る視界の中には自動小銃を手にした金縁眼鏡の女性がいた。
アメジストに青を加えたような色味を持つ黒に近い髪を腰以上に伸ばしたウェーブヘア……瞳の色はエメラルドと形容したくなるほど鮮やかな緑。後ろ髪には樹脂製で白い様々な飾りが散りばめられている。
再び巨大青エネミーが念動力の能力により大きな瓦礫を二人がいる場所目掛け飛ばして来るが、金縁眼鏡の女性――クララはベクトル付与の能力で先程と同じくらいの速度で返した。
そんな彼女がルプサのリーダーだとも知らずに、オーバーゼウス所属の赤味方向に褐色肌の少女――函辺成寿奈は突然の事態の数々に圧倒されるだけだった。
18話で初登場してから35話でやっと再登場……さて、後書きを始めます。
・今回の透明化能力について
例え話で伝えるべき挙動は何とか示しましたので補足程度に……。
この透明化能力は写真を撮っても動画撮影しても人間が視た場合と同じ内容で映ります。
今回明らかになった透明な蛇腹剣……ここでなら「ガリアンソード」という呼称が使えるかも。
前回エレクトボムの能力の一つに捉えられていましたが、そのエコーロケーションも基底にある能力です。
エコーロケーションで捉えられるのでサーモグラフィーなどの熱源反応を探られた場合もそこにいるのがバレます、
つまりこの透明状態は監視カメラには映らないけどサーモグラフィーモードに切り替えたら何かがいるって一目瞭然な事態に陥る……あくまでも「視た場合」にのみ作用する能力という事です。
……ところで。
・春を彩りし七つの植物
セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。




