第34話 灰色瓦礫は死神か(前編)
「そっかー。そういう手榴弾じゃ使い勝手が心許ないよね……一緒に行こっか」
「ありがとうございます」
雨縞瑛美がエレクトボムを登録名に持つ眼鏡を掛けた少女――史邑霙と行動を共にしながら統合四日目の廃墟となったビル街を歩き始め……暫くが経った目の前には中程度の強さの警備ロボット。
「倒す事は出来るけど」
「問題は中身。ですよね……」
警備ロボットに寄生したエネミーの強弱を判断する術が無いのが特徴となるこのマップ……雨縞瑛美の迷いに史邑霙はそう返しながら、自らの能力による手榴弾を生成するや空中に投げる。
またエコロケーションしてる……慎重な子だなぁ。
その爆弾によって反響定位が可能な事を聞いてから雨縞瑛美が何度も見た光景。
程なく史邑霙が得た情報を雨縞瑛美に伝えるや、雨縞瑛美と史邑霙は散開……耳打ちされた情報を述べれば、このようになる。
――近くの建物の三階に狙撃銃らしきものを構えた人影あり。
次の瞬間、雨縞瑛美の頭部があった場所の延長線上……多脚型警備ロボットのボディに無音で発射されていた銃弾が命中し、そこで初めて金属音を出す。
「に、逃げましょう!」
狼狽えながら叫ぶ史邑霙に対し、雨縞瑛美は冷静な声色で言う。
「いや、撃って来た方向に行く。物陰に隠れながら近付いた方が安全かも」
「で、でも警備ロボットいますし……」
「連れて行くよ。撃って来る弾を上手く利用する事も狙えるかもだし」
雨縞瑛美がそう返してから暫く経ち、史邑霙が反響定位用の手榴弾を投げるが、その結果を待つまでも無く、雨縞瑛美の目の前には女性の姿があった。
「へー、向かって来るんだ……やるじゃん」
雨縞瑛美の髪が黄緑色で瞳が紅茶色なのに対し、女性の髪は紅茶色で瞳は葡萄色だが……ツインドリルという髪型情報だけで特徴は充分かもしれない。
雨縞瑛美はその長い髪を揺らしながら身構え、ツインドリル女性が手にする武器に視線を注ぐ。
鳴り響く駆動音と循環する刀身はチェーンソーの証明として充分だが、持ち手の部分が両手で握れさえすればいいと言わんばかりに細身で、全体がメカニカルなデザインとはいえ刃と持ち手の比率は「アイスバー」と揶揄され兼ね無い。
工学的に有り得ないという見解はチェーンソーの駆動音が至近距離になるまで聞こえないという補足情報によって打ち砕かれるかもしれない。
「……何、その武器」
呆れ気味な雨縞瑛美の言葉に対し、ツインドリルの女性――ミュレイル・オードレットが「見ての通り」と返すや雨縞瑛美に襲い掛かり、突撃して来たミュレイルの攻撃を雨縞瑛美は低空飛行で回避。
循環する刃は後方にいた多脚型警備ロボットのボディを捉えたが駆動音が衰える事無く、量産規格程度の鉄製ボディを持つ警備ロボットの装甲は易々と刃が入って行く事で呆気なく両断され、断面は赤熱……再びミュレイルが発言した。
「チェーンソーだけど?」
ミュレイルの能力は最初の狙撃の命中結果によって生成武器が変化するが、先程の銃弾は雨縞瑛美に当たらずとも最初に狙った座標は見事射抜いていた為、今手にする武器はミュレイルの能力の中でも最強の近接武器。
「き、金属が真っ二つ……」
チェーンソーが鋼鉄製同然で下位の多脚型警備ロボットは安物の鉄製という事実を知っていれば史邑霙の反応も違ったかもしれないが……雨縞瑛美は大鎌を構えており、ミュレイルが雨縞瑛美の懐目掛け突進していた。
次の瞬間には雨縞瑛美の大鎌の刀身部分とミュレイルのチェーンソーの循環刃が激突するが……減衰が始まるまで最高速度が維持されるチェーンソーの刃を相手取るには雨縞瑛美の鎌の強度は少々心許なかった。
特に能力による生成武器は耐久値のようなものが適用されがちで、ダメージを受け続ければいずれヒビが入って破壊されるものばかり。
雨縞瑛美の大鎌も例外では無く、チェーンソーを受けてからヒビが入るまで直ぐだった。そんな雨縞瑛美を眺めつつ、史邑霙の視界には異なる危機が映っていた。
先程ミュレイルによって撃破された警備ロボットに寄生していたエネミーがそのクリーム色で蛭か蛞蝓のような姿を見せ、頭部と思われる広がった先端部分全体が開く口の中では鋭く毒々しい牙が夥しいまでに並ぶ。
「え、エネミーが!」
史邑霙が叫ぶ頃、雨縞瑛美の大鎌の刀身は砕け散り、武器としての機能を大幅に損なった為、飛行能力を失っていた。
そのままミュレイルが雨縞瑛美を追撃していれば深手以上の結果を与える見込みは充分にあったが……ミュレイルは出現したエネミーの方へ素早く向かい、手にしたチェーンソーで斬撃を加える。
この寄生エネミーは万全状態の雨縞瑛美でも一撃で葬れる程度の強さで、ミュレイルのチェーンソーならば減衰を始めていても容易く断てる相手。
史邑霙が恐怖を抱いている間に寄生エネミーの胴体は一番太い部分から横に両断され……やや濃い目のメロンシロップのような色合いの体液を噴き上げた。
そもそもここは得点にならない警備ロボットを倒し、得点を持つ寄生エネミーを倒すマップ……参加者を倒しても点数は得られ無い為、目の前に出現したエネミーの撃破を優先したミュレイルの行動は至って自然。
「さぁて……」
エネミー撃破による融解モーションを眺めながら先程ボディを切り開かれ、そのまま動かなくなっていた警備ロボットを足場にミュレイルは口を動かし始め、
「あんたと、このエネミーどっちが雑魚か――」
後は、なと発言するだけだった史邑霙へ向けた発言がそこで途切れた。
ミュレイルは自身の胸の辺りに覚えた違和感を探るべく視線を動かし始めたのだが……この場にいる三人の胸に関しては横並び状態ではあるが貧相の言葉とは全く無縁になる程度の膨らみは存分に有していた。
そんな話を続ける場合、先程ミュレイルの胴体に食い込んだ銃弾が大きく爆発する事でミュレイルの胴体が吹き飛び、両腕と頭部を繋げる部分が無くなってしまったこの光景には、そぐわぬ話題だと検討する余地があるかもしれない。
「え……?」
史邑霙が呆然と立ち尽くす中、大鎌を再生成したばかりの雨縞瑛美は鎌を回転させながら史邑霙の場所へと駆け寄っていた。
次に狙われるのはミュレイルの傍にいる史邑霙……コストが溜まっていれば鎌を高速回転状態で投げれば済んだが、今はそのコストが無い。間に合わない可能性を考えながらも雨縞瑛美は自らの腕力で懸命に鎌を回す。
次の銃弾は雨縞瑛美が必要コストを貯めるよりも早く放たれ……狙われていたのは雨縞瑛美の方だった為、ヒビの無い路面に銃弾が食い込み、程なく爆発と共に大きめの窪みがアスファルトの地面に形成された。
まるで、銃弾の形をした爆弾みたい。
手榴弾使いである史邑霙は一連の光景を見て、そんな感想を脳裏に過ぎらせた。
雨縞瑛美は三度目の狙撃を警戒したが、そもそも今回の狙撃手は雨縞瑛美が銃弾を防ぐ事を期待し、自分の身よりも傍にいた少女の方を守った展開も、それはそれで満足といった様子。
そんな事情を知る由も無い雨縞瑛美だが、史邑霙が反響定位弾で三度の確認を行う頃には、もうこの場に狙撃手がいない事実を受け止めていた。
「生き延びた……のかな」
「となると長居は無用だね」
雨縞瑛美がそう言って移動を始めるが……一瞬だけ、史邑霙が立ち止まったので雨縞瑛美が、
「どうかした?」
と訊くと史邑霙は「あ、いえ……」と返す。
「そっか」
特に気にも留めずに言った雨縞瑛美だったが……史邑霙がふと思い出したのは、今日ここで雨縞瑛美と会う前での出来事。
目の前にある建物の割れたガラスから反響定位弾を投げ入れる事で、史邑霙は中の様子を探ろうとしていた。
このマップは破壊跡の目立つ市街地で大抵の窓ガラスは割れており、壁に穴が開いている事も多い為、外を進むよりも近道となる場合が多い。
警備ロボットは建物の中にも入り込んだり出現したりする為、その辺りも確認したかったが……空中で爆発した反響定位弾から得られたのは、この壁の向こうには警備ロボットと参加者らしき人影がいるという情報。
反響定位効果は手榴弾が爆発した座標が起点になるが……その内容はどのように史邑霙に取得されのるか。
具体的に例える事を目指すならば記憶の中に「ここにはこれがある」というような情報群が構築される。始めて入る建物相手に反響定位弾を使えば建物内部の情報が記憶済みの状態になる……そんなところか。
得られる情報は反響定位弾が爆発した時点のものなので、動くものを捉える用途には不向きで、色や質感に関する情報は一切無い。
尤も、警備ロボットと相対する少女がカッパーカラーに煌めく長い髪を伸ばし、左右の瞳が宝石のような紫と緑のオッドアイ。その情報を史邑霙が得たところで、そこにいるのがレイヴンのA――アルテリアペンタスだとは判らないが。
これ、何だろう……?
女性らしき人影が比較的傍で警備ロボットと戦っている事は読み取れたが、史邑霙は少女が使用していると思われる武器の形状の奇妙さに困惑していた。
両刃の物体が空中に幾つも並んで湾曲するラインを描き、先頭に限りその両刃が三角形で閉じた鋭角形状。根元にある両刃だけ球体から生えているかのよう。
一連の形状を一セットとすれば、少女の周囲には同様のものが三セット浮かび、警備ロボットに攻撃を仕掛けている状況か。
少しだけ……。
動いている状態も見ない事には判断が付かないと思った史邑霙は窓ガラスの向こう側を覗く。
先程の武器が警備ロボットのボディと衝突する金属音が響く中、史邑霙の視界に映ったのは人間とサイズが一回り程度しか上回らない人型ロボットと前述の少女。
この人型ロボットは武装にバリエーションがあるものの装甲は量産型で全体的に細身の為、このようにバラバラに斬られる場合が多い。
さっきの武器はもう解除したのかな……気付かれない内に、この場を去ろう。
そう考えた史邑霙がもう少し早く現場を覗いていれば、何も攻撃を受けていない筈の警備ロボットが突然バラバラになる光景が確認出来たのだが……アルテリアペンタスに気配を捕捉される前に史邑霙はその場から離れていた。
そんな出来事をふと振り返っていた史邑霙はあの武器らしきものの一セット部分を組み立てれば剣の形状になる事にも気付かぬまま、雨縞瑛美に置いて行かれぬよう史邑霙は足早に歩き出した。
また同じマップ内での異なる時刻と場所になるが、その女性の頭上には大きなコンクリート片が崩落して来たと考えるには妙な角度で迫っていた。
それから少し時間が進むと女性の体はコンクリート片の勢いと重量のままに潰れて行ったが……既にリーダーを始め、ガンランス使いの女性、ドリルヘアの女性が亡き者となっていた為、その死に様は――
彼女がオーバーゼウス四人目の死亡者となる瞬間だったとも言えるだろう。
・反響定位について
エコロケーションとも。コウモリなどが超音波を放ち、反射して来た壁を感知する事で周囲の地形情報を取得するという前提で、以下の説明を進めます……あと、漢字二文字に奇数ルビだと不格好になる事も教えてくれる言葉。
・反響定位能力を有する手榴弾について
手榴弾が音波と思われるものを放つ事で、手榴弾が収集した反射状況から得られる地形情報……もっと乱暴に言えば、手榴弾が得た瞬間的なエコロケーションデータを使用者の記憶に直接流し込む感じです。
更にざっくり言えば、建物の中の間取り図のような情報の3D版を見渡して頭に入れた状態に、この反響定位弾を使用するだけで得られる事になります。
音波が反射して来る必要があるので、入り組んだ場所ほど正確な地形情報の取得が可能。




