第30話 神騙りの目撃者(前編)
能力再使用可能まであと二百秒。
顔の上半分を金属的な紫色の兜で覆った少女は白とライムグリーンの色が入り乱れる長い髪を伸ばし、自らの状況を頭の中に浮かべながら統合二日目のフィールド内――遺跡マップの石畳の上で佇んでいた。
正面から見た髪の裏側にライムグリーンが来る事よりも角の生えた兜の形状が鬼の印象を与え易い事の方を特徴と捉えるべきか。
アイアンのバスターソードを背負った鬼面少女はエリアランクシステムが採用されたこのマップで最初から高ランクの場所を探していた。
少し前に戦っていた場所は低ランクが続く割にエネミーの数が続々と増え、不意を突かれる場面もかさみ、離脱。
その際の突破口を開く為に能力であるカードの引き直しを二回連続使用した事により受けていたペナルティー時間が順調に減る中、鬼面少女の耳に戦闘音が届く。
丁度いい物影がある……見て行こう。
そう思った鬼面少女が遺跡に点在する小部屋越しに現場を覗けば、そこにはペリドットに灰色を程よく混ぜたような色の髪をなびかせ、身に着けるキャップ、ジャケット、スニーカー……そのどれもがお洒落な少女がいた。
見ない子……流入者かな?
鬼面少女がそう思いながら眺める少女の周囲にはオーガメイジ二体、オーガ三体にミノタウロス一体……少女単独で相手取るには楽な状況とは言い難い。
「色違いのオーガはまだ増え始め……かな」
そう呟く少女の琥珀色の瞳の先には物々しい形状の機械があり、右手と共に突き出したその機械のスイッチを押すと音量控えめの音声が流れた。
「ファイアボール」
同じ言葉が八回発された頃には二十二秒が経過しており十発の火球がオーガ一体に集中砲火されていた。
取り囲むエネミーたちが棒立ちで眺めている筈も無く、残るオーガ二体は少女目掛けて襲い掛かり、オーガメイジ二体は魔法の準備をする中、ミノタウロスが咆哮を上げる。
その状況に少女は対応し回避するが……その間も音声とファイアボールは先程と同じ間隔で放たれ続けた。
あれ、能力の生成物じゃ無くて、手作りの機械だ。
自身もソリッドを持ち込んでいる鬼面少女はそんな考えを浮かべ、火球を浴び続けたオーガが遂に倒れると聞こえる音声が「アイシクル」に変わった。
冷気を纏った氷柱を放つ魔法――アイシクルが立て続けに命中すれば冷気の蓄積によりある程度の氷結作用が働き、オーガメイジにその耐性があるのに対しオーガには無い……故に二体目のオーガは次第に凍り付いて行く。
それを見た少女はオーガメイジ以外の四体にアイシクルを浴びせて行き……やがてオーガメイジと距離を取った上で音声による射撃を止め、少女は肉声を放ち始めた。
「サンダー……」
眺めながら鬼面少女は目の前に横回転降下するカードを出現させ、次の瞬間鬼面少女の手には槍が握られていた。
雷の魔法眺めてたら、雷の槍来た。
先程からオーガメイジは規模と威力を強化した射撃魔法を放っていたが全て回避されており、現在は索敵段階……遠からず少女に狙いを定める筈だが、それよりも早く少女の肉声が叫びとなって辺りに響いた。
「ストーム!」
チャージした分だけ威力の上がる雷の広範囲魔法が中程度の段階で解き放たれ、雷の群れの発生が終わると同時に「サンダーボール」という音声が流れ始めた。
既にオーガ一体とミノタウロスは撃破済みで、鬼面少女は数えなかったが、このサンダーボールも先程と同じ、三の平方根の小数点六桁目を切り上げた秒数に一秒足した間隔で発射され続けたのが判る。
能力による攻撃に耐性のあるオーガメイジが更に増えたら、この子はこの場を離れる……でもこの狩場に用は無いかな。
そう思いながら遠くの方を見渡すと、鬼面少女はキマイラの姿を捉えたので躊躇なくその場へ駆け出す。
現在生成している槍は初期コスト分だけ雷が使えるだけでなく、槍生成中は使用者の身体動作を強化する作用が働く。このように駆け足で移動すると効果の程が解り易いが、槍を連続で繰り出しても確認可能。
キマイラが二体……もしこれが初期ランク状態なら大型キマイラ以上も期待出来る。
辿り着くや戦闘を開始した鬼面少女は先程の少女の事など忘れたかのようにカードの引きが悪くなるまで、移動先の狩場で戦い続けた。
以降、鬼面少女と先程のお洒落な少女は特に窮地に陥る事も無く翌日のフィールドを迎え、その森林マップでお洒落少女はこんな場面で姿を見せていた。
「こんな所かな。じゃあボクはこれで……ご協力ありがとー」
昨日に続き修正を加えた手製機械の動作確認を少し前に遭遇した少女二人に試し事前の宣言通り、命も取らずに去って行く。
「うぅ……」
「連続攻撃とか無理……」
眼鏡少女が起き上がり、褐色少女が伏したまま呻いていた。
眼鏡少女の能力は全てが手榴弾を投げ、褐色少女は対物ライフルのスコープを覗いて弾丸を強化……絶え間なく射撃を放つ相手との相性は為す術も無く敗れるという見解は最早結論だろう。
「さっきの話の続き……しようか」
「あ、うん……一緒に行くのは構わないけど」
「近接出来る子、欲しいよね……」
先程の射撃魔法の群れは二人交互気味に撃って来た為、回避自体に問題は無かったが……それが五分と一秒間に渡って百十発も続いたのは二人には悪夢とも思える一時だった。
二人が暫く進むと不気味に変色したキノコの群れを背中から生やしたアリジゴク一体に遭遇。眼鏡少女が手榴弾で接近を牽制している間に徹甲弾まで強化した褐色少女の射撃で撃破するという連携により撃破に至る。
「細々と……やって行こう」
「みじめだ……」
せめて帰ったら冷蔵庫に入れた秘蔵のスイーツで胃袋を満たそうという決意を固めた褐色少女だったが……そんな中、眼鏡少女はやや離れた場所から戦闘音を聞いた為、興味を引かれる。
「あっちで何か金属音っぽい音が……」
「って事は参加者同士で戦闘?」
このマップで参加者とエネミーとの戦闘で同じ音を出すには金属的な能力の生成物と宿主の外骨格が衝突した時のみ。問われた眼鏡少女はその可能性も考えはしたが……いずれにせよ結論は同じ為、こう答えた。
「まー、そうじゃなくても近付かない方がいいよね」
「そうだね。大人しく昆虫採集でポイント集めよう」
程なく眼鏡の少女――史邑霙と、褐色肌の少女――弥原細は聞こえる戦闘音から遠ざかるように、その場を離れたが……二人が赴かなかった現場は比較的開けており、会話が交わされている最中だった。
「エヌが好戦的になる何て珍しいね。半ば問答無用でこうなってるけど」
「……私、返事して無いよね?」
「少し派手な音が、必要だったので」
その問答を再現するならば透明感を湛えた水色髪の低身長女性が、黄緑色の髪に大きな鎌を持った少女と遭遇した場面からだろう……概ねこの通りだった。
「おや、奇遇ですね」
「あ、あなたは……えーっと」
毒沼での一件以来、大鎌少女とこの女性は互いに見かける程度の遭遇はあったものの、ここまで鉢合わせをしたのは初めてだった。
「ニゲラフロッブです。軽めの戦闘を開始しますので応戦を」
「え?」
「本気ではやりません。願わくば長めの時間で」
「ちょっと⁉」
斯くして雨縞瑛美はレイヴンのN――ニゲラフロッブとの一方的な試合申し込みを押し切られたのだった。先程の場面に戻せば、尚も会話が続いている。
「何なの! これ……何の試合なの⁉」
大鎌少女が澄んだ紅茶のような瞳で動揺した表情を作りながら叫ぶと、ニゲラフロッブは程よく鮮やかなストロベリーの瞳に目立った感情も帯びずに返す。
「ウォーミングアップ……ですかね」
その様子を周囲の気配の変化の有無に意識を注ぎながら眺める少女の姿もあり、その身長は程々に高く、胸は膨らみを大いに主張した上で控えめな部類か。
瞳の色が赤肉メロンの色合いならば、腰まで届く長い髪は青肉メロンという形容に至るだろう。そんな髪に対し細くて赤いリボンを結んでいるが、頭部では無く、両のもみあげと後ろ髪の下部分に幾つか……結ぶよりも飾る事に重きを置く。
「まー……」
そんな少女、レイヴンのV――『ヴェナサルヴィア』が徐に口を開くと、自らの背後にいる存在を一瞥。
そこにいるのは深紅のローブに身を包み、山羊の頭蓋骨を象った上で至る所に茨が巻き付くレリーフが施されたピンクゴールドの仮面を被る者の姿。
続いたヴェナサルヴィアの発言により、この異様な装いをする者がレイヴンのRにしてリーダー……『ローズハート』であるという見解に至るだろう。
「御前試合、かな」
ニゲラフロッブの能力はその鉄球が放つライムカラーのラインが描く立体の形状により性能が変化するが……雨縞瑛美と交戦してから一貫して、八つの鉄球の位置関係は六面体を維持していた。




