第3話 鋏少女と毒蛇騙り(後編)
「さよなら」
森の中で女性の声が力強く響いて、何かが落下する物音が微かに聞こえた。
私はその現場へと足を踏み入れ……やがて淡い水色の中の所々に強い青部分のある髪の女性と遭遇。そのポニーテールは膝裏まである。
足元には胴を横に断たれたサンダーウルフのリーダーの死体があって血が広がってるだろうけど……直視する気は無い。
見事な殺人現場まで辿り着いた私は口を開くけど恐怖は感じない。だって――
「ルビーおつかれー……相変わらず容赦ないね」
知り合いだからね。名前がルベルタって所まで判ってるし。
「いやー、その場の勢いで何とかなったよ」
「ゲームそっちのけで手頃なグループのリーダー殺して回るとか、普通に怖い」
「今回は上手く行ったけど、普通に綱渡りだよねー……水を浴びてから能力使おうとすれば、すぐバレるもん。これ」
ルビーとは結構長い付き合いで、よくわかんないまま普通に友達な事してる。
今日はルビーの作戦に協力して、さっきみたいにルビーの能力による水を浴びて能力が封じられたような振る舞いを見せる事でハッタリを成立させる。
触れた者の能力を使用不可にする水を操る能力『アクアヴァイパー』……ルビーはそんな大層な能力持ってない。
「ルビーの能力を最初に聞いた時は驚いたよ」
「使い道はあるけど……ただの水なんだよね、これ。頭を覆っても呼吸だって出来ちゃう」
ルビーの本当の能力名は『ハームレスウォーター』。発生させた水を消費して青い剣の強化とかして、剣を振るったりする度に水が追加される。
「にしてもネル子。今日も黒猫パーカーが可愛いね」
「私の体型的にお洒落な服着ると悪目立ちするし、地味な服装で周囲に紛れ込んだ方がいいかなって」
あと黒猫になった気分になれなくも無いのが何気にいい。
「さて、出来れば残りのサンダーウルフのメンバーにも同じ事したいけど……」
ウインドウを開きながらルビーがそう言って私が続ける。
「何か……残りのメンバー全員。既に検索でヒットしなくなってる」
サンダーウルフは全員が集まれば、そのチームワークのよさで普通に脅威だったけど……今回のゲームだけで一気に壊滅した事になる。
「やっぱりサーティーンの仕業かなぁ……でも今回、エネミーも強いし」
漠然とそう言った私にルビーがこんな提案。
「んー、あとは普通にゲームに参加するかなー……今日は手伝うよ」
有難いなぁ……今回のゲームは植物エネミーが出現する森の中を動き回る特定の昆虫やら何処かにある琥珀とかを集める内容。植物エネミーを倒してもポイントになるけど、これが手強い。
ルビーも襲って来たのを退けるのが精一杯で、その間に私が収集対象の昆虫とか採取……そんな感じで進んでいると。
「噂のハサミ女の仕業かなぁ。これ……」
立派な大きさの木が次々と横出しになっている場所に辿り着く。
「一度獲物を見つけたら延々と追いかけて来るって話だよね」
「何度か会った事あるし、こないだは胴を貫いた……あれでも仕留め切れてなかったのかなぁ」
「接近戦何てやりたくないなー……ルビーは凄いね」
「あと二度目に遭った時、あたしの事を覚えてなかったような……斬り飛ばした腕も生えてたし」
実は治癒というか再生みたいな方がメインの能力なのかな。今日は遭わないといいんだけど……。
それから何とか昆虫採集を進めてゲーム時間も残り二時間を切りそう。
そういやガーデン内での会話は自分の言語で聞こえるような力が働いてるんだっけ? 余りにもその言語に対応していない場合は音声がバグって聞こえる時があるらしい……そんな事を思い出してたら――
「ゾーン発生したね。しかもギリ行ける」
基本的にゾーンへは発生時点でのゲーム上位者が行ける。
私には無縁だけど、ルビーは引っ掛かるくらいは頑張ってたみたい。
「んじゃ、行てら……お土産話あったら聞かせてね」
そう言って私はルビーと別れ、ゾーンに入った参加者たちがこのフィールド内でのゲーム参加リストからいなくなって……残った皆で順位を決める感じに。
まぁ別に最下位でも致命的なペナルティーがあるわけでも無いし、少しはポイント集めたから……ゾーンに行ける条件は今までの総合戦績も加味されるって話だから、そこはペナルティーと言えるのかも。
そういやさっき見かけた植物型エネミー……高層ビルを芯にしたのかってくらい巨大で、ここからでも見えるほど。
エネミーは大抵ゲーム内に出現して、今回のように撃破する事で得点対象のアイテムを落としたり、ゲームをクリアする上での障害になったり……ファンタジーと言うかRPGに出て来るようなモンスターそのままの姿な場合も。
あの巨大植物は行き当たりばったりな形状だったけどね……他の参加者たちが群がっては倒そうとしてたけど……上位勢がいなくなった今、時間内に倒し切れるのかな。
残り時間三十分を切ったし折角だからと現場に足を運んでみたけど、これ以上は危ないかな……って、あれ?
反応がある……トラップが巨大植物エネミーの傍にある。
ルビーに会う前に一回、ルビーと一緒にいる時に一回解除して、その後すぐに見つけた一回分。だから今はレベル4……記念に作動させておくかな。
現場からまだ結構離れてるけど、ここまでレベルが上がると気付けるんだね。
私が作動の意志を決めた次の瞬間、あれだけ巨大な植物エネミー全体を覆い兼ねない規模の赤いエネルギーが柱みたいに噴き上がるのが見えた。
凄い地響きを伴いそうな迫力があるけど、どうも規模が大きい分、威力は薄まってるようで赤い柱が収まっても、巨大植物の外見に目立った変化は無かった。
人間相手なら一溜まりも無いけど、あんなデカブツには効果なかったみたい。
そう思いながらその場から去って手頃な場所まで来るとランキングでも眺めようかとウインドウを開いたけど……トップ項目に見慣れた名前があった。
ギフトマスター……?
要するに私の名前。ちなみにネトゲでのHNはネルコって読めなくも無い大文字アルファベット半角五文字。
何が起きたんだろう? いや、そもそも他の参加者の得点が軒並みマイナスってどういう事……?
ポイント一覧を開いた時、異常事態になってる事に気付いた。
今回は大まかに言えば特定の昆虫、サイズもしくは虫が入ってるかでポイントが変わる琥珀、植物エネミーを倒せば手に入る三段階の大琥珀。
一番高いのがあの巨大植物を倒せば手に入ると思われる高級大琥珀の五百点。
そんな得点分布が本来の得点から五百点引かれた数値に……つまり今から高級大琥珀を手に入れても0点。
しかもポイント一覧にはページが追加され、そこには本来のアイテムの青色版が並んでて、全てが五倍の点数になってる。
私の獲得アイテム欄を確認してみると、今まで手に入れた全てのアイテムが青くなってて高級大琥珀の青版まで……これは酷い。
余りにも一方的過ぎる展開だけど制限もあった。青版アイテム欄にはタイマーが減少してて、どうも三十分スタートっぽい。
つまりこのゲームバランスぶっ壊れ状態は三十分後には解除されるんだけど……残り時間三十分切って少ししてからトラップが発動したんだから、この状態のままゲーム終了を迎える。
とんでもないなぁ……。
いつもは自分の能力をトラップが見つからなければ無能力も同然だって思ってるけど、こうなってしまうとディスタンス相応の能力だって実感する。
ディスタンスはその能力が何処まで飛び抜けた事が出来るかの指標……ここまでゲームシステムに介入して使用者を勝利に導こうとする様は、まさに――
「高位なんだなぁ……」
私の能力『デッドリーギフト』のディスタンスが上から二番目の評価だと言う事を思い知ったような余韻が冷めないままゲームの終了時間になった。
今までも上位者がゾーンに行った残り条件でトップを取った時はあったけど……ここまで圧勝したのは初めてかも。
prominentは卓越した、傑出した、有名な、目立つ、突起した……そんな意味の英単語で名詞形のprominenceには突出部という意味もあり、太陽の表面で見られるあの現象にも使われています。