第29話 制服を着た少女(後編)
統合四日目となるマップはビル群が並ぶ都市部……だった場所。
直立していた筈の高層ビルは軒並み斜めに傾き、窓ガラスの殆どが割れており、階層の途中が抉れる事で見える室内も荒れ果てている。
空に青は存在せず厚い曇が隙間なく覆い、疎らだが全体的に赤く染まりがちな為、その色合いは夕焼けの中でも見ていて不安になる景色を彷彿とさせる。
そんな廃墟の街を歩く女性が一人。髪も瞳もベージュ色だが半端な暗さを帯びている為、汚れたセーターのような印象を放つ。そのせいか女性は髪がある程度荒れるまで手入れせず、この日は長い髪が無造作に乱れていた。
比較的長身で胸のボリュームも大層なものという評価を得る見込みは高い。だからだろうか、こうして一人の男性が女性に近付いて来たのは。
正面から女性へと着々と近付く男性は更に距離を詰めた辺りで、
「よぉ、きれいなねーちゃ――」
そんな第一声が終わるよりも早く、男性の喉は的確にIGC社製の合金ナイフで掻き切られた。
初撃が入った事を確認した女性は能力により円錐形状の目立つ槍を生成し、その中間辺りまで突き刺す。円錐部分の底面の直径は人の背丈に迫るが、ここまで刺した場合は人の胴体に辛うじて収まる直径と言える。
女性は槍を引き抜かずに生成を解除し、文字通り胴体に大穴の開いた男性の死体が舗装された地面に落下。そんな地上を見渡せばヒビが入っていたり土が剥き出しになっている箇所もあるが、基本的にアスファルトの地面は無事なものばかり。
妙な声で話掛け油断を誘ったにしては無防備なヤツだった。
先程のナイフは防がれると思っていた女性は、男性が単に目に入った女性に声を掛けただけと言う事実に気付かぬままそう思うと、先へと進んだ。
流入者である彼女は以前いたガーデンで、女性を激昂させるような言葉を投げ掛けては冷静さを失わせようとする男性を相手取り、かなりの苦戦を強いられた末に勝利したと言う経験があり、似た事態を警戒した上での今回の先制攻撃だった。
やがて女性は自らがドーベルマンをモチーフにした警備ロボット三体がいる場所へ辿り着いた事をコンクリートの瓦礫越しに確認していた。
このマップの警備ロボットは全てエネミーに寄生されている為、参加者に気付けば漏れなく襲い掛かって来るのだが……ここで問題となるのが、その警備ロボットに寄生しているエネミーは何か。
寄生された警備ロボットの段階ではその警備ロボットの強さのままで、撃破される事により潜んでいたエネミーが中から現れ、その寄生エネミーと戦う事になる。
ドーベルマン型警備ロボットは敏捷性に対処出来れば弱い部類だが、中にいるエネミーが強い場合もあれば弱い場合もある……同じ警備ロボットが三体いるからといって同じエネミーが寄生している保証は何処にも無い。
あっちの道にしよう。
このマップのエネミーのポイント設定は普段より多いが、警備ロボットを倒してもポイントは獲得出来ない……倒さずに突破するという選択肢もあったが、女性は先程の分かれ道まで戻る判断を下した。
無事に分かれ道まで戻った女性は瓦礫で少し盛り上がっただけの場所を越えて歩き出す。今の女性の左肩側にある建物を隔てた先には別の道があり、そこには少女が一人歩いていた。
ベージュ髪の女性と同じくらいの胸があるものの、その少女の背丈は控えめで、スカイブルーの髪をミディアムボブにし、瞳も似たような色合い。紅牙学園と同様架空である『月村学園』の制服を身に纏っている。
白系の色を基調とした制服の上着には金色のボタンが幾つかあり、襟などにある青い部分には白のラインが入っている。
そんな少女が隣の道にいるとも知らずにベージュ髪の女性は先程の円錐槍を生成する……この女性も少女と言える年齢だが、女性の能力の情報の方が重要か。
生成武器である円錐槍は二メートルを越え、円錐部分は細長さとは無縁のドリルのイメージに沿うような図体を誇り、その重量は見た目通り。
この槍を出し続ける事で女性の周囲には様々な花の幻影が浮かんで行き、花弁もしくは花全体をどれくらい消費するかで槍中央から放つビームの威力や連射回数が決まる。
ガンランスと言えるその槍は先端部分に銃口部分を確保した上で突き刺すに相応しい鋭利な形状を為し、全体的なデザインは機械的……花弁一枚消費すれば固定用の脚が暫く生成される。
移動速度を犠牲に戦闘体勢を整えた女性が道を抜けると、多脚型の警備ロボットの中でも大型で重装備の機体が行く手を阻まんばかりの存在感を放っていた。
他の参加者に各兵装を破壊され、無力化状態で徘徊を続けていたこの機体だったが……そもそも寄生エネミーは自らが打って出るべきだと判断出来れば宿主から離れ、出現する。
宿主が撃破されて初めて出て来る寄生エネミーは弱い部類だが上位エネミーの中には自ら判断して出て来るタイミングを選ぶものも。今回潜んでいた寄生エネミーがそのタイプだった為、警備ロボットの全身から液状のものが滲み出て来た。
その液状体が赤紫色だった為、女性は二番目に花弁の枚数が多い花を全て消費しチャージ体勢に入り、周囲の花は残り三つに。尚、この能力では厳密には花弁では無くても外見が似ており千切る事が出来る形状ならば花弁一枚として扱われる。
寄生エネミーが出現する前に警備ロボットを完全に吹き飛ばしても、中にいるエネミーの撃破にはならず、こうして滲み出て来る演出を経て本来の姿が形成された段階で初めてエネミーとしてゲーム内に出現した状態となる。
それを知っている女性は目の前の寄生エネミーが形を為すまでにチャージをしながら待ち構える。赤紫色の液状の肉塊が六本足の胴体とその先端に人型部分を形成し、全体の至る所にある緑の瞳が一斉に開く間際が狙い所。
寄生エネミーの形成が始まった頃、女性の視界の左側から割り込むようにスカイブルーのボブカット少女が現れ……寄生エネミーの緑の瞳が一斉に開く段階になると言葉を発していた。
「うわ、目がいっぱい」
そんな光景を見て、ベージュ髪の女性はこう思った。
この段階までチャージを終えたなら、一人分の胴体が入ったところで威力に支障は出ないだろう。
次の瞬間、ガンランスはその細い銃口とは掛け離れた大口径のビームを放ち、目の前の大型寄生エネミーの全体を包み込んだ。
女性の考えた通り、射線上に少女がいた事による威力の減衰は若干程度に留まり赤紫色の寄生エネミーの一発撃破に成功。膝下部分だけが辛うじて残った少女の姿を他所に、女性は大量の撃破ポイントを獲得。
さっきの子。随分と呑気に近付いてたけど……至近距離じゃ無いと発動出来ない能力だったのかな?
そうふと思いはした女性もすぐに辺りを見渡し始め……自身の足元に影が広がっている事に気付いたが、その大きな瓦礫によって下敷きになり、骨も内臓もお構い無しに頭から押し潰された結果を見れば、手遅れだったのかもしれない。
突然瓦礫が落下して来たと言うには軌道も落下速度も不自然で……ここからやや離れた場所には先程のガンランスの一撃に巻き込まれた小型の多脚警備ロボットから出た巨大エネミーの姿があった。
その体は一見すると透明だが反射部分が強い青を見せ、反射自体が起き易い為、存在に気付きさえすれば何処にいるのか把握は難しくないだろう……常に曇天のこのマップは少々暗いが。
何かの生き物の胎児のような姿をうつ伏せにした胴体から大きな翼と思えるものが四つ生えたエネミーに核のようなものは無く、胴体部分のサイズはゾウの中でも大型のものと匹敵する程だった。




