第24話 その導きは死香の御旗か(前編)
フィールドにて開催されるゲーム内でどのような服装をすべきか。
その命題を支援すべく、このガーデンでは多少の選択肢が用意されており、実在しない制服もその一つ。
例えば『紅牙学園』の女子制服は黒いセーラー服のデザインをベースに黒部分を紺色に赤味を加えた色にし、スカーフを鮮烈な赤にし襟などにある白いライン部分もその赤に置き換えたものに仕上げた。
そんな紅牙学園の制服を纏う少女の姿があり、リンゴを「赤くて丸い食べ物」という水準で言えば、その少女は長い黒髪でピンク色の瞳となる。
制服少女はガーデン内でも人通りの見込める場所でライブパフォーマンスを披露する女性二人を眺めていた。先程の形容水準を続けるならば、白い髪の女性がボーカルを担当し、もう片方がギター演奏に専念するという構成。
ギターの女性の姿を細かく述べるならば、ネオンイエローの右側サイドテールの髪の左側に同じボリュームのワインレッドのウィッグを施し、正面から見れば左がネオンイエローで右がワインレッドの疑似ツインテールを演出。
元の髪の長さも相まってツインテールのボリュームはかなりのもので、瞳はアメジストと言うには仄かに赤味がある。
掻き鳴らすエレキギターのボディは炭酸飲料の泡模様もあるソーダカラー。
眺める制服少女の瞳も角度によっては妙に赤く見えるのだが……行われていた曲が終わりを見せるや、そんな少女が緩やかに拍手を送り、
「ふーん」
バンドを知る者には二人の演奏が本格的なものだったという評価を出せそうだが制服少女の拍手は労力への純粋な賛辞に留まり、更にこう続けた。
「次もやってたら投げ銭してあげる……ここって電子マネーだけど、ね」
制服少女はその青の暗清色をなびかせながら去って行き、その髪の陰影には赤の暗清色を見せる事が判るのだが……間近で見なければ二色の違いが判らない程、その髪色は黒同然の明度を湛えていた。
この制服少女がバンド少女二名と並べば背は、髪が白く瞳はターコイズブルーの少女よりも背が高く、髪の白い少女とサイドテール少女の胸が程よいボリュームなのに対し、制服少女の胸は更に下回るという比較情報が得られただろう。
三人の中でサイドテール少女が一番背が低い事になるが、髪の白い――正確には上質な真円真珠と同等以上の光沢と色合いを放つ髪の少女、との背と大差は無い。
真珠髪の少女もサイドテール少女同様の髪の長さとボリュームを誇るが、後ろ髪を筆頭とする全体の髪型はまるで狼などの野生動物でも見ているかのよう。
そんな髪型とよく似た、その長身相応の胸のボリュームを誇る金髪の女性が次の曲を準備する二人に近付いて来た。
「まったく……統合二日目で路上ライブとは呆れたぞ」
女性らしさを残した男性的な声色を浮かべた女性の様子を見て、少女二人は困惑した。見知った顔ではあるが、少女二人はこの女性から恨まれるに足る事をして来たからだが……怒りの感情が全く感じられ無かった。
「えーと……」
「お客さん……で、いいのかな?」
少女二人の言葉に対し、女性は言った。
「あぁ……準備が出来次第、続けてくれ。貴様らに我が部下達を殺されたのは事実だが、互いに生き延びようとした結果だ……リーダーはどうした? いや、それも聞くまい」
自らもグループのリーダーだった女性だが、今ではメンバーは全て死亡し、彼女独りだけ……胸の内に在るのは、生前のメンバーたちが語っていた細やかな願いとその言葉だった。
「じゃあ」
「お言葉に甘えて……」
丁度次の曲に悩んでいた少女二人は休憩気味の様子を見せ始め……金髪の女性が徐に喋り出す。
「お腹いっぱいラーメンが食べたい、思う存分ウインドウショッピングがしたい、一日中ゲームがしたい……」
女性は嘗てのメンバーたちが時折語っていた言葉を淡々と並べ、少し間を置いてからこう続けた。
「酷い話だ。ガーデンから出ない限り叶う事が無いと思っていた願いが、今日まで生き延びるだけで全て叶ったではないか」
流入者という言葉が使われてから二日目の本日、流入者である金髪の女性が浮かべる言葉は寂寥感を帯びており、そんな空気を見て真珠髪の少女が発言。
「この曲にしよう」
「しっとりしてて、ゆったりとした曲……なるほどね」
そして演奏が始まった。金髪の女性の淡々とした思考を阻害しそうにない具合でその場の空気に緩やかに浸透して行くような……そんなカバー曲だった。
「……そうだな。暫くは部下たちが果たせなかった些細な願いを叶えて回るのも、一興か」
そして曲が終わると、女性は少女二人の背後にあるポップに視線を向け、
「……メンバー募集までしているのか」
そう呟くと、少女二人の言葉が続いた。
「あと何日か呼び掛けてみる予定」
「ユニット名の決め手になるかもしれないし」
「……そうか」
女性は少女二人が所属していたグループ『プロキオン』の名前を浮かべ、更にこう言った。
「考えは多少は纏まった。存分にライブを行ってくれ」
「じゃあ……これにするよ、サリー」
「わかったよ、マイ。テンション上げるよー!」
程なく少女二人は昨日出来上がったばかりのオリジナル曲の演奏を始めた。
ユニット名の候補にブレイズの文字が挙がるのも頷ける程にアップテンポが激しく勢い溢れる曲調、エレキギターによる電子的な音響とボーカルのマイが放つ肉声による競演はこの場にいるものを否応なしに圧倒させる程のもの。
周囲にいたアンドロイドたちも男女問わず集まって来たが……今やって来たツーサイドアップの少女に関しては能力を持つ参加者だった。
「わー、すごーい!」
胸の話を続けるならば少女二人と比べて一回り大きい。背はサイドテール少女より多少低い程度……そんな彼女が送る拍手は興奮する感情に任せてかなりのペースで両の手を動かしており、ワインレッドの瞳は輝かんばかりだった。
「え? メンバー募集中なの?」
身を乗り出すかのような勢いでツーサイドアップ少女がバンド少女二人に訊く。
その髪はピンク色だが、金属的な光沢を強く放ち、色合いからしてピンクゴールドの形容が的確だろう。真珠髪の少女が答える。
「そう。経験者がいいなーって高望みしてる」
「はいはい! 私、ガーデンに来る前は軽音部でドラム叩いてました!」
「え? ……そうなるとドラム買わないとなー」
「はいはい! 仮ガーデンの時、既に欲しいドラムセットが見つかって、手持ちの金額で買える事は確認済みです!」
「じゃ、じゃあ……?」
「はい! 是非とも私をバンドに加えてください!」
そんな二人のやりとりを見て、エレキギターを抱えたままのサイドテール少女が呟く。
「こんな事って、あるんだ……」
金髪の女性に至ってはこの事態が大変微笑ましいのか、今にも満面の笑みを湛えて笑い出しそうな様子。
「こっちからもお願い! 私がボーカルのマイ、この子がギターのサリー……あなたは?」
バンド少女二人組の中でもリーダー色の強い真珠髪の女性がそう訊くと、ピンクゴールド髪の少女は今まで同様、エネルギッシュな声で言い放った。
「アンです!」
それから程なくしてフィールドが発生し、この場にいる参加者四名は参加に応じポータルが閉じると、それぞれが異なるスタート地点へと移動した。
・前置き
無彩色、有彩色、暖色、寒色、中性色……それに比べると一気に知名度が下がりそうな用語を使ってます。
・暗清色~純色と黒だけを混ぜた色。
・明清色~純色と白だけを混ぜた色。
暗清色に白が、明清色に黒が少しでも混ざると……純色と灰色が混ざる事になりいずれも成立しなくなります。では最後に、こちらは用語では無いですが……
・ネオンイエロー
黄色の蛍光色の事ですが、単に蛍光色と書くとどの色相か定まらないリスク回避が出来るので。
・おまけとしてサブタイトル
死香の御旗……そう読まれる事を想定。




