第2話 鋏少女と毒蛇騙り(前編)
【2021.08.16記入】
第1話は6500文字くらいでしたが先程第30話の投稿作業を終えたところ文字数10万1036となったので1話辺りの平均文字数はおよそ3368文字に。
やべぇ女がいたもんだぜ……。
先程遭遇した白いワンピース少女の異様さによる衝撃は、今もカズヤの中で鮮烈だった。
服は血だらけでベージュっぽい髪は血が染み込んだかのように赤味を帯びていたが……瞳の色も同じくらいだったか?
追い掛け回された事への屈辱感を味わう余裕などカズヤには無く、受けた恐怖を抑え付けるように少女の姿を浮かべながらそう思っていた。
あの真っ赤なハサミもヤバイ代物だったな……。
男性であるカズヤが参加した本日のフィールドは、見通しの悪い森林マップと言えば周囲の情報は充分かもしれない。斧を何度も叩きつけて切り倒すような太さの木々が至る所に植生している。
そんな太い木の幹をあのハサミはいとも容易く両断し、ハサミを閉じる度に木を一本切り倒しながら追い掛けられる様が先程までカズヤがいた状況。
カズヤが一際大きな木の陰に隠れてから十分に迫った頃だろうか……流石にこれで逃げ遂せたと判断したカズヤは歩き出す。
今回のゲームは森の中に発生する植物型のエネミーがいる中で、指定されたアイテムを集めポイントを得るというもの。エネミーを倒してもポイントになる為、これ以上立ち止まるのは得策では無いとでも思ったのだろう。
まったく……今は弱小だが俺はグループのリーダーだ。しっかしこうも単独行動の時間が続くとはな……。
カズヤが心の中でそう呟いていた矢先、戦闘中と思える音を耳にする。カズヤは様子を窺うに留まる程度の距離まで近付くのだが、
「おぉっと」
隠密は失敗に終わり、女性の声は更に続いた。
「サンダーウルフのリーダーが、こんな所に……」
カズヤの目が捉えたのは比較的長身のポニーテール姿……淡い水色の髪には強いウルトラマリン部分もあるが、瞳の色もそれに負けない青だった。
髪のメッシュ部分は前髪の一房部分が特に目立つが……カズヤの視線は水色髪の女性の胸部分の大きな膨らみへと注がれていた。釘付けという言葉が成立しない程の時間を経て、カズヤは言った。
「だったら、何だ?」
すると女性は鮮やかな青い細身気味の剣を生成し、「さぁ……」と呟く。
「とりあえず、死んじゃえば?」
続いた女性の言葉にカズヤが身構えていると、背後から別な女性の声。
「ま、まだ……」
黒い猫耳パーカーが特徴的でフードの中を覗き込めば一見すると銀髪金眼の少女の姿が……女性でこの背丈ならば標準的な部類だろう。
金色の瞳には赤寄りのオレンジ色が散らばり、両肩流しのおさげ髪の所々には水色部分が……特に毛先辺りに集中しがちで前髪だけ見れば完全に銀髪。
フードで隠れた髪の全体を見れば水色部分の分布は左右対称という言葉と掛け離れている事が判るのだが……カズヤの視線はただ一点に集中していた。
着やせしてるが俺には分かる――こいつはあの女以上のものを持っている。
そんなカズヤによる胸部への凝視は一瞬で終わるのだが……そんな中、黒猫少女は「わ、私……」と消耗した様子で言葉を発し、
「負けて、無い……!」
残る力を振り絞るかのように声を出すと共に両手を突き出す。
その直後、黒猫少女は先程から周囲に発生していた水の塊のひとつを頭から被るように浴びせられた。
「え……?」
少女は両手を突き出したまま動きを止め……やがて自らの両手を眺めるかのような仕草を唖然とした表情と共に見せる。
「の、能力が……?」
更に続いた言葉を遮るかのように、水色髪の女性が発言する。
「あなた、いい加減しつこいわ。もう何も出来ないんだから、さっさと消え去りなさい」
「な、何で……?」
少女の言葉に対し、水色髪の女性は答えた。
「あたしの能力――アクアヴァイパーの水に触れた者は能力が使え無くなるのよ。逃げないんだったら、そこの男性と一緒に死ぬ?」
そこまで言われると黒猫少女は「くっ」とだけ発し立ち去って行き……少しして水色髪の女性が口を開く。
「ま、結構制限あるからディスタンスはプロミネント止まりなんだけどね」
その情報にカズヤは緊張感を強めた。プロミネントはカズヤのディスタンスの一つ上……下から二番目のジェネラルでしか無い自分の能力で格上能力者を相手取る事態に直面している事が明るみになった。
「随分と、余裕だな……」
自身の余裕の無さとは裏腹にカズヤはそう言い、更に続けた。
「だが俺も腕っぷしには自信があるんだ……」
カズヤの手の辺りから弓が生成され、それを握り締めながら続けた。
「相手になってやるぜ」
今でこそカズヤはその名をローマ字にし、Uの部分をハイフンに置き換えたものがエントリーネームとなっているが……リネームする前は『エナジーシューター』と記されていた。
戦闘が開始し、カズヤは同じく能力で生成した矢を何発も撃っていた。
エナジーシューターには大技があり、弓を引き絞った時間の蓄積が長い程、その威力と範囲が強化される。
今は次々と発生する毒の水に阻まれているが、それら全てを巻き込み吹き飛ばす事が大いに見込める程の一撃を放つ準備をカズヤは進めていた。
「矢の威力しょぼ過ぎない? あなたのディスタンスってベイシスしか無いんじゃない?」
「ほざけ」
ディスタンスは能力評価の指標。下から三つは基底のベイシス、一般のジェネラル、突出のプロミネントと呼ばれているが、その概念に基いた煽りの言葉にカズヤは動じる事無く交戦を続ける。
エナジーシューターの大技はカズヤのメンバーたちの間では「プラズマブレス」と称されるほど電気的な見た目をしたエネルギーの放出。
一度に全ての蓄積分を使い切る単発式だが、長期戦を維持し続ければ勝算の見える能力ではある。
まだだ。まだ威力が足りねぇ――
そんな言葉がカズヤの脳裏をよぎった頃。突然、水色髪の女性が剣を振る度に更に発生していた水の塊が次々と消え、カズヤの視界内だけでも四割は失われた。
時間切れか?
そう思うと同時に、だが古い水から消えて行ったわけでは無い、とも思うカズヤだったが……次の瞬間、水色髪の女性の前に手にした青い剣と同じものが三本生成されており、それがまずは一本、カズヤの方に発射された。
「ちぃっ!」
咄嗟に回避を試みるカズヤだったが、すぐ傍にある水の塊に気を取られ移動先の判断が遅れた為か、右脚部分を剣が霞めた。体勢を崩したカズヤ目掛けて二本目の剣が発射されるが、何とか体を逸らした事で脇腹への被害に留まる。
しかし三本目の剣は胴体への直撃を避ける事が出来なかった。
「く、そ……」
まだ威力は半端だがプラズマブレスを撃つしかないとカズヤが構え始めた時、
「言っとくけど、その剣の水に触れた場合もアクアヴァイパーの対象だから」
水色髪の女性の言葉は周囲だけでなく、カズヤの頭の中にも響きそうだった。
「さよなら」
背後から聞こえた女性の声が発せられて終わる頃には、カズヤの胴体は横に断たれ……その上部分が緑溢れる地面へと落下し、音を立てる様は静かなものだった。