第12話 この毒沼に鉄球を
人によっては雨縞瑛美の前に現れた少女の胸の大きさに注目するかもしれない。
大きさの順で並べればニゲラフロッブ、野坂雪乃、雨縞瑛美……ニゲラフロッブと野坂雪乃の間には一回り以上の開きさえある。
それでいて身長は小柄なのでその膨らみが更に際立つが、人によっては「結構ある」という見解に留まりそうなボリュームとも言える。
登場と共にフードは外れ、その氷のように透明感のある水色の髪が金属の光沢を伴って輝く様が大気に晒される。
瞳の色は鮮やかなようで淡さのあるストロベリー……顔立ちはまだ幼いが先程の声色は大人びていた。
紫触手のエネミーに四つの鉄球が直撃はしたが弱った様子は無い。
四つの内二つがニゲラフロッブの元まで戻ろうとしていたが、その到着より早く紫の触手がニゲラフロッブに襲い掛かる。
ニゲラフロッブが中心となるように展開する四面体を構成する鉄球が、四面体の関係を崩さずに動き、その鋭利なトゲで触手を受け止め、ライムカラーの光のラインが描く四面体が変形を繰り返しながら他の触手も受け切る。
一応、斬っておくか。
弾かれた触手目掛け、雨縞瑛美は鎌を振り下ろし触手を断つが、怯むように下がりながらもやはり触手は再生された。
「やっぱり攻撃するのは無意味かなぁ」
嘆く雨縞瑛美に対し、ニゲラフロッブが訊く。
「本体の再生……確認しましたか?」
そういえば、と思った雨縞瑛美は鎌を回転させ「じゃあ……」と言い、
「やってみます」
そう発言すると同時に、高速回転状態にした鎌を紫触手エネミーの右手辺り目掛け、投げ付けた。
腕を落とすには不足という不安はあったが、指一本ならば見込みはあるだろうという考えは的中し、親指に相当する部分の切断に成功。
ニゲラフロッブが経過をしばらく眺め、やがて言う。
「再生、しませんね」
「じゃあ、この触手だけが?」
「その再生回数にも、恐らく限界が」
目の前のエネミーが倒せない強大な存在から、頑張れば倒せるかもしれない存在に変わった事に対する高揚感のようなものが雨縞瑛美の中で湧き上がる。
「じゃあ、再生出来なくなるまで紫の触手を返り討ちにし続ける!」
「では、私は大技の準備を」
ニゲラフロッブは鉄球が描く多面体によって能力の内容が変化するが、そのどれもがジェネラル止まりの内容。
しかし一つの能力内にジェネラルに相当する能力が幾つも集まれば、その複雑性によりジェネラルの評価より上に弾かれる。
故にニゲラフロッブのディスタンスはジェネラルから突出――プロミネントとなる。
尚、このような繰り上げ評価が見られるのはプロミネントまでで、プロミネントでは為し得ぬ事を引き起こせる要素が無ければ『高位』になる事は無い。
ニゲラフロッブが言った準備とは多面体形状維持により増加するコストの蓄積で雨縞瑛美が迫る紫色の触手を切り捨て、時折這い出るサハギンも両断する事を繰り返す内に、貯まって行った。
「撃ちます。横取りしたければ、どうぞ」
未だに紫色の触手の再生能力は失せていないが、ニゲラフロッブの周囲の図形は変化していた。
八つの鉄球が全て集まり、六つが平面の六角形を描き、その中心を軸にする両端に残る鉄球二つが来る事で底辺を共有した六角錐が二つ形成。
ライムカラーの光のラインはマゼンタとなり、ニゲラフロッブの周囲から八つの鉄球と同じ形状のものが次々と現れるが……形状が一致するだけのエネルギー弾にしか見えない。
概ねカエル型の紫触手エネミーに鉄球状のエネルギー弾が次々と命中して行くが……着弾と同時に爆発を伴う為、かなりのダメージが期待出来そうな光景。
この辺りで雨縞瑛美が紫触手エネミーに大鎌を投げ付けていれば、横取りに成功したかもしれないが……実際は次々と上がる爆発を眺めているだけだった。
更に飛来したエネルギー弾の爆発により、紫触手エネミーを倒す事で得られるポイントの大半以上が入ったニゲラフロッブが言う。
「やはり、上から三番目」
発言に情報の欠落が伴いがちなニゲラフロッブだが、これは今回のボスクラスのエネミーが上から三番目の強さであった事への確信を意味していた。
ポイント表では上位三体の情報は伏せられるのが恒例だが、獲得ポイントは毎回共通している為、その点数を知っていれば算出は可能。
「えーと……た――」
助けて頂きありがとうございます、と続く筈だった言葉をニゲラフロッブは淡々とした声で遮る。
「仲間が来れば、命の保証が出来ません。早々に去ってください」
「あ……」
そういえば傍に浄化装置があり、ここまで派手な事をしたのだから間も無くここは上位勢が集まる戦場と化す。
その事実に気付いた雨縞瑛美は素早く頭を下げるや、
「ありがとうございましたぁー!」
慌ただしくも情けない口調による言葉と同時に急速に浮上し、何処かへ飛び去って行った。
「……本当に、素直な人」
ニゲラフロッブがその様を眺めていたのは、ほんの一瞬だった。
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