第1話 悪魔の落とし物
ビスケットだけで出来た大きなテーブルの上にあるロリポップキャンディを眺めてる。
いい感じに渦巻いた造形とレモンイエローを基調とした色合いは見てるだけで楽しいけど……これだけ大きければポイントも期待出来そう。他の手持ちキャンディは小粒で袋が単色のしか無いから、どれも一ポイントにしかならないし。
辺りを見渡せばチョコレート、ホイップクリーム、得点対象外の縞々ステッキのキャンディ……色んなお菓子で構成された一軒家デザインの小屋があちこちにあるのが今回のゲームのマップ。
空も綿飴みたいなピンク色だし……男性の参加者はこのメルヘン空間に結構面食らってるのかな。私は女子高生くらいの年齢だけど、こういうのは嫌いじゃ無い。
高得点キャンディが見つかったのは嬉しいけど、私には他に探したいものがある……次に入る家では見つかるかな。屋外にもあったりするんだよね……。
次のお菓子の家は床に小粒キャンディが幾つか落ちてただけだった。小さくても袋に柄があるのは二ポイント以上だから、まぁよし。
問題なのはこうして色んな場所を歩き回ってる私の状況。
キャンディを探すゲームをしてるんだから仕方ない面はあるけど、あんまり無闇に外を歩いてたら――
「やぁ、そこのお嬢さん」
ほら来た……そう言うあなたはお姉さんだね。
「キャンディ集めは順調かな?」
そんな言葉が続いたけど……このゲームはこうやって他の参加者に見つかるリスクを冒してキャンディ集めするよりも、既にキャンディを集めた参加者から奪って行った方が効率がいい。
「いや、それがさっぱ――」
ゲーム開始から一時間半でロリポップ一本は少ない……そう思いながら喋ってたら……見つけた。
「ん、どした?」
不自然なタイミングで私が黙っちゃったから、お姉さんが聞いて来た。
何だか敵意が薄そうだし……済ませるかな。お姉さんが傍にいるから気付く事が出来た。
私はお姉さんの背後の家にある扉に近付こうとしたけど、気にせず通してくれたの有難いなぁ。
そして私が問題の扉に触れた瞬間――
「と、扉が消えた!」
お姉さんが叫んだように砂糖菓子質感の外壁を持つ家にあった扉が消えて、砂糖菓子の壁が姿を見せるだけになった。
「これって……」
お姉さんが少し考え事をした後、
「もしかしたら……あなた命の恩人かも」
そう言って来たから、とりあえずこう返すかな。
「……と、言いますと?」
「悪魔の落とし物――って知ってる?」
知ってる。ゲーム中だけじゃなく普段の生活圏内にも現れるトラップで、掛かった者は全て死んだという代物……特徴的な外見をしてるよりも周囲の光景に擬態してる場合が多いからタチが悪い。
「じゃあ、今のが?」
「あなたの能力はトラップ解除なんだね……助かったなぁ」
違うけどね。とりあえずそういう事にしとこう……このお姉さんと戦う空気じゃなくなったのは嬉しい。それから暫くして――
「やっぱり今回もレイヴンのメンバーが上位にいるなー……そしてサーティーンのスコアがどんどん伸びてる」
お姉さんはすっかりくつろいで、ウインドウを呼び出して今回のゲーム参加者のスコア一覧を眺めてる。
ここだと通信端末が無くてもウインドウを呼び出すだけでネット情報だって得る事が出来る……ゲームのルールによっては出来ない時もあるけど。
レイヴンは『ローズハート』が率いる強豪チーム。主要メンバーの四人の名称も頭に入れてるくらい無視出来ない存在。
「サーティーンはやっぱり凄い能力なのかなぁ」
漠然とした雰囲気に混ざるかのように私は呟く。
ここにいる以上、私にだって能力はあるんだけど戦闘向きじゃ無いのにも程があるから今回のような探索や収集の要素が強いゲームじゃないと参加は不利。
デスゲームみたいな条件下でこそ相手を見つけてはサクサク倒せるような能力が欲しいけど……サーティーンってそんな能力なのかなって話。
「コードネーム最初のままなのかも」
ある程度ゲームに参加してれば与えられる、その参加者の能力内容――『プロパティー』を反映させた名称が『コードネーム』。
その名前で登録されるわけだから「エントリーネーム」とも言われてるけど……これには問題がある。
「ちなみにアタシもリネームしてなくて、アックスロッドって言うんだ」
そうそう。こんな風に斧を使う近接性能とロッドという言葉から魔法を放つ杖みたいな事をしてくるかもって事前にバレ……って、え?
「……え?」
だから自分のエントリーネームは隠すなり偽るなりしたいねって考えてたら、まさかの展開……言葉がまともに出なかった。
「ま、独りで行動するのも寂しかったから今日はこのままよろしくぅ!」
「私のコードネームは……言わないよ?」
最初に命名された時に何とかいいのが浮かんだから即リネームしてたりする。
それから二人でキャンディ探しを程々に進めた後、私たちは特定の場所を目指す事にした。
そしてゲーム開始から二時間が経とうとしてた頃、
「いらっしゃい……移動までおよそ十分」
キャンディを換金してくれる場所に到着。
こういう特定のアイテムを集めるゲームでは、アイテムをリアルマネーで買い取る参加者がいるのが恒例で……ゲーム側も参加者同士のお金のやり取りをゲーム毎のシステム上で処理してくれるから推奨されてるまである。
今回はキャンディを渡すだけで自分の口座にお金が振り込まれる事になるから、普通に便利。
「どれ、相場は……結構高く買い取ってくれるねー。有難いけど、ロリポップはこれくらいしか無いや」
買い取り条件一覧を見てみれば、中途半端な小粒は買い取り対象にしない代わりに高得点キャンディを他より高く買い取ってくれてる。
お姉さんは三本のロリポップを出す……ものによっては値段にバラツキのあるロリポップだけど、お姉さんのは一万に届き、こんなもんかって表情。
トレード行為が本当に想定されてるみたいで、キャンディを受け取ると同時に参加者のアイテム欄へと収納され、そこから取り出して相手に渡す事も出来る。
それじゃあ私も出すかな。二時間掛けて集めたロリポップ二本と――
十分くらい前に手に入った、リンゴ飴五本とロリポップ十二本。
リンゴ飴は下手なロリポップより高得点で普通のが四本、銀のリンゴ飴が一本だから、この五本だけでも数万にはなる。
フードを深く被ってて女の子という情報しか判らないバイヤーが表示したウインドウを見て、お姉さんは唖然とする。
「うわぁ……一番高いロリポップで二万。高いのも多くて全部で二十六万かぁ」
出したキャンディの持ち手部分に私が触れるとウインドウ内で対象がハイライト表示に……これはいい取引だね。
「ではそれでお願いします」
そう発言した途端、OKボタンが表示されたので押す。
「こんなに集めてたんだねー……アタシも、もうひと頑張りするかな!」
レベル2だったらこうは行かなかったかな。
まさか参加者を殺した時に参加者が持つ全てのキャンディが自動取得されるという今回のゲームのルールが、これで適用されちゃうなんて……。
何というか私の能力って順応性が高いんだよね……溶け込み過ぎてレベルを上げるのに苦労するけどさ。一度使われればレベル1に戻るし。
……とりあえずレベル3になった私の能力はよくやってくれたよ。
「では移動。青い刃使い……」
「あぁ、ブルーエッジって男性の参加者か……他の参加者から奪ったキャンディを売り捌いてランキングから消えたのかと思ったら」
「死亡を確認。あなたたちが来る少し前」
「残り二時間切ったからエネミーも今まで以上に出現するんだよね……気を付けよ」
最後に私がそう言った。
バイヤーの女の子もキャンディ溜め込んでるわけだからゲームの終了時間が迫って来たら狙われるだろうけど……エントリーネーム見ればレイヴンのメンバーだって判るから返り討ちに遭うだけかな。
にしても数万稼げばいいやって思って今回のゲームには参加したのに思わぬ臨時収入……このままお姉さんに守ってもらってあと二時間、やり過ごそう。
あの時、扉というかトラップを解除してなければ死んでたのはブルーエッジじゃなくてお姉さんだったんだよなぁ……トラップ作動前に解除出来たからレベル2からレベル3になって、それがブルーエッジを倒した。
その撃破が至近距離で倒した時と同じ扱いになって、ブルーエッジが巻き上げたキャンディが全て私のものに……酷い不労所得。
「お、レモンカラーのリンゴ飴。というか周囲の小袋キャンディすら取らずに教えてくれるなんて……本当にいいの?」
「ボディーガード代……次の次辺りではキャンディ集めに戻るかな」
お姉さんにそう返して、更に二人行動を続ける。
要するに私の能力は何処にあるか判らないトラップを探し、見つけて解除すればトラップレベルが上がって、また探すの繰り返し。
だからこういう探索型のゲームとは相性がいいんだけど触って初めて気付くケースばかりで、こんな風にあれからトラップが見つからないのが常。
最初のコードネームは『デッドリーギフト』……レベル1から相手をまず間違い無く絶命させる威力があるらしい。
気が付けばトラップに「悪魔の落とし物」何て異名まで付いたけど、元の名称のままだったらデッドリーギフトの仕業って気付く人多かったのかも。
リネームして『ギフトマスター』にしたから、この名前がバレてもやり過ごせる余地はまだあると思いたい。
こんな不自由な能力にマスター何て名付けた当時の私ぐっじょぶ。
ゲーム専用空間――『フィールド』。その中に更に別のフィールドが発生して高難易度のゲーム会場になる事があって、今回のようにルールが緩いゲームでは来る見込みが結構あったんだけどなぁ。
あれからアリのような虫型エネミーに遭遇する度、アックスロッドのお姉さんがその斧と射撃で倒してくれるおかげで何とかなってる。
何の属性か分からないエネルギー弾とかを斧の先端にある宝石みたいな所から放つ、近距離と中距離を両方こなせる能力だったけど……こういう能力ならもう少し私も強気にゲームに参加出来るって思っちゃう。
アリを倒すと角砂糖をドロップするんだけど、これが軒並み段ボールのようなサイズ……まぁアリの方もライオンくらいはある大きさだし。
蜘蛛形のエネミーが倒されてる現場に遭遇したけど、蝶の飴細工をドロップしてた。
「またのご利用に感謝……ではこれで」
再び会う事が出来たバイヤーさんがそう言うと、ランキング上位からレイヴンの主要メンバー『ニゲラフロッブ』の名前が消えて……『ローズハート』の名前が躍り出た。
「これでポイントがリーダーに全部譲渡されたわけか……こうなるとサーティーンも上位とは言えない順位に落ちたなぁ」
「にしてもニゲラフロッブって名前」
黒種草鼓動って意味になるんだよなぁ……リーダーの薔薇心臓ネーミングに寄せてるんだけど、本当に元のコードネームが想像付かない。
ニゲラフロッブと別れて少ししてから蜘蛛形のエネミーに遭遇……なかなか手強い相手で実質お姉さん一人じゃ厳しい相手だったけど……それ故に戦闘中にゲームが終了してエネミーは停止し、帰り道となる出口が出現。
目の前に平面ウィンドウが現れる時みたいに空間に円状の大穴みたいなのが現れ何か渦を巻いてる……それが『ポータル』。ゲーム会場に入る時も出現する。
「そんじゃ今日はありがと」
「本当に助かりました……取り分もこんなには要らなったのに」
角砂糖はどう考えてもお姉さんだけで手に入れたのに分け前に加えてくれた……おかげで今回の収入は三十五万台……今月の家賃と生活費は安泰だね。
「熱心にキャンディ集めしてたじゃん。おかげでアタシもやる気が出て発見出来た分だってある」
トラップ探してたんだけどねー……結局あれからレベル1のまま。
私の傍にいる人の近くにトラップがあれば作動させるか選べるのもあって、探し易い条件だったのに……見つからない時は見つからない。
「甘ったるいゲームでしたね……では、また機会があれば」
キャンディはゲームと一緒に消滅するからバイヤーがいないと完全に無価値で食べる事も出来ない代物。
色とりどりで楽しかったなぁ……後半になって空が血のようにか赤く染まったのは怖かったけど。
ポータルは通る際に何処に出るか選べる……場所を教えればお姉さんを連れて来る事も出来たけど、流石にさっきの言葉で解散した。
レイヴンとかのチームだったら自分たちのアジトにでも集合してるのかな。
無所属の私はいつも通り自分の家……PCという名のゲーム機、スナック菓子、自動料理装置対応の食材が待つ集合住宅の一室を指定。
時刻は二十時半過ぎ……十六時丁度に始まったわけじゃ無いからね。
両親は二人とも健在だけど、この家では私だけで暮らしてる。
何しろここは『ガーデン』――能力に目覚めた人類が世界中から強制的に集められる地球上の何処にも存在し無い場所。
ガーデンは他にもあるみたいで、ここは商業施設が充実してて広さは陸地だけで五百平方キロメートルより更にあるらしい……学校も結構あったり。
北から出発すれば南の陸地に戻り、内陸部から東に進めば地続きのまま一周するループ仕様の世界らしい……ボールにタオルを横にグルリと巻いて、タオル部分が陸地みたいなマップって感じ。
地球からは完全に隔離されてるんだけどデジタルデータの送受信を疑似的に実現してるから向こうのネトゲも普通に出来る。そういう能力でも付与したサーバーをこっちと向こうに設置してるって聞いた事が。
だから私の両親もアンドロイドのボディを借りれば一緒に暮らすみたいな事は出来る……お互いビデオチャットで満足してるけど。
ガーデン内にいるのは生身の能力者か外見は人間そっくりのアンドロイド。比率的にはアンドロイドの方が圧倒的に多いけど、普通に生活してるだけでアンドロイドの中に溶け込める。
ここのアンドロイドたちは高度な人工知能を備えてたり地球側にいる人間が操作してたりするから普通に交流する事も出来る……一企業の最先端技術だし。
特にガーデン内の消費状況は注目されてて実験的な商品やサービスも数多い。
ま、今夜はチーズたっぷりのバスタでも食べて眠くなるまでネトゲしよう。
経済活動が活発なこのガーデンでは就職先も充実してて、向こうへのデータ送信は出来るんだから選択肢は多い。
まともな成績で卒業出来るよう勉強も頑張っておきたいよね……なお今私は向こうにいると思われるプレイヤーにチャット打ってる。
それから翌日の学校……昼休み中に外で事件が起きるという形で授業を中断させフィールドの発生通知とゲームの内容を示すウインドウが目の前に表示される。
フィールド内に出現するエネミー達を討伐し、それを六時間続けてポイントを競う……戦闘に自信のある能力者にはやり甲斐ありそう。だから私は――
不参加のボタンを指定してから出現してたポータルを経由して帰宅。
ゲームへの不参加のペナルティーはゲーム開催中にその参加者の能力が弱体化する。私だとレベル1のトラップを喰らっても致命傷にはならない感じになる。
近場のトラップを任意で作動出来なくなるのも大きなマイナスだけどガチな能力持ってる人には弱体化で普段防げる攻撃が素通りになったりするんだろうね。
ゲームに参加した場合はガーデンで生活してる時よりも能力が強化されるわけで弱体化した能力者と強化された能力者が遭遇すれば普段とは違う勝敗結果になると考えてよさそう。
「やっぱりこれアッパー調整じゃないね」
フレンドと一緒に最近調整されたネトゲのキャラをあれこれ試して、そんな結論に至った。他のネトゲを一緒にやってる内に十九時にはなって、今日開催のゲーム結果だけでも確認する事に。
例えばこうして今回の死亡者リストを開いて「アックスロッド」と入力。最終スコア欄で同じ事をすれば、お姉さんが今日何位だったか知る事も出来る。
でもそれは無理だった――死亡者リストで検索した段階でヒットしたから。
私は緩く過ごしてるけど、何だかんだでデスゲームなんだよねー……ここって。
次会ったらネトゲで使ってるハンドルネーム教えようと思ってたのになぁ。