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夕焼けは綺麗

視界が真っ白に塗りつぶされる。

目を閉じていても瞳を強く刺す光の洪水に、私は思わずうつむき、顔を手で覆った。


やがて、白が引き、安らかな暗がりが戻ってくる。

恐る恐る目を開けると、目の前には、豊かな自然が広がっていた。

一瞬屋久島に来たのかと思った。

しかし、屋久島では絶対にあり得ない証拠に、目の前には花びら一枚が私の顔ほどはあろうかというサイズの花が咲いている。

屋久島ってか、絶対地球じゃないな。


転移する寸前の師団長のにやつきが脳裏によみがえり、私は思わず足元にあった石を蹴り飛ばした。

あいつ、絶対生きて帰す気なかったじゃん!

ポーション飲まれても怒んなかったのも絶対そのせいだよ。冥途の土産ってことだったのか。


「くそ~、あいつ、呪ってやる」


私に魔力があったら今すぐに呪いの魔法を習得するレベルのモチベーションはあるのに、自分の無(魔)力が憎い。


「ハゲろ、痔になれ、振られろ、ねん挫しろ、ハゲろ」


思いつく限りの呪いを呟きながら、私はカバンの中身をチェックする。

うん、物は壊れて無さそう。

ホッとして、ご馳走の中からくすねておいたパンをかじる。


モキュモキュとパンを食べながら改めて周りを見回す。

私がいるのは、深い森の中にある開けた草むらのようだった。

道らしきものはなく、立ち並ぶ木々のせいで視界も悪い。

はぁ~、見渡す限り木、木、草、木、でっかい花、草、花、木、でっかい鳥、


「……でっかい鳥?」


私の頭上を、巨大な鳥が旋回していた。

ゆうに体長5mはあるだろうか。すごいな、コンドルってこんな感じなのかな。

ボ~っと見上げていると、その鳥と目が合った、ような気がした。

猛烈に嫌な予感がする。

その予感に従って立ち上がった瞬間、鳥が急降下してきた。


「ギャー――!」


咄嗟にカバンを抱えて茂みに飛び込む。

すぐ脇を、大きな影が猛スピードで通り過ぎた。

影は再び空へと戻っていく。

しばらく様子を見るが、コンドルが戻ってくる様子は無さそうだった。

よかった、追いかけてこられたら終わりだった……

一安心したところで気が付いた。


「あ!パンがない!!!」


咄嗟に避けた瞬間に落としたパンが、きれいさっぱり地面から消えていた。

トンビにサンドイッチを盗られたことはあるけど、まさか異世界でも同じ目に遭うとは。


「パン!返せ!パン泥棒!!!」


私の叫びが、むなしく森にこだました。



どうしよう、金なし・職なし・身分なしのガチホームレスになってしまった。

いや、もうお金とかはいいとして、目下の課題はご飯と水だ。

異世界転生3日目にして飢え死にの危機とか、仮に乙女ゲームの世界だったら設定がシビアすぎる。


「とりあえず川を探せばいいのかなぁ」


まずは水、だよね。

最悪食べなくても3日はいけるけど、水は飲まないと死ぬ。

ポーションはもっと大切な時のためにとっておきたいし、水の確保が第一優先だ。


「水、水、水」


みず、みず、と呟きながら森の中を歩く。

時々立ち止まって耳を澄ませるが、川の音は聞こえない。

仕方なく、あてもなく背の低い草が生えているところを縫うように進んでいく。

時折聞こえる、聞いたことの無い動物の鳴き声に、びくりと身がすくむ。

おそるおそる進んでいると、登山道みたいな道に突き当たった。


「やった!道だ!」


この道を辿れば、村か、村じゃなくても人のいるところに出られるかもしれない。

しかし私のその希望は、道に残された、直径1メートルはあろうかという謎の動物の足跡を見て打ち砕かれた。


「絶対やばい獣道じゃん…」


このサイズ感はやばい。クマなんか比じゃない。

良からぬ気配に、その道を避けて、再びやぶに身を投じる。


もう何時間歩いただろうか。

暗くなる私の気持ちと比例するように、日が落ち始めた。

木々に橙色の光が差して、暗い影が地面に落ちる。

空を見上げると、木に遮られて少し小さくなった空が、美しいオレンジに染まっていた。

夕焼けが地球と同じ色合いをしていることに気づいて、なぜか涙が出てきた。


「うっ うぅ……」


しゃくり上げながら歩く私の耳に、かすかに人の声が聞こえた。

これはあれだろうか、幻聴というやつだろうか。

幻聴でもいいや、人の声を聴けるだけで心が落ち着く気がする。

その声に導かれるようにして、ふらふらと暗い森を歩く。

もうすっかり日は落ちて、夜の帳が森を覆っている。

不気味なくらい静かだ。

自分の息遣いだけがスピーカーを通すように大きく聞こえる中で、

その幻聴が次第に大きく、明瞭になってきた。


「……気をたしかに! ……さま!」


幻聴にしては内容が妙な気がする。

あと、声の調子がやけに切迫している。

声は、目の前の背の高い茂みの向こうからしているようだ。

自分より背の高い草をかき分けていく。

やがて、差し出した手の指先が空を掴んだ。

えいやっと足を大きく踏み出すと茂みが唐突に終わり、勢い余って私は地面を転げた。


「いたい……」


いたた、と地面に打ち付けたお尻をさすりながら顔を上げる。


目の前にあったのは、月あかりを静かに反射する美しい湖と、そのほとりで驚いた顔で私を見る青年と、その横に体を横たえた、一匹の竜だった。










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