ご馳走、帰還、裏切り
目の前に並ぶご馳走に飛びついたのも束の間、私は今、ベッドに横たわっている。
丸一日何も食べていない状態でお肉やらなんかよくわかんない高そうな料理やらをお腹に詰め込みまくったせいで、めちゃくちゃお腹が痛いのだ。
「ウゥ~ わたしのローストビーフ…」
横では、王様から「移転魔術で元の国に還してやれ」と命を受けたローブ軍団が床に魔法陣を書いたり分厚い本を読み漁ったりと忙しく動いている。
そして、このローブ軍団は「宮廷魔術師団」と言うらしい。ローブの色ごとに所属団が別れているのだとか。だからルークと言う人はローブの色が違ったんだね。
ちなみに、私が召喚された時にいた人はみんな黄色のローブを着ていたから、同じ団の人なのだと思う。
「もうすぐ準備が整います。身支度を整えてください」
一番下っ端っぽい若い男性が冷たい声で言う。
ベッドに横たわる人間に容赦ないな。召喚された時から一貫してこいつら黄色軍団は人の心が無いぞ。
「あの、お腹が痛くて……薬とかありませんかね」
ワンちゃん狙いで頼んでみたら、横にいたおじさんがはぁ、と嫌味な溜め息を吐いて、懐から瓶を取り出した。中には緑色の半透明の液体が入っている。
「本来、ただの食あたり程度には使わぬ特級ポーションだ」
「あの、そんな豪華なものじゃなくても…正露丸的な、なんか軽いやつで充分なんですけど」
「セイロガン?知らんな。宮廷魔術師ともあろうものが下等なポーションなど持たん。貴様が一生かかっても買えんような値段だ、せいぜい味わえ」
そう言って、私に渡してきた。
ツンデレかな?
一口飲むと、胃の痛みがみるみるうちに引いていく。
「うわ、すごいですねこれ!もう治った」
「特級だからな。一本で庶民であれば一年かかっても払えぬ値段だ」
「師団長、陣が完成しました。ご確認を」
師団長と呼ばれたおじさんは、完成したらしい帰還用魔法陣を確認しに私のそばを離れた。
その隙を見計らって、私はカバンの中にあった空のペットボトルに、ポーションの残りをこっそり移し替えた。
べ、別に売りさばこうなんて思ってないよ。お残しはもったいないからね。
ペットボトルを隠し、空になった瓶にコルク栓をしたところで師団長が戻ってきた。
「おい、準備ができたぞ……お前、ポーション全部飲んだのか」
呆れたような顔で師団長が空の瓶を振った。
「あ、せっかくだから全部のもっかなって」
てへへ、とかわい子ぶってみたらものすごい冷たい目で見られた。
「…まあ、いい。最後だしな」
? なんか言葉に含みがあるな。気になる。
師団長の「最後」に引っ掛かりながらも、私は言われるがまま、魔法陣の上に立つ。
「今からあなたを元の場所へ転送します。術を発動すると、魔法陣に込められた魔力が転送先の風景を形作り始めます。それが完成したら、自動的に転移されます。あなたはそこに立っているだけでよろしい」
下っ端くんが丁寧に説明してくれる。
「では、早速始めよう。発動しろ」
師団長の合図とともに、魔法陣を取り囲む人たちが一斉に手を床に当て、呪文を唱え始めた。
その呪文のリズムに合わせるように、色のついたもやみたいなものが立ち上り始める。
「わ、ドライアイスみたい」
そのもやは次第に私の頭上を取り囲み、鳥かごのような形になった。
そのカゴをさらに囲むようにして、木のようなシルエットが立ち並び始める。
電信柱かな…?にしては、妙に本数が多い気がする。
不安げな私を笑うように、電柱は数を増し、その根元には背の高い草が生い茂り始めた。
「あの、なんか森っぽいんですけど……」
私の言葉を無視して、魔術師たちは詠唱を続ける。
電柱は太くなり茶色の幹となり、毒々しい緑の草はますます勢いを増す。
「ねえ!ここ私のいたとこじゃない、」
止めようとカゴの支柱を広げようとするが、びくともしない。
焦る私の顔を見た師団長が、口元をにやりと曲げた。
……やられた!
「王はお前をお返ししろ、と言うのだがな。お前のいた世界は特殊すぎて上手く繋がらなかった。代わりに自然豊かな地へ送ってやろう。開墾でもなんでも好きにしていいぞ、なんせ人の住まぬ地だからな」
くそ、こいつ!
怒りにまかせて支柱を握りしめると、私の掴んでいる部分が蜃気楼のように揺らいだ。
それを見た師団長が目を見開く。
「あんた、絶対に許さないか…」
カゴを引き裂こうと全力を振り絞った瞬間、私の視界は真っ白に塗りつぶされた。