王様はいい人
「王の御前だぞ! 控えろ!」
騎士がグイグイ頭を押さえつけてくる。
その腕を跳ねのけて、私は叫んだ。
「死んだと思ったらいきなりこんなとこに呼び出されて聖女やら魔力やら訳わかんない説明されて挙句の果てにはポイ捨てどころか罪人呼ばわり!?しがないOL連れてきといてご飯も出さずにあんなくっさい部屋に一晩閉じ込めて、なにが聖女よ!こんな無礼な国に聖女が味方するわけないでしょ!」
最初はあっけにとられていた騎士だったが、後半の言葉を聞いて顔色がさっと変わり、私の首元に槍の穂先を向けた。
色めき立つ周囲を王様は手の仕草で抑え、私の目をじっと見た。
「何もしておらん、と言うのだな?」
「ずっとそう言ってます。強いて言えば死んだだけです」
「王、その者の言葉に耳を傾けないでください! 重罪人ですぞ!」
王様は周りの言葉を無視して、後ろに控えていたローブの青年を呼んだ。
「ルーク」
「はい、ここに」
昨日会った人と同じような服を着ているけど、ローブの色が異なっている。
「聖女を意図的に騙っていないとすると、なぜこの者が聖女を呼ぶ儀で召喚された?」
ルークと呼ばれた青年は少し考え込む様子を見せたが、やがてはっきりとした口調で答えた。
「可能性はふたつあります。ひとつは、召喚の儀に誤りがあったこと。ふたつめは、“魔力のない聖女”であること」
「魔力の無い聖女?」
「聖女の属性を身に宿してはいるが、魔力が無いということです。過去に例はありませんが、あり得ない話ではないと思います」
「王! そのような世迷いごとに耳を傾けず、早急に処刑を!」
色めき立つ声を無視して、王様は私に問いかけてきた。
「お前はどこから来た?」
「うーん、たぶん王様の知らないところです。すっごい遠いところ。」
「わしに知らぬ国があると申すか」
王様が口元を緩めた。
その挑発に乗ってみる。
「二ホン、って言うんですけど」
「二、ホン? …知らんな。ルーク、わかるか?」
「いえ、私にも……」
顔を見合わせるルークと王様。そうだよね、わかんないよね。
その様子にしびれを切らしてか、さっきから喚いていた偉そうなおじさんが割って入って来た。
「我が王、その者をどうなさるおつもりですか!」
王様はふむ、と小さな声で唸り、軽い口調で答えた。
「釈放せよ」
「王!」
「王、どうかお改めを!」
広間が一斉にどよめく。
「このような怪しい輩を市井に解き放つと!?」
「もしその者が真に聖女を騙るつもりならば、せめて魔力を補うぐらいするであろう。暴かれ捕まることが目に見えておるのに、愚かな話ではないか。それよりは召喚の儀が間違っていたと考える方がよほど容易い」
なおも食い下がろうとする従者を手であしらい、王様の目を真っ直ぐに見た。
「この度の無礼、謝罪する。詫びとして、主の望みの場所へ還そう。他に望みがあれば言うがよい」
喜んでお返事をしようとした瞬間、先駆けて私のお腹が大音量で鳴り響いた。
「……あの、ご飯頂いてもいいですか」