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おかあさんなんてだいきらい

作者: 庵アルス

分量は約十分ほどです。

 僕が幼稚園に通い始めた頃、おうちに赤ちゃんが産まれた。

 おかあさんは「りっくんは、お兄ちゃんになったのよ」って、しわくちゃのお顔の赤ちゃんを見せた。

 ちっとも可愛くない。

 赤ちゃんは「れん」くんって名前になった。




 れんくんはなにもできない。

 お着替えもできないし、ご飯も食べられないから、おかあさんにミルクを飲ませてもらっている。

 お座りもできないし、泣いてばかりでお喋りもしない。眠るのだって下手なんだって。

 朝、僕はおかあさんに起こされる。まだ寝てたいのに。

「朝ごはん早く食べてー」

 おかあさんはテーブルの前に僕を座らせた。僕はまだ眠いけど、お箸を使って朝ごはんを食べた。苦手なほうれん草のごま和えがあったけど、頑張って食べた。

 でもおかあさんは褒めてくれない。前は褒めてくれたのに。

 れんくんが泣いちゃって、おかあさんはミルクを作ってあげていた。その間、れんくんはずっと抱っこされている。

 飲み終わってからも抱っこされて、背中をとんとんされている。

 いいなぁ。

「おかあさん、僕も抱っこ!」

「りっくんはお兄ちゃんだから我慢してね」

 どうして?



 れんくんがミルクを吐いちゃった。お洋服が汚れちゃって、おかあさんが着替えさせている。

「りっくん、幼稚園のお洋服に着替えて!」

 おかあさんはそう言ったけど、僕はやる気が出なかった。

「やだ」

「ワガママ言わないで、お兄ちゃんなんだから!」

「ぎゃー、ぎゃー!」

 れんくんが泣いちゃった。

「あぁ、ごめんね、今お洋服着せるからね」

 泣いているれんくんに、おかあさんはお洋服を着せている。

 僕も泣いたら、おかあさんがお洋服着せてくれたのかな。

 悲しくなったけど、涙は出なかったから諦めてお洋服を着替えた。



 幼稚園に行く時間になった。

 幼稚園は、いつもはおとうさんが連れてってくれるけれど、昨日から「しゅっちょう」ってお仕事でいないから、おかあさんが連れてってくれるんだって。

 でも行きたくない。

 僕が幼稚園に行くと、おかあさんとれんくんは一緒だ。

 僕もおかあさんと一緒にいたい。

「幼稚園行こう?」

 玄関でおかあさんが言った。

 僕は靴は履いたけど、どうしても幼稚園には行きたくない。

 だって、おかあさんがれんくんを抱っこしてるんだもん。僕のことは抱っこしてくれないのに。

「やだ」

「行こうよ、ね。まーくんも、なっちゃんも、りん先生も、みんな待ってるよ」

「行かない」

「えー、行こう?」

「抱っこしてくれるなら行く」

「無理だよ、ワガママ言わないで⋯⋯早く行くよ」

「行きたくない!」

 そのとき、またれんくんが泣いちゃった。

「あぁ、泣かないで⋯⋯」

 おかあさんがれんくんをユラユラあやしている。

「もう、りっくんはお兄ちゃんなんだから、言うこと聞いてよ」

 僕は悲しくなった。

 どうしてなんだろう?

 どうして僕はお兄ちゃんなんだろう?

「お兄ちゃんになりたいなんて言ってない」

「え⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

 おかあさんはビックリした顔をしている。

 でも本当だもん、僕は、なりたくてお兄ちゃんになったんじゃない。

 だけど、おかあさんは知らなかったのかな?

 僕のこと大好きだって、いっぱい言ってくれたのに。

「おかあさんなんてだいきらい!」

 おかあさんはきっと、れんくんの方が大事なんだ。

 だからずっと抱っこしてるんだ。

 僕にいなくなってほしいから、幼稚園に行かせようとしてるんだ。

 いなくなってほしいなら、幼稚園じゃなくてもいいんじゃない?

 そうだ、おばあちゃんの家に行こう。

 僕は玄関から走って出ていった。

 これでおかあさん、れんくんと一緒だね。僕はいいことをしてるんだよね。




 おばあちゃんの家はすぐ近くにある。アニメのお歌を歌っている間に着いちゃうんだ。幼稚園より近いんだよ。

「おばあちゃん!」

 いつもはおかあさんと一緒に来る。ひとりで来るのは初めてだ。

 おかあさんはおばあちゃんの家の鍵を持ってるけど、僕はそんなの無いからピンポンを押す。

「はぁい? あらりっくん!」

 おばあちゃんはビックリした顔だったけど、すぐにニコニコ笑った。

 おかあさんは笑ってくれもしないのに。

「あらあら、どうしたの、幼稚園は?」

「⋯⋯行きたくない」

「あらまぁ」

 おばあちゃんはおうちに上げてくれた。

 おばあちゃんは僕にジュースをくれた。リンゴのジュース、僕が大好きなやつだ。

 おばあちゃんのケータイが鳴った。

「電話だわ、ちょっと待っててね」

 おばあちゃんはキッチンの方へ行って電話で話しはじめた。

「もしもし? ⋯⋯えぇ、来てるわよ。

 ⋯⋯⋯⋯うん、うん、⋯⋯⋯⋯⋯⋯そう。⋯⋯とりあえず、園に連絡はしたの? そう、なら、後ででいいから電話しなさい、ね?

 うん、ひとまず落ち着きなさい。しばらく預かるから。⋯⋯⋯⋯そうじゃないから、大丈夫。いいわね?」

 おばあちゃんが戻ってきた。

「おかあさんとケンカしちゃったの?」

 優しい声で訊かれて、僕は泣き出しちゃった。



 僕は泣きながら話した。

 おかあさんがれんくんとずっと一緒にいて羨ましい。

 抱っこしてほしいのに我慢してって言われて抱っこしてくれない。

 ひとりでお着替えできても褒めてもらえない。

 アニメのお歌を歌ってたらうるさいって怒られる。

 ほうれん草を食べられたのにすごいって言ってくれない。

 お風呂に一緒に入ってくれない。

 夜寝るとき、おかあさんの隣がいいのに来てくれない。

 おかあさんにだいすきって言ってほしい。

『お兄ちゃんなんだから』って言わないでほしい。

「お兄ちゃんになりたくなんかなかった」

「うん」

「弟なんて欲しくなかった」

「そっかぁ⋯⋯」

「おかあさん、僕のこと嫌いになっちゃったの? 僕なんにも悪いことしてないよ。れんくんができないこと、僕全部できるのに!」

「そうだねぇ、りっくん、いっぱい頑張ってるもんね」

「れんくんが産まれたから、おかあさんもう僕のこと好きじゃないの?」

「そんなことないよ」

「そうなの?」

「そうだよ、お母さんは、りっくんのこと大好きだよ」

「でも僕、おかあさんにだいきらいって言っちゃった」

 だからきっと嫌いになるんだ、と僕はまたわんわん泣き出した。

 おばあちゃんはぎゅってしてくれて、背中を優しく撫でてくれた。おかあさんも、前はこうしてくれたのにな。




「だから、パパさんの出張中だけでも行こうかって言ったのに」

「ごめん⋯⋯でも二人目だし、母さんの手を借りるのも悪いと思って」

「まだ一ヶ月経ってないんだから⋯⋯今無理したら、また身体悪くするよ」

「ごめん⋯⋯」

「私じゃなくてりっくんに謝んなさい」

「起きたらそうする⋯⋯上の子のケアが大事だって、散々言われてたのに⋯⋯」

「『お兄ちゃんになりたくなんかなかった』⋯⋯お兄ちゃんなんだからって言い過ぎたんじゃないの?」

「お兄ちゃんって言われると得意げになるから⋯⋯それに色々できるようになってきたから、つい」

「色々できるっていっても、りっくんまだ四歳よ。まだまだお母さんに甘えたいのよ」

「れんが産まれて、つい構いきれなくて⋯⋯弟妹(きょうだい)いたら楽しいだろうって思ったのになぁ⋯⋯」

「この間まで赤ちゃんだったのに、赤ちゃんが来ても楽しいなんて感じないから」

「りつの気持ちもわからないで⋯⋯母親失格だなぁ」

「失格じゃなくて、修行中なだけ。大丈夫、りっくんもれんくんも、生きてるから及第点、合格です」

「⋯⋯今ちょっとほっとした」

 おかあさんとおばあちゃんが喋っているのが聞こえる。

 会話の意味はわからなかったけど、おかあさん、元気ないみたい。

 僕はいつの間にか寝てたみたい。

 隣でれんくんがスヤスヤ眠っている。

 あれ、れんくんとおかあさん、いつおばあちゃんの家に来たんだろう。

 起き上がると、おかあさんとおばあちゃんが並んで座っていた。おせんべいをパリパリ食べている。

「あらりっくん、おはよう」

「僕もおせんべい食べる!」

「はい、どうぞ。お茶も飲む?」

「飲む!」

 おばあちゃんが麦茶をくれた。おばあちゃんのお家の麦茶は甘くて美味しいから好きだ。

「⋯⋯りつ、ごめんね」

「おかあさん?」

「『お兄ちゃんなんだから』って、言い過ぎてごめんなさい⋯⋯」

 おかあさんが謝っている。

 なんでだろう。

 悪いことしたらごめんなさいだよっておかあさん教えてくれたけど、おかあさんは悪いことしてないよ。

 おかあさんは、僕の近くに来て、ぎゅってしてくれた。

 れんくんがおかあさんのお腹に来てから、初めてぎゅってしてくれた。

 なんだかとても安心した。

「れんばかり構ってごめんね⋯⋯抱っこしてあげられなくてごめんね⋯⋯お風呂はね、おかあさん、お医者さんからまだだめだよーって言われてるから、一緒には入れないの⋯⋯ごめんね」

 おかあさんは僕の頭をぽんぽんと撫でてくれた。

 僕はまた涙が出てきた。

「おかあさんあのね、ほんとはだいすきなのにね、だいきらいって言ってごめんなさい。だからきらいにならないで⋯⋯」

「大好きだよ、大丈夫。りっくんのこと、大好きだよ」

「僕もおかあさんだいすき」

「うん」 

「お風呂はおとうさんで我慢する⋯⋯」

「が、我慢してくれるかぁ⋯⋯ありがとう」




 その日から、たまにおばあちゃんがうちに来るようになった。

 おばあちゃん来てる間は、おかあさんが僕に構ってくれる。抱っこもしてくれるし、絵本も読んでくれる。お歌も一緒に歌ってくれる。公園にも行ったよ。

 僕が頑張って幼稚園に通っていると、お医者さんがいいよって言ってくれたからって、お風呂も一緒に入れるようになった。

 れんくんは、いつの間にか寝返りができるようになってた。僕の顔を見上げて、ニコって笑う。とっても可愛い。

 れんくんは、僕がガラガラを振ると喜ぶ。いないないばぁをすると声を出して笑う。

 おかあさんもおとうさんとも、れんくんのこと笑わせるけど、僕が一番上手に笑わせられるようになった。

 今ではれんくんのことも大好きになったよ。

2020/10/28

「弟か妹が欲しい」と言うお子さんはいても、「お兄ちゃん(又はお姉ちゃん)になりたい!」と一致しているお子さんは見たことがないなと思いました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 第一子の複雑な思いを素直に表現できていて感情移入をしてしまいました。続きを読みたいです。
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