落花流水
「ちょっとトイレ…」
そう言って彼は立ち上がり、トイレへと向かう。
(あの人は気づいてくれるかな…)
そう思いながらトイレから出てくる彼を待つ。水の流れる音がして、止まり、手を洗う音が聞こえて、それも止んだ。
「あのさ…」
彼が少し俯いてトイレから出てきた。
「え、な、何?」
思った反応と違って私は身構える。もしかして気に入らなかったのだろうか?
「トイレの便座カバー付けてくれた?」
やっぱり気づいてくれていた。でも、もしかしてそれが嫌だったのかな。そんなことを思っていると、
「ありがとー!今まで滅茶便座冷たかったからさ!まじで嬉しい!」
そう言って彼に抱きつかれた。よかった。彼は嬉しくて、それを隠そうと俯いていたみたいだ。
彼とこの部屋に引っ越してきてわずか二日。引っ越しの片付けも全部は終わっておらず、まだ散らかっている机の上でデリバリーのピザを広げている状況だった。
彼はかなり敏感な人で、猫舌な上に寒がり。冷たいものなどが当たったらかなり冷たく感じるらしい。しかし、私は小さい頃から鈍いようでそのように感じることはない。でも、感覚が豊かな彼があまり苦痛を感じないように、特に冷たくなりやすいトイレにカバーをつけたのだ。
「喜んでくれるならよかった。後、ちょっと苦しい…」
「あ、ご、ごめん」
そう言って彼の腕から離れた私は床に腰を下ろした。
「もう少し片付けに時間かかりそうだね。」
そう私が言うと、彼はまだ散らかっている部屋を一周見回す。そして座ると、
「明日散歩でも行こうか。」
なんて言い出した。まだ片付けは終わっていない。でも明日一日使えば終わる量ではある。
「なんで?明日ちょっと頑張れば終わる量じゃん。」
私は早く片付けを終わらしたいのでそう言ったのだが、彼は
「見せたい物があるから。」
と、言って半ば強引に明日の予定を散歩にしてしまった。
次の日
私と彼は家の周辺の散策をしていた。スマホとは素晴らしいもので、初めての地でも地図させ読むことができれば道には迷わない。その上普段は通らない道の先にどんな店があるかさえ分かってしまう。なんと便利な世の中だろう。人生もこうだったらいいのに。
ここ数日は引っ越しでごちゃごちゃしていて、結ばれる前のように外で何かすることはあまり無かった。新しい家の周りを散策する。新しい何かを見つける喜びも大きかったが、彼と一緒に過ごせる幸せが一番大きかった。
徐々に日が傾いていく中、ふと昨日の彼が言っていたことを思い出した。
「そう言えばさ、ずっと気になってるんだけど。見せたい物って何?」
そう聞くと彼は「やらかした」と言う表情になって、
「ごめん!それ今の所から家を挟んで反対側だ。」
なんて言っている。彼はたまに自分で私が気になるようなことを言って、言わずに忘れるところがある。
「また〜?もう、忘れないでよ。」
「ごめん!すぐにそこに行こう。」
謝る彼を軽く小突きながら歩き、着いたのは公園の花壇だった。
「これ、ノースポール?」
これは私が好きな花だ。でもなんで彼が知ってるのだろう。
「だって実家で大量に育てていたでしょ?だから好きなのかなぁって。」
彼が私のことをすごく知ってる気がして、少し悔しかった。
「へー、私のことすごく知ってるんだね!」
ちょっと意地悪してやろう。そう思った私は彼にそう言った。
「まぁ…すごく?じゃないけど多少は知ってるつもり。」
この一言を待ってたと言わんばかりに私は問題を出した。
「じゃあ、なんで私はこの花が好きでしょう?」
珍しく彼が悩んでいる。いつもなら即回答する彼が悩んでいるのでちょっと新鮮だった。そして彼の回答は、
「わからんけど…色?この白色かな?」
「違うよー。花言葉!調べてみて!」
彼は人類の作った素晴らしいアイテム、スマホでノースポールの花言葉を調べ始めた。
「誠実、愛情、高潔、清潔…どれ?」
私が好きな意味は入っていなかった。彼のスマホを覗き込み少し下にスクロールする。やっぱりあった。
「一番下のやつ、読んでみて。」
彼はスマホの画面下に映るあの漢字四文字の熟語を読んだ。
「えーと…輪廻転生?でもなんでこれ?」
これは言わなければ絶対に分かるはずないだろう。私は種明かしを始めた。
「私、生まれ変わりとか信じてるからさ。なんと言うか…もし死んで、来世で会えたときどんな姿でも愛せるような人と一緒に歩んでいけるようにって言う願掛け?なの。だからもうあまり関係ないんだよね。」
彼が顔を赤らめているのに気づいた時には私も頬が熱くなっているのを感じた。
「それって?」
意地悪にも彼が聞く。
「だから…あなたなら来世で会っても愛せるなぁって、動物でも、はたまた人でも、例え世界の敵の巨大生物でもね。」
かなり遠回しの言い方だが、好きと言っているには変わりはない。もうすでに耳まで熱くなってきている気さえした。
「そう思ってくれていたなんて…嬉しいなぁ。俺も…好きだからさ。」
そして私と彼はハッとした。外で好き好き言い合っていることに気づいたのだ。
「ちょ、場所変えよう!」
そう言われ、彼に引っ張られながら様々な所に行ったものの、この地域に全く土地勘がない私たちは結局家に帰ってきてしまった。
「ただいま〜」
「おかえりー」
そう玄関で言い合いながら家に上がる。リビングの窓から外を見ると、空は夕日の光で綺麗なオレンジに染まっていた。
「見て。夕日綺麗だね。」
彼が私の横に来て外を見る。昔ではできない近さだ。
「なんか告白の日を思い出すな…あの時も夕日が綺麗だった。」
私もあの時のことは鮮明に覚えている。
「あの時は二人ともテンパってて大変だったもんね。」
「まぁ…成功したからこうやって過ごせているんだけどね。」
そんな最近起こったことを、一生忘れることのないであろうことの話をする。それも幸せの一つだった。
「付き合い始めから、俺は怖かった。嫌われてしまったらどうしようってね。それこそ何が嫌われるかなんてスマホには書いてないし。」
それは私も最初の頃感じていた。やはり人に嫌われるのは誰でも嫌なはずだ。それは彼も一緒だったようだ。
「でも、今は別の意味で怖いな。」
「別の意味?」
「この幸せがいつか無くなったら…そう考えるとやっぱり怖い。」
相手が幸せかなんて普通は分からない。でもこうやって話すことでその確認ができる。話すって行動は偉大だ。
「私はここ最近あなたのお陰で、ずっと恐怖を覚えるほどの幸せを味わってるんだよ?」
「それは怒ってるの?喜んでるの?」
「どっちも!」
そんな話をしていると、彼のお腹がグゥと鳴った。
「お腹減ったな。」
「またデリバリーでも頼む?」
そう私が聞くと、彼は少し考え、
「買い物に行こう。数日ぶりに君の作る料理が食べたい。」
「またまた、そう言うこと言う。私よりあなたの方が料理上手じゃん。」
すると彼は笑って、
「君にはいろんな事をして貰いたいし、してあげたい。いろんな幸せを一緒に味わいたいんだ。」
しょうがない人だな。と、私は思った。
「じゃあ、準備する。」
そうして二人並んでスーパーへと向かう道を歩く。
二人で過ごす人生とは簡単に通過できる道ではないと思う。私の人生はまだまだで、これから様々なことがあるはずだ。笑える事も病める事も。でも、私が例え死んでしまったとしても、私は何度も生まれ変わって彼と出会い。何度も恐怖を覚えるほどの幸せを味わい。先なんて誰も分からない、それこそスマホやもっと高性能な物の画面にも出てこないような道を歩いていくのだろう。
引越し…
大変ですよね…