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ヴァルラウン  作者: TKミハル
掃除屋‘カラス’
9/34

9

 薄茶の短髪の、炭鉱場が似合いそうな逞しい青年に担がれたまま凄まじいスピードで裏通りまでくると、人が少ない理由がわかった。

衛兵が、一時的に場所を封鎖している。


しかし俺を担いでいるにも関わらず、この異常なスピード……こいつは〈影〉の、アッシュとかいう奴に違いない。


 衛兵の隙をつき風のように抜ける動きには迷いがなく、人気のない林の中の空き地まで来ると、ユークはドサッと投げ出された。


っ」

「おや、悪い」 

 運んでいた青年、“駿足”の力を持つアッシュが嗤い、ユークが加速状態で急に止まったことによるふらつきから立ち直る前にリボンと手紙を奪い取る。

「……」

 すぐにリボンだけを放り投げて返したので、ユークは念のためポケットへねじり込んだ。


 アッシュは白紙の手紙をじっ、と見てから、納得したように上着の内側へしまう。

「よくこれを手に入れてくれた。本当にありがとう。これから一緒に来てくれないか?隊長のところへ連れていきたい」

 そう笑顔で手を差し出しす。


 無反応のままでいると、アッシュはそのまま、今度は悪意を含んでにやりと笑う。

「ふ。《カラス》め。生ごみ漁りのくせに察しがいいな」

 ふいにこちらに近づく軽い足音が聞こえ、ヨナ……じゃない、彼の双子の兄サキが姿を現した。ヨナとは逆側に伸びた髪、何より違うのは、特殊能力者グリーフィア以外の、ジョナサンを除くすべての人間に向けられた、憎悪。


 アッシュとは同じ十代のはずだが並ぶと体格差がまるで大人と子どものようだ。


ユークが半ばヤケ気味にそんなことを考えていると、サキはアッシュに

「お疲れ。やっと抜けてきたよ。二、三人潰してやった」

「ヨナはどうした?また置いてきたんじゃないか?」

「平気平気。だいたいあいつ、昔からトロいんだよ。で、例のやつは?」

「ああ、ここだ。どうやら炙り出しみたいだな。火さえあれば確認できるんだが……」

「あ、付け木持ってる」

「待て。こいつを先に」

 逃げる間も、構える間も与えずアッシュがユークの腹に拳を叩き込む。


 呻いて蹲る彼を尻目に、しばらく二人はごそごそと確認していたが、やがて納得したらしく向き直った。

「せっかくだからおまえにも教えてやるよ。どうやらここに例のブツの在りかが書かれている」

「……そうですか」 

 ユークは興味なさそうに言った。


 何が彼らを刺激するかわからない。


「これはとても重要な情報だ。他に知られる心配は除きたい。サキ、どうする?」

「手早く殺って、汚水にでもぶちこんどけば?隊長とヨナに見つからないように。だいたい、おまえだけ贔屓されるよう立ち回って……狡いんだよ、このクソが」


 予想はしていたが、まるで毛虫を殺すかのような気安さで言われ、いつでも動けるようにユークは低く身構えた。


「無駄だ、あきらめろ」

 余裕の表情をするアッシュの隣で、澄まし顔をしていたサキが、駆け寄る足音に、ふと顔をしかめて舌打ちし、

「もう来たのか。あいつを引き留めとく」

と足音の方向へと走り出す。


 それと同時に、ユークも逆方向へ動いた。が、瞬時にアッシュに腕を捕まれ、地面に投げ出される。


「無駄だと言ったはず」

 にやりと残忍な笑みを浮かべたアッシュは、ふといつのまにか自分の頬を伝う血に気づいた。


ユークが小さなナイフを構え、ファイティングポーズを見せている!


ささいな反撃に笑いながら、瞬時に間合いを詰めユークの手を掴み、握られた小さなナイフを奪って放り投げ、髪を掴み上げで顔に拳を叩き込む。


「ふ。……死ね」

 冷ややかな声とともにアッシュの手がユークの首をひねるため、伸ばされる。それをギリギリで避け、蹴りをなんとか繰り出し、もがいて逃れたものの、ガクリと膝をついた。


「ムダな、あ、が、……」

 そう囀るアッシュがふいに突っ立ち、糸が切れたように地面へ倒れた。



やっとか、とユークは立ち上がり、ズボン

についた土を払い、血と砂利の混じった唾をぺッと吐き出した。


倒れて痙攣を始めたアッシュの、開ききった瞳孔が、なぜ、と訴えかけてくる。


 ユークは捨てられたナイフを拾って懐へ戻し、アッシュの側へしゃがむ。

「毒だよ。かすり傷でも数分で体中にまわる」


 ナイフは常に持ち歩いていて、内ポケットの小型ナイフに塗られた麻痺薬は特別。時間とともに体にまわり、人の呼吸器に作用する。


 いらだちと恐怖の入り混じる眼差しにかまわずその服を探ろうとしたユークは、近づく、おそらくサキであろう足音を聴いて舌打ちし、手紙の回収を諦めた。

「助かる方法が一つだけある。サキが気づくといいな?」

 アッシュに届くだけの音量でささやくと背を向け、《カラス》は広場を去った。



 馬車でアパートへ戻り、部屋にこれまで分の家賃を置いて手提げカバンのみを持って出た。

エリックとして借りていた部屋には《カラス》として必要なものは何もない。


外へ出ると、待っていた御者に声をかけ、馬車をそのまま借りたいと頼み込んだ。

 ボサボサ髪で歯並びの悪い御者は、渋い顔で首を振る。

「あんたなあ、これは商売道具だ。貸す奴がどこにいる」

「一晩だけでいい。中央通りの脇道に置いておくから」

 金貨を握らすと、御者は目をまるくしてこくこくと頷き、そのまま大通りへと去っていく。


 ユークは馬車を走らせ自分の根城までくると、目立たない位置に停めてまわりを窺った。もともと人通りの少ない場所のせいもあり、遠くに人影がちらほら見えるだけで、誰もいない。


 外の階段から近回りして二階の部屋へ入ると、留守にしていたせいで埃っぽい匂いが充満している。


住み慣れた場所に感傷めいたものがよぎるも一瞬のことで、必要なものをカバンに詰め込むと意外なほど少なく済んだ。


 薪入れの中から隠しておいた金を取り出してから、灯のついたランプにたっぷりと油を入れ、不安定な場所に置いて外へのドアを開ける。


 ……すると、そこにはジョナサンが立っていた。


 ユークの担いでいるカバンを見やり、静かにこちらに問う。

「裏切るのか、ユーク」

 生まれた、毛の先ほどの動揺をおくびにも出さず、

「ああ」

そう答えてジョナサンのみぞおちに蹴りを入れると、声もなく崩れ落ちた。


 後ろ手にバタンと強く扉を閉めると、背後でランプの落ちる音が響く。


 このまま焼き死なれては寝覚めが悪い。


 倒れているジョナサンを背負うと階段を下り、少しでも時間を稼ごうとなるべく人目につかないような茂みに縛り上げ転がしておく。


 小さく呻いたが構わず行こうとして、ふと彼の左手首に光るものに気づいた。

「まだつけてたのか」

 鈍く光るモスグリーンの腕輪。昔からずっとつけていて、一度服に合ってないと指摘したら何を思ったか全身緑で統一してきて、堪えきれず爆笑したことがあった。


 その時のジョナサンの不機嫌な顔は、いまだにはっきりと思い出せる。


 そんな思い出を振り切り、繋いでおいた馬車の御者席へ乗って出発する。


 この先頼る相手は、一人しか思い浮かばなかった。

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