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今回少し短めです。
数十分後。ナタリーが目を覚ますと、覗き込んでいたエリックが、ほっとしたように笑みを浮かべた。
「エリックさん、私、いったい……?」
「気がついてよかった。突然気を失ったから」
「え?気を失ったって……」
ナタリーはそこまでぼんやりと呟いてからはっと身を起こす。
「あいつはどうなったんですかっ」
「大声出したら人が集まってきて逃げたよ」
金髪の青年は肩をすくめる。
「あの自意識かじょ……じゃなかった、あの怖ろしい男が近づいてきた時、さすがに身の危険を感じた。ナタリーの気持ちがよくわかったよ」
心を落ち着けるため、少女は深く息を吸って、静かに吐いた。
「これからどうすればいいのか……。わからないことだらけで」
「確か、あの婦人は君の父親が、領主のところで働くことになった、と話していたけれど」
「結局父さんの行方はわからずじまい……でも、変ですよ。ああいうところって身元がはっきりしてないと入れないし、信用できる相手からの推薦が主じゃないですか。それでなくとも、ここ出身じゃないのに」
ユークの脳裏に、捨て駒、という単語が一瞬浮かんで消える。
「そうなのかい?」
「ええ。父はここよりずっと南の、スカーリって村出身なんです。母とはおばさんに会いに来たときに知り合って」
「スカーリか……あの管理人の話からすると、君の父さんは領主のところに就いてから事件に巻き込まれたのかもしれないね」
そう呟いてからナタリーを真剣に見つめて、
「手がかりが欲しいな。なんでもいいから、思い出すことはない?君の父親の癖とか、好みとかでもいい」
「うーん……前にも言いましたが、小さい頃別れたっきりであんまり覚えてないんです。神経質なところはあったけど、優しいお父さんだったことぐらいで」
「そうか……」
しばらくお互いに黙ったままでいると、あっ、とナタリーが突然声を上げた。
「何か思い出した?」
問いかけると慌てて手を振って、
「いえ、全然関係ないことなんです。ただ、もうすぐわたしの誕生日だなって……」
「誕生日?」
「いつもターニャおばさんと祝うんです。この日にワインを届けてもらうように毎年注文するんですが、すっかり忘れてました」
わずかに首を傾け、青年は話を続けるように促す。
「父さんも昔はプレゼントを届けてくれていたんですが、ここ数年はそれもなくなってしまって」
そこまで告げてから顔を上げると彼の愕然としたような表情にぶつかり、言葉を止めた。
「なんでもっと早く言わないんだ!」
きつく詰めよられ、ナタリーは戸惑う。
「え、そんなに重要ですか、誕生日って……」
「ああ、ひょっとしたらその日に届くプレゼントに、何か重要な手がかりがあるかもしれないから」
娘へのプレゼントとしては、最悪だが。
「でも、全く違うかもしれないんですね?」
「他に手がかりはないからね……その可能性が高いというだけで」
「なんだか、複雑……。誕生日がくるのを素直に喜べない……」
馬車の窓から暗い外の景色を見やり、ため息をついたナタリーに、ユークはなぐさめの言葉をかける。
「その日も何もなければ……ひょっとしたら襲ってきた奴らも勘違いに気づいてあきらめてくれるかも知れないよ?今、警備も強化されているみたいだし」
大通りまで歩いて出て、辻馬車を拾った後も、ナタリーの不安そうな表情は消えなかった。
馬車は走り続け、少しずつ見慣れた通りへと近づいていく。
「ターニャさんには、まだプレゼントのことは内緒にしておこう。変に構えさせるのも気の毒だから」
「そうですね。あの襲撃といい、悩みごとが多すぎます。……ああ、やっと着きました」
ほっとしたような笑顔を見せたナタリーが、窓から身を乗り出すと、その向こうに店の前で箒を持ったターニャが顔を上げて手を振るのが見えた。