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ヴァルラウン  作者: TKミハル
掃除屋‘カラス’
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5

 一人暮らしじゃ何かと大変だろう、と引き留められ、『カーリー』で夕食をごちそうになった後。夜遅くにアパートに戻ってきたユークは、椅子に腰かけ、騎士団の二人について考えていた。


 彼らがわざわざ調査にきた理由と、さらには書類を盗んだ相手を知っていたという事実。〈影〉にはまかせられないと、領主側が待ち切れなくなって出てきた、という可能性はある。


 ……情報が足りないな。


 そこまでで思考を断ち切って、テーブルに置いたヴォイド社の日刊紙をとり、『脅威!鉤爪男現わる!』と書かれた記事に一通り目を通して放ると、だんだん服やらニュース誌やらで埋もれつつある床を歩き、ベッドに倒れ込んだ。


 それからどれほど経ったのだろうか。


 ユークは、何かがコツコツと窓を叩く音で目が覚めた。

 起き上がって南側の窓を押し開くと、夜明けの薄い光と冷たく澄んだ空気が一気に入り、羽音とともに隣にカラスが並ぶ。

「連絡が遅いんじゃないのか……」

 ついつい零した文句にも素知らぬふりで、羽をつくろっているリリアンの足に巻かれた紙を取ると、他に用はないと言わんばかりに素早く飛び去っていく。


【半刻後、裏手の広場にて待つ】


 読み終えたジョナサンの手紙をランプの火にくべ、ユークは変装するために部屋の片隅の鏡の前に移動した。

 まず、汗をかいても落ちにくい顔料を伸ばして色白に見えるよう外に出る肌の部位すべてに塗りつけ、それから小筆で眉尻を若干下げ、顔立ちを穏和にする。


 一度鏡で顔全体をチェックしてからもう一度顔料を選び、耳元の、あまり目立たない位置に濃すぎないよう丁寧に痣を描いていく。

 それを布で少しぼかし、色白の肌を不自然に感じさせないよう顔にうっすらとそばかすをつけると、人の好さそうなエリックの顔が出来上がった。


 違和感がないか最終確認をしてから部屋を出、アパートの裏手の、早朝はほぼ人の来ない広場へ到着すると、ジョナサンはすでにそこで待っていた。


………街灯にもたれながら煙草を吸う姿は質素で、とても部隊をひとつ束ねているとは思えない。


 ふといたずら心が沸き、気配と足音を消して近づくと、大分寄ったところで、上にいたリリアンが突然飛びかかってきた。

「おい、こら、やめろ。かつらが取れるっ」

 押し殺した声にジョナサンが気づき、煙草を足で踏み消して苦笑した。

「光りものが好きな彼女に、金髪はまずかったな」

「いいから、早く止めてくれ」

 リリアンは髪をもみくちゃにして、ところどころつついている。かなり痛い。 

「リリアン」

 静かな声に反応して、彼女はぱっと地面に降りた。

 ユークは広場の片隅にある石のベンチに座り、手を伸ばしてその頭を小突いた。


 ジョナサンがベンチにわざわざ厚手のハンカチを敷いてから腰を降ろし、

「相変わらず見事な変装だな。今回の特徴は痣か」

「……ああ。まったく、目の色が変えられる方法があればと何度思ったことか」


髪と目の色は、よほど他にインパクトのあるものがない限り、真っ先に覚えられてしまう。


比較的珍しい深緑の瞳に手をかざしながらぼやくユークに、ジョナサンは同情の眼差しを向ける。

「それだけはどうしようもないな。とにかく、本題に入ろう。現時点で分かっていることをすべて教えてくれ 

「待った。その前に尋ねたいことがある」

「何だ?」

「ナタリエ・クラストのまわりでうろうろしている怪しい奴らに心当たりはあるか?」

 問いかけに対し、しっかりと頷くジョナサン。

「一人だけある」

「何だって?いったい誰だ?」

「おまえだ」


 ギャアッ。


 思いっきりふいをつかれたユークの足に蹴られ、リリアンが逃げていく。


「……殴っていいか」

「冗談だ、気にするな。どんな奴なんだ?」

 ユークは息を静かに吐き、

「一人は獣のような鉤爪を持つ男。たぶん特殊能力者。そして、あとは、誰かに雇われたらしい街のチンピラだ」

と手短かに説明した。ジョナサンはふむ、と頷く。 

「チンピラに心当たりはない。……だが、鉤爪男の方は、私の部下だ」


 予想通りだった。


 ベンチに座っている〈影〉の隊長が気まずそうに視線をそらす。

「例の件を頼んでから二週間経つが、今のところ手がかりなしだからな。我慢できなくなったのが二、三人いる」

「……」


 いつもなら《カラス》の行動を歯牙にもかけない奴らがなぜ今回に限って動いているのか……。


 ジョナサンが小さくため息を吐き、

「実は〈影〉だけじゃなく、領主の方も私兵を密かに動かしたようなんだ。それで焦ったんだろう」

「ああ、なるほど。手柄の取り合いか。ということは、あのチンピラたちは領主の兵が手配したってことか?」

「ほぼ、間違いないだろう。……それで、だ。そちらの調査状況はどうなってる。あれから進展は?」

「おれだって別にさぼってたわけじゃない。ヨナに話したとおり、彼女の部屋、や店の中、家具のひとつひとつでさえも念入りに調べたが、まったく何も出てこなかった」

「それで?」

「ナタリー・クラスト本人にもさぐりをいれてみたが、ずっと叔母と暮らしていて、ここ数年は父親と会ったこともないそうだ」

 ユークが一気にしゃべり終えると、納得したのか、ジョナサンは眉をひそめて考え込む。

「それは厄介だな……」

「ああ。どうする?もしこの仕事から降ろすなら、報酬はあきらめる」

きっぱりと言う。


 ここで手を引いた方がいい、と、あらゆる状況が差し示していたが……ユークはジョナサンの判断を待つ。


「いや、続けてくれ。〈影〉には私から釘を刺しておく。これまでどおり彼女に協力するふりをして、探せばいい」

 そう言ってポケットからがさごそと煙草入れを出すと、細い煙草を咥えて付け木をシュッとこすって火をつけた。

「ジョナサン」

 咎めるような言葉と同時に、ジョナサンの前髪がふわりと浮き、すっぱりと切られた煙草の先端が地面へと落ちていく。

 ユークの動きを視認できなかった彼の指先がかすかに震え、ハンカチで丁寧に残りを包むとポケットへ運んだ。 


 彼は、自身の感覚を鈍らせる諸々を、嫌う。


「すまんな、つい。……相変わらずの腕だ。これなら渡り合えそうだな」

「煙草用ナイフでか?」

 ユークは、火が吸い口に近づいた時に切り取るための小さなナイフをくるくると器用にまわして見せ、ジョナサンから掏り取った煙草入れに仕舞い、本人に返した。

「……いつのまに」

 おまえ愛用のアレかと思った、と安堵の息とともに零す。

 

「ストレス溜めすぎだろ。中身ほとんど残ってないじゃないか」

「ああ。最近、領主と彼らの軋轢もきつい。頭が痛いよ」

「まあ、〈影〉なんて、領主側の地位が安定してしまえば、うっとうしいだけだろうからな」

 わかっている、との低い声に、ユークは立ち上がって一つ伸びをし、地面をトントンと蹴りつけた。


「そういえば領主の近衛が昨日ナタリーの店に来て、例の書類のことを訊いていた。見回りに駆り出された、と言っていたが……」

 それを聞いたジョナサンの表情が硬くなる。


「……れ者が」

「なんだって?」

「いや、まさかそこまで大っぴらに動いているとは予想してなかった。彼らと衝突するとまずい。すぐに戻らなければ」

 ユークの怪訝そうな表情にかまわず、よいしょと腰を上げ、

「リリアン、行くぞ。ユーク、何かあったらまた連絡する」

「……わかった」

慌てて戻るジョナサンの背中に形の見えない不安を感じつつも、ユークもまた急ぎ足でアパートへと戻っていった。

・前回の襲撃時のユークの内心の嘆き


『おれが、おれがあれだけ苦労して証拠を残さないよう調べたのを、木っ端微塵にしやがって…………!!』

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