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ヴァルラウン  作者: TKミハル
掃除屋‘カラス’
4/34

4

今回少し長めです。

 深夜。ユークは寝室へ入ったものの、どうにも落ち着かなかった。


 思い立ってベッドから身を起こすとエリックに扮し、上着を掴んでアパートを出る。

 夜目を鍛えてあるので明かりの必要はなく、夜警の見回りに気づかれないよう慎重に、しかし急ぎ足で夜道を進み続けて半刻あまり。

 例の花屋の近くまで来ると、辺りは他と変わらず静けさに包まれていた。

 時折、遠く馬車の車輪と蹄の音が聞こえ、あちこちに吊るされた明かりだけがぼんやりした光を放っている。


 気にしすぎか。


 肩の力を抜き、念のためまわりを一巡してから帰ろうと店に近づいたユークの耳に、上の方からガリ、ガリと引っ掻くようなかすかな音が届いた。


 背筋を悪寒が這い上がる。続いて、集中していなければ聞き取れないほどの悲鳴が。

「くそっ」

 店の左側へまわりこみ、外の階段を二段飛ばしで駆け上がると、まわりごと抉られたノブがぶら下がるドアを強引に開けた。

 それほど広くない部屋の、皿や椅子が散乱している中、鉤爪の男がナタリーに迫っている。

「ナタリー!」  

 邪魔者に気づいた男が、自分に向かってくる、と思いきや、さっと身を翻して窓を突き破り、隣の壁を伝って屋根へよじ登ると、凄まじい勢いで逃げていく。


 おそらくターニャのものであろう叫び声が階下から聞こえた。


「待て!」

 叫んだものの、ひとまず追うのをやめて倒れている少女へと駆けよった。

「遅くなって悪かったよ。大丈夫かい?」

「ドアを開けたら、いきなり目の前にいて……」

 体を震わせ、青ざめた顔で涙を流すナタリーの背をさすり、落ちつかせる。

「あいつ、に、人間じゃないっ」

「落ちついて。何か盗まれたものは?」

「わ、わからな……」

 首を振る彼女をなだめていると、いきなりバンッとドアが開き、恰幅のいい女性が姿を現した。

「ナタリー、大丈夫かいっ」

そのまま、部屋の惨状を見て凍りつく。

「これは、ひどい……」

身体を強ばらせ、絶句しているターニャと、恐怖のあまりすすり泣いたままのナタリー。その二人を前に、ユークは疲れがどっと押し寄せて来るのを感じ、ため息を吐いた。



 花屋になっている一階の奥の、ちょっとした休憩スペース。

 女主人のターニャは集まりかけていた野次馬を大声で追い払うと、まだショックから立ち直れない様子のナタリーに温めたお茶を入れて手渡した。

「この家は壁が分厚くてね、部屋の中の音があまり聞こえないんだ。まさかそれがアダになるなんて」

「とにかく、ナタリーが無事でよかった」

 そう言った金髪の青年を、ターニャはきつく睨みつけ、

「で、あんたは誰だい。どうしてここへ?」

「僕はエリック・フィールド。ナタリーから見張りを頼まれていたんだ。最近怪しい奴がいるって」

「ああ、あんたが噂の。……いや、まさかこんなことになるとは思わなかったよ。変な奴らの話は聞いていたけど、てっきりどこぞの不良がうろちょろしてるもんだとばかり」

 厳しい表情でターニャが考え込む。

「で、いったい何があったんだ?」

「……わかりません。たまたま、隣から何か聞こえた気がして覗いたら、あんなことになってて。エリックさんが来てくれてよかった。神様に感謝したい気分です」

 いや、まったくありがたくないな、とユークが余分なことを考えていると、う~むと唸っていたターニャが頭を振った。

「しかしね……誰がやったか知らないがなんでわざわざ倉庫をあんなふうに?それに、値の張る置物やら皿やらを手つかずで残していったようだし」

「え……物取りじゃないんですか?」

 茫然と呟くナタリーを見やり、金髪の青年も苦渋の表情を作る。

「こっちも昨日チンピラたちにからまれた。心配させたくないから黙ってたけど……彼らはナタリーの持つ何かが目的だ、と言っていた」

「そ、そんなことが……。ごめんなさい。でも、私、心当たりなんて……。お金も高価な装飾品だって、そんなに持ってないのに」

「なんなんだろうな、いったい。勘違いじゃなければ、知らずに何か持ってるとか……」

「そんなの、どうしろっていうんですかっ」

 憤るナタリーを、ターニャがなだめる。


 エリックは、しばらく目を閉じ、やがて顔を上げた。

「まず、目的がわからないとどうしようもない。それを調べないと」

 ナタリーが青年を不安そうに見つめる。

「……どうすればいいんですか?」

「聞き込みを地道にやるしかない。僕もここまで巻き込まれたんだ。力を貸すよ」

「え、本当に?」

 かすかな危惧と安堵とで揺れる彼女に、力強く頷いてみせる。

「きっと手がかりが見つかるから」

「わ、わかりました。自信ないですが、がんばってみます」

 ナタリーがそう答えると、それまで黙って話を聞いていたターニャがやれやれ、と腰に手を当てる。

「ナタリー、肝心なことを忘れているみたいだけど、ここの仕事はどうするんだい」

「いや、どう考えてもしばらく営業停止じゃないかと」

 二階があれじゃ、と呆れるが、ターニャはその心配を振り飛ばした。

「あたしゃこれぐらいじゃへこたれないよ。まずは、あそこの掃除からやらなくちゃ」

「はあ」

「頼りにしてるよ」

 ぽんぽんと肩を叩かれ、え?と驚き、唖然とするユークに、ナタリーもぽかんとして、すぐに納得したような顔になった。

「エリックさんなら、きっと大丈夫です」

 頼もしげに見上げてくる彼女に、苦い顔で呟いた。

「冗談だろ……」



 数時間後。朝の商店街はいつもとは違い、ターニャの花屋を中心にして人だかりとざわめきが大きくなっている。

 そんな様子を窓から覗き、エリックに扮するユークはあくびをかみ殺しながら二人に話しかけた。

「野次馬は全然減ってない。むしろ増えているぐらいだよ」

 ターニャはぐっと拳を握り、ここぞとばかりに勢い込む。

「よし。ここが腕の見せ所だ。あんたたち、相手が買う気を見せるまで、決して昨日のことを話すんじゃないよ。向こうは知りたくてうずうずしているだろうけど、できるだけ焦らすんだ。二階はまだ片付けていないから、尋ねられたら花を買った人だけには見せられるって伝えておくれ」

「わかりました。店の花を一輪でも多くお客さんに買ってもらいましょう!」

 ナタリーの表情もキラキラと輝いている。


 いまいち、ついていけない。


「何でこんなことを」

 エプロンに麻の手袋の、いかにも花屋、といった格好をさせられたユークは遠い目をしたが、いよいよ開店だよッというターニャの掛け声で我に返った。

 ナタリーが店のドアを開けるとともに、一気に人が押し寄せ、事の次第を尋ねてくる。

「いらしゃいいらっしゃい!話は、買ってからのお楽しみだよ!」

 ターニャが質問攻めをしてくる客の対応にまわり、ナタリーも声を張り上げる。

 それから、ずっと来る客ごとに花を売っては事情を説明し、立ちっぱなしのまま飛ぶように時間が過ぎていった。


 客足はその後一度ゆるやかになったりしたものの、しかし絶えることはなく、のんびり会話もできない状態が続く。

「エリックさん、花束をお願いします!」

「そこのハサミをとっておくれ!」

 大声が飛び交い、人が入り乱れる。


 夕方になり、立て続けに来ていた客が途絶えたのをきっかけに、やっと店内に余裕が生まれた。

 外からは、バタバタ走る音とともに、近所の子ども達が笑いながら歌うのが聞こえてくる。


「早く、早く、日が沈む前に帰ろう。早くしないと、『夜の使者ヴァルラウン』に連れていかれるよ!あの化物に!」


 それを遠くに聞きながら、散らばった葉や茎を片付けている横で、

「今のうちに花に水をやっておかないと」

忙しさにどうやら昨夜の襲撃のことは吹っ飛んだらしく、いつもどおりきびきびと動くナタリーがいた。


 ユークは余っている花々をまとめ、その長さを切り揃えながら、

「手伝うと約束したのはいいんだけど……花束作りまでやることになるなんて」

「やっぱり人数がいると違いますね。本当に助かりました」

ナタリーは笑顔を浮かべ、その彼の手元を見て、驚きに目を見張る。

「エリックさん!」

「ああ、てきとうにまとめてみたんだけど……まずかったかな、やっぱり」

「いえ、大丈夫です。すごいですね。コツを掴まないと難しいんですよ、こういうの。センスも出るし」

 大きめの花びらをした白い花と、小さなピンクの花が絶妙なバランスで組み合わされたブーケが、ていねいにリボンで飾られていく。

「まあ、器用貧乏ってよく言われるけど」

 その身もフタもない言い方に、ナタリーが笑った。

「誰が言うんですか?それ……」

 答えずユークは、出来上がったブーケを他のと一緒に水につけて棚へ置き、懐中時計を取り出して時間を確かめる。

「もうこんな時間か……日没近いじゃないか」

「そうですね。もうひと頑張りしたら、交代で休憩をとりましょう」

 ナタリーがそう言い終えるか終えないかのうちに、チリンチリンとドアベルが鳴った。

「あ、お客さんですよ。少々お待ちください、って、な、なんですかっ」

 その慌てた声に、持ちかけた雑巾を置き、エプロンで手を拭きながら傍へ寄る。


 赤毛でそばかすの、ひょろっとした青年と、がっしりした強面の男がしっかりした足取りで店内に入ってきていた。どちらも腰に長剣を下げている。

「鷲の紋章の入った制服……領主お抱えの親衛隊か」 

「こんにちは、突然すみません。僕たちは、ここで起こった大きな事件のため、調書を取り、この近辺の警備を助けるよう領主様に命じられて来ました。僕はコリン・フォードといいます。こっちが相棒のギャストン」

 隣の男は無言で頷いて見せる。

「朝も来たんですけど、そんな暇はないと追い返されてしまって、しばらく店の周辺から調べてたんです。えーとあの人、ターニャさんでしたっけ」

「ああ、はい。おばさん、来てくださーい」

 ナタリーの呼び声に、二階からどすどすと音がして、ターニャが下りてきた。

「悪いね。部屋がなかなか片付かなくて。……それで、なんのようだい?」

 二人組に向かって、また厄介ごとかと睨みつけるように近づいてくるその様子に、赤毛の方がひるむ。

「じ、事情聴取にきました。昨日のことについて教えてください」

 彼がターニャにそう尋ねたのは、当然と言えば当然だが、明らかに失敗だったに違いない。

「ああ、聞いてくれよ、ちょっと。うちはねえ、人に恨まれるようなことはなんにもしてないんだよ。それなのにこの騒ぎだ。ひどすぎるんじゃないのかねえ。だいたい自警団がきちんと見回ってくれればこんなことにはならなかったんだ。ナタリーが頼みにいったとき、忙しいからと断られて。それなのに、後になってから事情徴収だなんて、今さらだとは思わないのかい?」

「ええ、はい、いやあの、それはそうなんですが」

 圧倒されているコリンに対し、ギャストンは助け舟を出そうともしない。それをまた、呆れながら見つめていたナタリーと、ユークは、はっと我にかえった。


「とにかく、作業を続けよう」

「そうですね。ここはおばさんにまかせておきましょう」

 とうとうとしゃべっているターニャと、その犠牲者にかまわず仕事の続きを始めた二人に、それまでずっと黙っていたギャストンが話しかけてきた。

「待て、ナタリエ・クラスト。おまえの父親について訊きたい」

 いきなりそう言われ、ナタリーがうろたえながらも口を開きかけたのを、ユークが遮った。

「なぜいきなりそんなことを」

 すると男はややムッとして、

「いいから話してもらう」

と睨みつけた。


 ギャストンとユークのつかのまの睨み合いに、ターニャとの話を一度中断し、コリンが口を挟む。

「僕たちは、今回の襲撃には、ナタリエさんの父親が関係している、と睨んでいるんですよ。詳しくは言えませんが、彼は何かを領主館から持ち出したらしいんです」

 赤毛の青年は、真剣な顔をしてナタリーを見つめる。

「それについてなにか知りませんか?」

「え?え、と……わかりません。父とは、ずっと前に別れたきり、会っていないので」

「そうですか。それでは、何かわかりましたら、どんな小さなことでもいいです。教えてくださいね。……僕たちはしばらく二階にいますから」

 にこりと笑ってから、隣の相棒を促し、部屋を見せてくださいとターニャに言って三人で二階に上がる。


 しばらくして、ナタリーたちが閉店の片付けに入るころ、私衛隊の二人は上から降りてきた。


「ずいぶんひどい状態ですね。とても人間の仕業とは思えません。……クラストさん、あなたが襲撃者を間近で見たとお聞きしましたが、どんな奴だったか教えていただけませんか?」

 尋ねるコリンの横でギャストンが険しい顔をしているが、口を挟む様子はない。

「あ、あの。中ぐらいの背の痩せた男の人で、こんなこといって信じてもらえるかは分かりませんが、手に獣のような毛が合って、大きな鉤爪がついてました」

 コリンがため息をつき、ギャストンの眉間のしわが深くなる。

「なるほど。わざわざ獣のような鉄爪をつけて、部屋をめちゃくちゃにしたと。……まあ普通に考えれば、かなり悪質な愉快犯の可能性が高いですが」


 今ある材料から類推できる真っ当な意見。なのに、言葉に含みがあるような気がしてならないのは、考えすぎだろうか。


 コリンは棚の上にあったペンをとりインクをつけて手近な紙にさらさらと書きつけると、それをナタリーに渡した。

「こんな事件があったのでは不安でしょう。この辺りの警備をより強化させます。それから、新しく分かったことがあればすぐに知らせてください。どんなことが解決の鍵になるか分かりませんから」

 それでは、と礼をして、相棒を促した。

「行きましょうギャストン。もう一度この辺一帯の見回りもすませないと」

「ああ」 

 若干不満そうな顔をしていたが、ギャストンもしぶしぶ背中を向けた。


 ……二人が出て行くと、ナタリーが渡された彼らの連絡先を見つめ、意気消沈しつつ、

「手がかりとなりそうなものなんて……居場所も、どうしてこんなことになっているかもわからないのに、こんなのもらっても……」

それを隣で聞いていたターニャが、

「ナタリー。おまえの父さん、ロイが少し前まで住んでいた場所なら、心当たりがあるよ」

「え…………」

「おまえを預けてそれっきり。近況を知らせる手紙も一方通行で、こっちからは届きやしない。半端な期待を持たせるぐらいなら、いっそ何も知らない方がいいと、ずっと隠してきたんだ。でも半年、いや、一年近く前から、その手紙も来なくなってしまってね……。手がかりがつかめるかどうか分からないが、それでもよければ下宿の女主人に連絡をとっておくよ」

「父さんが手紙を……」

「あんなろくでなしでも、一応おまえのことは気になっていたんだろうね。どこでどうしているのかは知らないが」

 ぽろぽろと涙を流し始めたナタリーの頭をポンポンと叩いてから、もう一度ターニャは励ますようにもう一度ギュッと抱きしめ、

「……大丈夫。おばさん、ありがとう」

そう微笑んだ彼女の栗色の髪をわしわしと撫でながら、

「それはいいけど、行くのは店の暇な時にしておくれよ」

と笑った。

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