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ヴァルラウン  作者: TKミハル
‘ヴァルラウン’
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1

戦闘シーンに伴い、残酷表現あります。ご注意ください。

 領主館へ続く道の途中、たくさんの人が逃げまどい、門へと向かう光景があちこちに広がっていた。


 不気味に思いながらも進むと、領主館庭園で馬車が止まっている。

「ユーク!」

 外にいたフレデリカがほっとした様子でこちらへ手を振ってきた。近くになぜか縄の跡がつき満身創痍のイシューもいる。

 その時衝撃とともにまだ炎がくすぶる窓が壊れ、上から黒く蠢く塊が降ってきて、ドン!と中庭に鎮座した。

「これはいったい……」

「おそらく領主があの薬を使った。……変異に失敗したんだ」

 ジョナサンが誰にともなくこぼし、その目線の先の塊からはやがて無数の手が生えた。


あちこちに裂け目が生え、ぎょろりと瞳が開く。パチパチと瞬く無数の目。ぼんやりと焦点を失っていたそれらはやがて、自分を取り囲む人間に気づき、忙しなく視線をさまよわせた。

フォルミナと、ユークから去ったヨナ、アッシュ、ハウエルが恐怖と緊張で体を震わせながらそれと相対している。


 その塊の中央にやがてぱくりと小さな口が開き、


 ィイー、イー、イイイー


しきりに何ごとか不満を訴えて鳴き、皆が体を堅くして見守る中、縮こまり、一気に弾けた。

「くっ」

 アッシュが覆い被さる無数の触手を高速で躱し、ハウエルが鋭い爪で斬り裂いた、と思った次の瞬間、ドプリ、と足元の這い寄よる闇に呑まれ、二人はあっというまに沈み込んでいく。


「アッシュッ、ハウエル!」

 叫んだフォルミナをティラーが抱えて離れ、ヨナが‘力’で迫る黒い手を押し潰す。


間髪いれずその周りにジョナサンが結界を張る。

「く………ギリギリか」

 バシンバシンと結界を叩きながらのたうち跳ねる黒い手を見て、ジョナサンが呻く。

「このままだと全員仲良くインク壺の中か」

 ユークが軽口を叩きながらも、膨み蠢く黒い塊から距離を取った。

「さあ、どうするか……」

「……来るぞ!」

 悲鳴を上げたのは誰だったのか。それぞれに張られた結界も消し飛ぶほどの勢いで黒い波動が繰り出され、守りの壁が揺らぎ始める。

「駄目だ!」

 叫んでティーラーがフォルミナを思いっきりユークたちの方へ放り投げ、次の瞬間闇に呑まれた。

「ティーラー!」

 フォルミナが庭石を地面から引き剥がし、放り投げる。それは当たるかに思えたが……むにょりと塊は二つに分かれ、石を躱すと再び一つになった。

「き、気持ち悪……」

 フレデリカが絶句する。

「そ、そんな……」

 顔を強張らせ青くなるフォルミナに、細く黒い腕が襲い来るが、当たる寸前それはなぜかフォルミナを避けたように見えた。近くの大木が数本、腕に薙ぎ倒されていく。


明らかに攻撃が弱まっている。腕は、なかまと、ナタリーやフレデリカへの攻撃を避けている。

「贔屓だろ」

こちら側にはバシバシと容赦なく腕を叩きつけてくる塊を見て、ユークが思わずぼやいた。


「ティーラー……?まだ、死んでない……?」

呟くフォルミナの肩を一度励ますように強く抱き、

「きっとまだ……試してみる価値はある、か」

結界の負担で汗を滲ませ、余裕のなくなったジョナサンが蠢く塊へと駆け出した。

「ジョナサン!」

叫んだ声に振り返りもせず、

「後を頼む」

そう返して、ジョナサンは黒く粘ついた闇の中へと飛び込んだ。その体はグニャリと歪み、すぐに溶けて消えていく。


「た、隊長!」

フォルミナの悲鳴が。

ジョナサンを呑み込んだそれはやがて、それはぐにょぐにょと形を変え、ぼこ、ぼこっと動いたかと思えば、異物を呑み込んだ後のように、べしょっといくつかの塊を吐き出した。


「う……」

闇に呑み込まれたはずのアッシュ、ハウエル、そしてティーラーが、どろりとした液体からなんとか這い出し、ユークたちの傍へとやってきた。


 闇は蠢き続け、やがて最後に飲み込んだジョナサン・カーゼルの姿へと変化した。

「ジョナサン!」

「「隊長!」」

呼び声に応えて、彼は手を上げ、小さく頷きかけた。その顔が真ん中でピシッと二つにひび割れる。彼は内側から突き上げるように震え、その双眸からは涙が流れたと思えば、すぐに透明な色が、どす黒く濁り、左目を塗り潰していく。

 その唇が、声もなく動き、ユークはその動きを読んだ。


な・が・く・は・も・た・な・い。


「おい……ジョナサン、いや、おまえたちの隊長は、この化け物をくい止める気だ」

 それを聞いたフォルミナたちが、くしゃりと顔を歪めて涙を零す。

 そのあいだにも変化は続き、その体はぼこぼこと盛り上がり、蠢いていた。


やがて、振動が止まり……ミシリと背中を軋ませ、一対の腕が生える。


 ジュルルッ。


 泥の動くような音とともに、何本もの腕と、黒の触手がその体から伸びた。とっさに躱したユークの横を過ぎ、ずっと後方の木の幹を抉って元の体へ帰っていく。


 ジョナサン、いや、さっきまでジョナサンであったモノは、首を九〇度傾けると、続いて後ろの手を同時に伸ばし、上の方でカクンと折り曲がってユークを狙った。

「……無理だろ、これは」

 牽制と、毒が少しでも効いてくれることを祈り、ナイフを迫る腕へと叩きつける。

「ユーク、伏せて!」

 同時に、そのナイフ目がけて朱い稲妻が走った。いくつかの腕が巻き込まれてちぎれ飛ぶ。

「ぐ、ぐぁああっ」

 苦しそうにのたうちまわるジョナサンに追い打ちをかけるように雷光が包み込んだ。


 不確定な塊だった先ほどまでより、段違いで効いている。

「あたしを、嘗めるなッ」

 フレデリカは汗で頬に張りついた髪をどかしながら、吠えた。

「ユーク、たぶんもう保たない。使って、全部。最初から最後まで、活躍して見せるから」

力を使うときの副作用で、先ほどまで体を蝕んでいた激しい痛みが嘘のように消えている。


くったくのないフレデリカの笑顔。それを受けたユークの瞳に絶望の色が刹那よぎったが、次の瞬間には迷いなく頷いた。

「わかった。フレディ、力を貸してくれ」

 いつのまにかジョナサンの体からちぎれたはずの腕が再び生えていた。ちぎれ落ちた方はぐにょぐにょと形を変え、動き続けている。

「……私たちもいるんですけど」

 痛みを堪えたような表情のフォルミナが、まだ覚束ないティーラーに肩を貸しつつ、声をかけてくる。


 ほとんど絶望的な状況だが、それでも、かすかに希望はあるような気がするのは、なぜだろう。


 ユークはその答えを求めるように、変わり果てたジョナサンの中で、唯一変わらない凪いだ湖のような右目を振り仰いだ。

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