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ヴァルラウン  作者: TKミハル
作戦開始
29/34

3

大変お待たせしてすみません。


 ユークが書斎でサキに出会う少し前。イシューの家では、フレデリカがうろつくナタリーをなだめていた。

「大丈夫だって。ユークはこういうことに関しては玄人だし」

「でも、心配なんです……」

ナタリーがいたたまれずに窓を見ると、黒い鳥が横切るのが目に入った。

「あ」

「どうかした?」

「いえ、カラスがたくさん、こんなところに……」

 その台詞にフレデリカの表情が強張る。

「……まずい」

「え?」

 くやしそうに顔をしかめ、

「ジョナサンは、ある一定の動物を使役することができるの。すぐにカーテン閉めて」

 ガタンと席を立って、窓から外を窺う。真剣な表情でしばらくそうしていたが、ふいに、

「ちょっと入り口見てくる」

 そう言って立ち上がろうとするので、ナタリーはしがみつき、

「待ってください!ちゃんと安静にしていないと」

「ちょっと、違う違う!無理するわけじゃないから……ああもう!」

そう必死の覚悟で引きとめた。


「わかった、無理はしない。一緒に行こう」

 そう言って、フレデリカはナタリーと、正面玄関、勝手口、裏口をすべて見て、カラスがまわりを取り囲んでいるのを確認した。

「あちゃー、囲まれているね。きっとすぐに〈影〉の襲撃がくる。ユークたちのいない今、こんな好機を逃すはずないよ」

「と、とりあえずありったけの家具で塞げばなんとか・・・」

「……きつい。保つかな」

 ナタリーがフレデリカの腕をきゅっとつかむ。それを見て暁色の髪の女性は微笑んだ。

「罠を張るしかない、か」

 ごそごそと自分のポケットを探ると、束ねられたワイヤーを取り出した。


 それから二人は家具で正面玄関、裏口、勝手口のドアの前を塞ぎ、それが終わると、フレデリカはナタリーにワイヤーを渡す。

「さ、さっさと張らないと。いつ彼らが来るかもわからないし」

 ナタリーも慌てて手袋をしてからそれをつかみ、廊下、階段のあちこちに、蜘蛛の巣のように張りめぐらせていく。

 それからフレデリカは、全部の線を繋がるようにひとまとめに括って手元に持ってきた。

「これで終わり。さて、と。あたしは階段の上で待つからいいとして、ナタリーはどこに隠れる?」

「で、でも、フレデリカさんの体が……。わ、わたしも一緒に……」

 彼女の、薄茶の目が細まる。

「一緒にいると、あなたが死ぬ確率、ものすごく高くなるんだけど」

「え、あ、どうすれば」 

 ナタリーが泣き出しそうな表情になる。フレデリカはふっと表情を和らげて、

「大丈夫、特殊能力者は同族には甘いから。それに、あなたが人質にでも取られたらそれこそ大変だし。厨房にワインセラーがあったから、そこに隠れてて」

「は、はい!」

 ナタリーが厨房へ行くのを見送って、フレデリカはあらためてワイヤーの張り具合を確認した。

 それからにやりと好戦的な笑みを浮かべ、

「ぶっちゃけ、一人ならなんとでもなるんだよね」

 軽い調子で呟き、ワイヤーの元をしっかり掴んで階段の上で待つ。


 ドンッ、ドンッ。


 扉が叩かれ、それから中の様子を窺うような沈黙の後、メリメリと音を立てて壊され始めた。

消音とめくらましの結界が張られているのか、外の人間はまったく関わって来ない。

 やがて、バキッと硬質な音を立て、樫の扉が壊される。


 獣の手足、長い爪をしたハウエルと同時に、

「こんなもので防いだつもりか!」

叫びつつ、玄関から一足飛びに階段まで行こうとしたアッシュは、ワイヤーにからめとられ、フレデリカの雷を受けた。

「ガアアアアアッ」

 体から煙を出しながら、転がり落ちていく。


 ……派手だけれど、節約して気絶させるだけの電流しか流してないので、命に別状はないはず。


「ハウエル!アッシュ!」

安否を気遣う叫びとともに、ほぼ完全に破壊されたドアから、ジョナサン・カーゼルが入ってきた。

「〈影〉の隊長自らお出ましだなんて……冗談にしてもきっつ」

 フレデリカは吐き捨てるように言い、にじんだ汗で手元が狂わないようにしながらワイヤーを握り直す。


 ジョナサンはフレデリカに気づくと、まわりを見回して、ふむと頷いてから軽く手を振り、何事かを呟いた。低い低い旋律がその口から紡がれ、その途端、張ってあったワイヤーの一つが見る見るうちに赤く錆びついてボロボロになり、ふつり、と切れて落ちる。

近づくジョナサンの、さほど速くもない歩みに従い、蔓が萎びるようにはらりはらりとワイヤーが切れ落ちていく。


 フレデリカが慌てて手元を探ると、そこにもみるみる錆は広がって、ボロボロと手の中で崩れていった。

 

 直接雷を浴びせようと力をジョナサンに放るが、切れ切れになったワイヤーが避雷針代わりとなり、それも霧散してしまう。舌打ちをするフレデリカを尻目に、感電し、焦げてダメージが大きいハウエルたちを見下ろすと、

「あれほど……先行するなといったのに」

 もはやため息しか出ない様子で、一度しゃがんでハウエル、アッシュの二人を手早く癒し、フレデリカへ目を向けた。


 敵意のない、懐かしい眼差し。……でも。彼が、自由を望んだユークを、あんな風に、利用し仕立て上げた。


 もう一度気力を奮い起こし、ここはいったん逃げるしかない、と判断して身を翻そうとしたフレデリカに、ジョナサンは呼びかける。


「フレディ」

 ちらと振り返り、相手を睨みつけ、

「何?ちょっと、近づかないで!」

と手を構えて牽制するフレデリカに、ジョナサンはカツ、カツ、と規則正しい足音を刻んだ歩みを止め、階段下からフレデリカを仰ぎ見た。

「ここにはもう一人、少女が残っていたはずだが……どこへ行った?」

「さあ?それより、そこに転がってる人たちのことはいいの?」

 皮肉げに笑い答えるのにたいし、

「ああ。手加減してくれてありがとう」

そうなんの含みもない笑みを浮かべる。


 フレデリカは、その顔を殴りたい気持ちが沸き上がるのを必死で抑え、ついでに隙をみていつでも逃げ出せるよう、ジリジリと後ろへ下がりかけた。ジョナサンが階段を踏みしめるようにして一段、上がる。

 あと少しでも近づいたら、後ろの部屋へ。そう思った瞬間。

「ところで、書類なんだが……」

 いきなり尋ねられ、またしても気勢をそがれる形になった。


「燃やしたけど、それがどうかした?ていうかあんな危険なもん、残しとくな」

 イライラと答えぎょっとした。ジョナサンがいつのまにかすぐそばまで来ている!

 低い旋律が耳に届く。

 しまった、と思う暇もない。

「……眠れ」

 呪文をまともに受け、フレデリカの体がぐらりと傾ぐ。それを抱き留め、床に横たえてから、ジョナサンはアッシュとハウエルの傷を回復させると、フレデリカを運ぶよう指示してそのままイシューの家を出る。

「あ、そういえばもう一人はどうするんですか?」

アッシュが問えば、放っておけ、と即座に返事が返る。

「どのみち、人質は二人もいらないからな」

 その言葉に二人は素直に頷くと、ハウエルが気絶したフレデリカを抱えて馬車に乗り、アッシュが御者を担当して出発した。領主死亡の混乱に乗じて、町から脱出するために。


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