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すみません、今回短めです。※2021年5月に一部改稿しました。
陽が暮れる。……まるで、フレディの髪色のように、辺りが茜色に染まっていく。
「隊長……準備は整いました。彼らが例の場所を出るのと同時に、各自配置につきます。領主の兵と、少しアクシデントがあったようですが……決行が遅れるという可能性は?」
いつになく真剣な、ティーラーの言葉に、ジョナサンは最近ずっと胸元に入れている、例の薬を取り出し……ちゃぷり、と揺れる漆黒のマーブル模様が渦巻くのを見つめた。
心なしか色が薄いような……これは、こんな色だっただろうか。
「……隊長?」
「いや……なんでもない」
大事の前だ……思っているより、気が張っているのかも知れない。
「一応様子を窺ってはみるが……おそらく、来るだろう。フレデリカのあの状態では長くは保たず、イシューの力には限界がある」
今はひとまず、目の前のことを見据えなければ……。
間に合えばいいのだが、と、感じたわずかな違和感に蓋をし、まず目の前を‘影’に激励するため、ジョナサンはその場を離れた。
なんとか身を起こすまでにフレデリカが回復したが、
「で、どうするんじゃ」
「決行する。これ以上先伸ばしは危険だ。二人には留守番させ……この家に罠を仕掛ける」
「……ことが済んだら、絶対全部とっぱらってもらうぞ」
イシューの診療所に残る二人には、危険を感じたら、すぐここから逃げろ、戦うなんてするなと言い置いて、ユークはイシューと連れ立って、領主館へと向かった。
「一応説明をしておく。俺が領主を殺るから、館に入るのを確認したら、イシューは入口付近の小屋に火をつけてから、‘火事だ!!’と叫んですぐ逃げろ。犬は黙らせておく」
「まあ、言われなくてもそうするしかあるまい。年寄りに強行軍は無理じゃからな」
馬車と徒歩で丘の入り口まで上がり、近くの林の影に隠れてまわりの様子を窺うユークとイシュー。どちらも目立たないよう地味な濃い色の服に身を包んでいる。
「どうやってあの中に入るつもりじゃ。あそこには衛兵がおるぞ」
そう声を潜めてイシューが尋ねると、暗い夕闇の中、ユークは側面へまわり、石造りの壁につけておいた深い切れ込みを確認するとカバンから平たい鉄製の杭を取り出し、力を込めて差し込んだ。
ユークはそれを足掛かりに次々と杭を刺し、壁をよじ登って向こう側へ下りる。
イシューはその動きに感嘆しつつも見届けると、目立たないように用心しながら北門へ移動した。
しばらくして、北の格子門がキリキリと上がり、ユークがくいっと合図をした。
「門兵は」
「気絶させて縛り上げた」
「……半刻後、六の鐘が鳴る頃じゃな。わかった」
かなり無茶な作戦だとは思ったが、他に方法も思いつかず、イシューはユークの言うとおり物置小屋へと、壁沿いに向かい始めた。
だが、茂みを慎重に半ばまで進んだ辺りだろうか。小屋を目前に突然生い茂る蔦に足元を取られ、後ろに引きずり倒される。
なんとか悲鳴は押し殺すも、
「おや。老人がひとり」
「な、なんじゃおまえは」
慌てて蔦を焼き払い、降り立つイシューの前に、蜂蜜色の髪の青年が優雅におじぎをした。
「ティーラー・アスリルと申します。はて、あなたはなぜここにいるのか……」
「……」
無言で睨みつける老人に、ティーラーはふっと笑みを浮かべ、
「それじゃあ、体に訊くとしましょうか……若い女性じゃなくてとても残念ですが」
本当に残念そうに呟くと、彼のまわりでいくつも蔦がしなり、一斉にイシューへと襲いかかった。