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ヴァルラウン  作者: TKミハル
逃亡先にて
26/34

16

 次の日。ユークとイシューは領主館敷地内を下見に出かけ、ナタリーはなぜか念入りに化粧とかつらを施された後、同じく変装したフレデリカに連れ出されていた。

「ふ、フレデリカさん。……まずいですよ、これ」

「ナタリー、そんなカタいこと言わない!この機会を逃したら、もう次はないんだから。あんなとこにずっと閉じこもってたらおかしくなるって。あ、いい感じの店発見!」

 目ざとく女性用ブティックを見つけて寄っていくフレデリカに、ナタリーも戸惑いながらもついていく。

「ナタリー、可愛い系の服似合うわー。この若草色のブラウスいいじゃない?」

「ちょっとフリルが多くないですか?襟と袖、両方についてて」

「これがいいんじゃない。これにシンプルな上着とふわっとしたスカートを合わせると、最高!」

 とっかえひっかえ服を選び、久しぶりにショッピングを満喫して、店を出る頃にはナタリーの顔も晴れやかになっていた。

「ずいぶんたくさん買い込んじゃいましたね」

「でも、すっきりしたんじゃない?やっぱりたまには発散しないと」

 遅くなったから近道しようと路地裏にまわったとき、後ろから低い声が降ってきた。

「ここは通るな」

 振り向くと、茶色い髪の男性が立ってこちらを見つめている。

 ナタリーは驚きのあまり血の気が引いたが、彼はエリックの声でフレデリカに対し、

「で、気はすんだのか」

「ええ、もちろん」

問いかけに満足げに微笑んで、フレデリカ。

 彼は一度彼女を睨んだが、見回りらしき衛兵ががやがやと近づいてきたので、即座にそちらへ向かう。

 しばらくして、彼に、こんなところで何をしてる、と尋問する衛兵の声が聞こえてくる。

「今のはエリックさんですよね?」

「ずっとついてきてたよ。ほぼ最初から。さ、この隙に帰ろう」

「ええっ、ぜんぜん気づかなかった……」

 それから二人は目立たないよう急ぎながらも、レンガ通りまで辿りついたが、あと少しでイシューの家、というところで、フレデリカが足を止める。

「ナタリー、二人一緒に帰ると目立つから、まず先に行ってて。これ、合鍵ね。ちょっと時間を置いて、あたしも行くから」

「……わかりました。気をつけてくださいね」

「大丈夫!またね」

 フレデリカが笑いながら軽く手をあげるその姿が、とても自然に決まっていて、ナタリーは一瞬見惚れたが、早く!と急かす言葉に慌ててその場を後にする。


 残されたフレデリカは、木々に止まりこちらを窺うカラスへと狙いを定めて雷を放ち、バチバチッと火花を伴う命中と同時に地面へ落ちていくのを確認し、力を使った後の生命力の喪失感と戦いながらも、新手が来ないうちにとナタリーが向かった方へ走り出した。

 先に着き、フレデリカの帰りを今か今かと待っていたナタリーは、カンカン、という玄関のノッカーの音に、急いで扉を開けに行く。

「フレデリカさん、お帰りなさい。無事でよかった」

「うん……ちょっと疲れたかな」

 力なく入ってくるフレデリカの、大分向こうには、イシューと茶色い髪の男の姿もちらっと見えた。

「エリックさんとイシューさんも帰ってきたみたいですよ。……怒られる覚悟をしとかないと」

 そうナタリーが言って振り向くのと同時に、フレデリカが膝から崩れ落ち、ドサリと音を立てた。

「え」

 驚きながらも慌てて近寄り、抱き起こそうとして、その体が思いがけず冷たいのに気づく。

「……あれ?」

「どけ」

 扉を開けて入ってきたユークはすぐに状況を見て取ると、ナタリーを引き剥がし、フレデリカの服の上から胸に耳をあてて心音を確認するし、すぐに彼女の口へ布をあてがい鼻を押さえて息を吹き込んだ。何度か繰り返して顔を横へ向けると、コポッという小さな音とともに、血の塊が口から流れ出す。

「フレデリカさんッ」

「……そいつを抑えててくれ」

 茫然とした状態から我に帰り、駆けよろうとするナタリーを、ぬるま湯と清潔な布をユークに渡したイシューが押さえ込む。

「落ちつけ、ナタリー」

「どうして、どうしてこんな……」

 ユークは一度フレデリカの口を漱ぎ、素早く拭き取って人口呼吸を再開する。

 やがて、汗で化粧が流れ落ち、蒼白だったフレデリカの頬に、わずかだが赤味が戻り、ゆっくり息を吹き返した。ユークは彼女の呼吸が落ち着くのを待ち、汚れている顔を今度はゆっくり丁寧に拭っていく。

 半ば意識を失っているフレデリカの瞼からいつのまにか涙が溢れ、床へと零れ落ちていった。


 一階の診療部屋へと運び込まれたフレデリカは、意識がなかなか戻らなかった。

 やがて長く感じられた夜が明け、見守るナタリーは、不安になり口元に手をかざす。するとかすかに息が感じられ、ほっとして力を抜いた。


 まだ、彼女は生きている。


 フレデリカの熱と脈を計っていたイシューが、ふうっと安堵の息を吐いた。

「熱が多少あるが、脈は正常。このまま小康状態が続けばいいが」

「薬は?」

「効きが悪いのかもしれん。どちらにしろ、ここまできていては同じだな」

 苦渋に満ちたイシューに、ナタリーは自らの拳をぎゅっと握り締め、

「教えて、ください。彼女を苦しめているのは、いったい何の病気なんですか」

「……病気じゃない」

 ユークがそう吐き捨て、しばらくフレデリカの様子を見ていたかと思うと、バタンと扉の音をさせそのまま部屋から出ていく。

「イシューさん、病気じゃなければ何なんですか?どうしてフレデリカさんが」

「もう……隠し通すことはできんな。寿命なんじゃ。特殊能力者はその能力を使うため、自身の生命力と引き換えして、遅くとも二十〜三十歳までの間に命を落とす」

「え……だってフレデリカさん、あんなに元気だったじゃないですか」

「その兆候は前から現れていた。気づかせなかったのは、彼女の努力の賜物だな」

イシューは沈痛な表情でフレデリカを見やり、首を振った。


「そん、なことって……だって、そんな、でも、」

ナタリーは思わずフレデリカの手を握る。相変わらず、ひんやりと冷たい手を。

「彼女はできるだけ長く、隠しておきたいと言っていた。ナタリーに余計な心配させたくない、と」

「ユークさんは、このことを知っていたんですか?」

「おそらく。あの様子を見るに……」

 イシューがフレデリカの額の布を冷やし、もう一度乗せると、その瞼が震え、ゆっくりと開いた。

「フレデリカさん!」

 ほっとして笑顔になるナタリーに、

「ん〜……」

むくりと体を起こし、心配そうに覗き込む二人に驚きながら、

「どうしたの?あたしの部屋にいきなり入ってきて。って、あれ?ここどこ?」

「よ、よかった。もう目を覚まさないかと」

いきなり抱き締められて、

「あ〜、ひょっとして倒れた?しかも、この様子だと……例のこと、話しちゃったか」

戸惑いながらも、まいったねと頭をかくその姿はまったく普段と変わらず、ナタリーはまた涙があふれていくのを堪えきれなかった。


 フレデリカがイシューの方を向き、しばらく二人で話がしたいと言ったので、彼は後ろ髪を引かれるような気持ちだったが、一旦部屋を出る。

「フレデリカさん、フレデリカさん!私、心配したんですよ?もう起きないかとおもっ……て」

 しゃくり上げるナタリーの背中をさすりつつ、

「わかってる。ごめん」

「もう、ちゃんと、大丈夫ですよね?」

「なんというのか、こればっかりは、あたしにも……」

 フレデリカは気を抜くと力の制御が緩みそうになるのを堪えながら返事をした。自分自身の漏れた力に反応し、空気がパシッと音を立てる。


「どうし、て……」

 なかなか泣き止まないナタリーを宥めながら、しまった、イシューに残ってもらうべきだったか、なんて考えつつ、

「もうっ」

バシッとナタリーの額にでこピンを食らわせる。ポカンとなったその面白い表情に思わず笑い、

「もうストップ。ぐちゃぐちゃ悩まない!そんなことされてもうっとうしいだけだし」

「え、そんな」

 情けない表情をした彼女に、

「そんな顔しないの。何もすぐ死ぬってわけじゃないんだし」

「……強いんですね」

「うん。だって、こうやってそばにいてくれる人達がいるからね」

フレデリカはそう微笑んだ。



 玄関では、ユークが手持無沙汰そうに待合いの椅子に座っていた。

「彼女、意識が戻ったぞ」

「知ってる。ここまで聞こえてた」

「……いいのか、行かなくて」

「今はいい」

 何を考えているか掴めない表情のユーク。イシューはその向かい側に黙ってゆっくりと腰を下ろした。

「彼女は……フレデリカの体のことは、知っていたんじゃな」

「……ああ。昔、本人から聞いた」

 知りたくもなかったが、と、ユークが答える。

「そうか……。フレデリカがおまえさんのことを大切にしているのは、はたからでもよくわかる」

「知るか。あれほど身勝手な女もない」

 首を振って立ち上がり、

「もしフレデリカの容体が悪化するなら……夕方の決行は延期にする」

そう言い捨てて二階へと去っていった。


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