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ヴァルラウン  作者: TKミハル
逃亡先にて
23/34

13

 謹慎を言い渡されてから五日。未だ書類の手がかりは見つからず、〈影〉のメンバーにかなり焦りが生まれてきていた。


「例の書類の件だが、どうやら領主側にはまだ渡っていないようだ」

 全員を集めたジョナサンが報告すると、皆一様にほっとした表情になる。

「ティーラー、そちらの調査はどうだ?」

「まだ手がかりなしです。すみません……」

「そうか。いや、いい。万が一先に領主に見つかれば終わりだ。そうならないことを祈るしかない」

 幾分か痩せたジョナサンは、そう言うと目元に手をやって揉みほぐす。


 ざわつく〈影〉の面々の中から、ティーラーが静かにこちらに、

「隊長。《カラス》が持っている、という危険性はないのですか?」

「いや、それはないだろ。すべてオレらが奪ったはず」

即座に異論を唱えるサキ。

「ですが……僕たちは《カラス》についてどれほどのことを知っているでしょうか」

「そんなもん、知る必要ねえだろ」

 サキが言い捨てると、そちらを見て、

「そう。僕らは今まで、《カラス》を下っ端で、使い勝手の多少いい道具と決めつけていた。深く知る必要はない、と。しかし現実に、アッシュを瀕死状態に陥れ、見事に逃げ失せ、未だ領主にもしっぽを掴ませていない。……少なくとも《カラス》が馬鹿じゃないのは確か。だとしたら、もっと早くに、彼を知り、対策を練るべきだった」

 ティーラーは今度は、一人苦い表情をしているジョナサンに向き直る。

「隊長、僕らはこれまでは聞く耳を持たなかったかもしれない。けれど、今知る必要があると感じるんです。それによってこの状況の打開策が得られるかもしれない。教えてください」

 誰もが固唾を呑んで、ジョナサンの次の言葉を待っている。そして、ジョナサンはひどく言いにくそうに、その口を開いた。


「《カラス》は、〈影〉の後始末係だ。それ以上でも、以下でもない」

「それはわかります。ですが―――――」

 さらに問いかけるティーラーを手で制し、ジョナサンは視線を落として指を組み合わせた。

「いや、本当にそれだけなんだ。……彼は、もともと領主が、メイドに手をつけてできた、子どもだった」

「なっ……?」

 ティーラーだけでなくその場にいた全員に、驚愕が走る。

「当時、領主はとても危うい立場で、それが知られたら失脚する可能性もあった。それゆえ、〈影〉の一人にその子どもの始末を命じた。……だが、命じられた方は、処分する段になって、こう考えた。手足となって動ける普通の人間が〈影〉に必要だと。その男は素知らぬふりで子どもを自分の手元に置き、教育を施した。〈影〉の手の届きにくい仕事を一手に片付けられるように、な。それが《カラス》だ」

 まわりは皆黙り込み、静かにジョナサンの話を聞いている。


 ジョナサンがその存在に気づいた時には、すでにユークはその役割を少しずつ請け負っていた。まだ八歳でしかなかったというのに。

「何だ。始めからおれたちの飼い犬だったんだ」

 サキが呟き、〈影〉を統べる男の表情に苦いものが走る。

「《カラス》の居所については、だいたい調べがついている」

「じゃあ、すぐにでも……」

「駄目だ」

 フォルミナの言葉に首を振り、

「ある特殊能力者と一緒に行動してる。彼女は‘雷’を操る。おそらく、この場の誰よりも強い」

「……」

 意気消沈した彼らを見やり、

「《カラス》については、私に考えがある」

「いったいどうするつもりですか」

 他の気持ちを代表して問いかけたティーラーに、苦く笑い、

「まだはっきりとした形にはなってないが……≪カラス≫を利用する。領主との確執も解決する必要があるしな。これから、大まかな流れを話す」

「わかりました」

 ジョナサンは皆がこちらを真剣に見つめて次の言葉を待っているのに頷き返し、その計画を話し始めた。



 その日の夕方、フレデリカは窓際に腰かけながらうとうとと、微睡んでいた。


『あなたの願い、あたしが叶えてあげる。その代わり、二つのことを守って』

 そうユークに約束したのは……いつだったのだろうか。そして……その約束の、意味が変わってしまったのは。


 ギシギシと何かが軋む音に、はっ、とフレデリカは目を覚ました。

(あれ……どうしたんだっけ)

 なぜ自分は絨毯の上で寝転がっているのだろう?

 見上げると窓の横に、少年が座り、ぼんやりと外を眺めていた。身動きすれば、彼は、ユークは、闇の中で暗い髪色と瞳をしてこちらへと向き直る。

 ああ、これは夢だ、と、彼女はすぐに悟る。過去の出来事を、夢として見ているのだと。

 ユークの出会いは、フレデリカが優しかった養父母を亡くしてすぐ、珍しくジョナサン・カーズウェルが訪ねてきたことに始まった。

『……頼む。彼を救ってくれ』 

 自暴自棄の生活を送っていた時。こちらも憔悴した様子のカーゼルが連れてきたのは平凡な少年だった。焦げ茶の髪はぼさぼさ、服も擦り切れてはいるが、その深緑の瞳は鋭く光を放っていて、

『おれ、こんなブスに預けられるのかよ?』

『誰がブスよ、この餓鬼』

 最初はただのカーゼルのおせっかいだと思った。生きる目的を見失った、自分のよすがとして与えられたと。

彼は口は悪いが、どこにでもいる普通の少年。ここに預ける必要性などない。

 それでも最低限の面倒を見ているうちに、彼はだんだん打ち解けてきて、たまに笑顔も見せるようになった。そう、思い込んでいた。

『……起きたのか』

 少年がこちらを向く。硝子のように、まったく何の感情も読み取れない眼差しがフレデリカを凍りつかせた。

 ギシギシ、ギシギシ。音が聞こえる。斜め上には衣装ダンス。フックと紐で固定され、こちらに傾いている。紐が繋がる先は少年の手元にあり、手には小さなナイフ。


すべては……そう、すべては、あたしを油断させるための演技。


『ジョナサンは何を考えているんだ……おれを監視するつもりか』

 ため息のようにこぼしたその口調には、かすかに苛立ちがあった。

『あ、たしを……殺すの?』

 フレデリカは自分の口から出た言葉に舌打ちしたくなった。なんて陳腐な台詞。


 少年は答えない。黙って冷めた目をこちらに向けるだけだ。……その温度のなさに、ぞっ、とする。


『待、って。これからどうするつもり?』

『さあ。とにかく……ここから、出たい』

 少年はまた窓の外を眺めた。焦がれるような眼差しで。

『……賭けをしない?』

『賭け?』

『今、状況はそっちに有利だけど……もしあたしが一発逆転で勝ったら、あなたはあたしの言うことを聞く』

『……受けてもいい。どうせ、』

 そこで言葉を切った彼は、ユークは、心底つまらなそうだった。あたしが勝てるわけないと思っているのだろう。

『さよなら』

 彼が言葉と同時に紐を切るより一瞬早く。絨毯の上を朱い光が走り、その体に襲いかかる。眩むような閃光。そしてーーーー。


 はっ、とフレデリカは目を覚ました。ここは……イシューの家の、二階の客室。


 あれからもいろいろあったんだよなあ……とフレデリカは苦笑する。


あの時賭けに勝ち、強引に押しつけた九年前の約束は、どんな手を使ってでも生き延びること、そして、なるべく殺さないこと。


〈影〉の後始末係としてのみ生きていた彼の、その価値観を真っ向から否定するような約束だったけれど……これまで、ユークはずっと守ってくれていた。


 彼の願いはまだ、叶っていない。


あれほど町の外へ出ることを切望していたユークが、まだこの町にいるのは……あたしと、ジョナサン・カーゼルが、いるから。


 そしてあたしは……守りたい、との思いは変化して、今では自分の願いのために、彼を利用している。


 フレデリカは苦い思いを噛み締めながら、だるく重い体を動かし、階下へと下りていった。

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