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ヴァルラウン  作者: TKミハル
掃除屋‘カラス’
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2


「隊長が、例の一件を‘カラス’に一任した」

「馬鹿な。あれがどれほど重要なものか……よりによってただの人間に任せるとは」

ざらついた男の声と、ギリギリと歯ぎしりが響く。

「…………隊長にも、何か考えがあるんだよ、きっと。僕たちが人に紛れ、探ることはできないから」

「その娘を吊るし上げ、吐かせる。単純なことじゃないか」

まったく同じ声がやりとりを交わす。

「‘影’は‘影’。……僕たちは目立ってはいけない、と」

「フン。そんな生っちょろいことを言ってる場合なのかよ。‘カラス’も俺たちとは違う。アレ、の中身を知れば……」

「そんなのどうなるかなんて、わからないじゃないか。待とう。隊長を、信じようよ」

「…………」

「……そう、長くは待てない」

幼さの残る声は、誰も足を踏み入れない永久凍土の響きを滲ませ、ぽつりと闇に落ちた。






 厳しい寒さも過ぎ去り二週間後。フォルグ町大通りの商店街はいつにもまして人でごった返していた。暖かな日差しに、道行く人の足取りはみな一様に軽い。


 そんなまわりとは裏腹に浮かない顔で通りを歩いていたナタリーは、パーラーの前で佇む待ち合わせ相手を見つけ、慌てて駆け寄った。

「エリックさん、遅れちゃってごめんなさい」

「大丈夫、そんなに待ってないよ。席がとってあるから、中へ入ろう」

 穏やかに笑う金髪の彼に、ナタリーは笑顔を返しつつ、軽く乱れた呼吸と栗色の髪を整える。

「ここはパンがお勧めだったっけ?」

「そうなんですよ。いつ来ても暖かいのを出してくれるんです。また、チーズをつけ放題ってところも魅力ですよね」

「熱々のライ麦パンとチーズか……この客の多さも頷けるね」

 テーブルについてウェイトレスを呼び、二人分のランチを注文する。


「客といえば……私の店、今ちょっとピンチなんですよ」

「え、どうかしたの?」

「実は、昨日長くいた人がやめていっちゃって、明日から叔母さんと二人だけなんです」

「大変じゃないか。あ、まさか相談って……」

「いえ、それとは違うんですけど。……あの、エリックさんは普段、人の視線が気になることってありますか?」

「いや、あんまり。なぜ?」

 あっさり答えた彼に対し、少女は言いにくそうにしながら、

「ここ数日誰かに見られている気がするんですよ。他の人と一緒にいる時はまだいいんですが、一人になると視線を感じたり、後をつけられているような気配がしたり」 

「それは自警団に届けるべきなんじゃないか?近くを見回ってくれって」

「それが、春先は忙しいらしく、手がまわせないと断られました」

 その時のことを思い出したのか、ナタリーは何のための自警団なんだか、とぼそぼそと呟く。


「まだ襲われたり、お金が盗まれたりとかはないんですけど」

 エリックは少女を気遣うように見つめ、

「そうだな。まずなるべく一人で出歩かないようにした方がいい」

「ええ、それをエリックさんにお願いしたいんです」

 ナタリーは青年に祈らんばかりにしながら、

「前に、仕事が決まるまで日中は空いてるって話、してましたよね?」

「まあ、そうなんだけど」

 エリックは言葉をにごして、運ばれてきた香草茶を一口飲んだ。短い金髪の隙間からちらりと耳元の痣が覗く。

「大丈夫です、ただの見回りですから。ほら、うちって小さな店だから男の人がいないでしょ?女友だちにこんなことは頼めないし、店を切り盛りしている叔母は、どうせたいしたことないっていってるばかりだし。エリックさんしかいないんです。朝から夕方までで、一週間。お礼はちゃんとしますから」

 必死に言い募るナタリーに、エリックは困ったように頭に手をやった。

「……あまり自信ないな」

「何いってんですか。今までのエリックさんのアドバイスだって、すごく役に立ったんですよ?頼りにしてますから」

「まだ解決できると決まってないよ」

「でも、すごく心強いです。それで、お礼は」

「わかった。これから一週間、ランチはおごり、ってことで」

「え、それだけでいいんですか?」

 遠慮しつつも嬉しそうなナタリーに青年は頷いた。

「いいよ。ただし、ここより高いところにするから」

「ええと……ほどほどでお願いします……」


 そんな話をしつつ昼食を終え、支払いを済ませて店を出ると、冷たい風が吹きつけてくる。それに思わず首をすくめたエリックは、ふと視線を感じ、ごく自然な動作で道の向こう側を見やった。


 背の高い、痩せた男がすっと目をそらし、人混みに紛れていく。

「どうかしたんですか?」

 コートの襟をきつく寄せ、ボタンをしっかり止めたナタリーが心配気に見上げてくる。 

「いや、何でもない……」

 首を振ってナタリーを促すと、彼女の仕事場へと一緒に向かう。その途中ではもう、誰かが尾けてくる様子はなかった。

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