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ヴァルラウン  作者: TKミハル
逃亡先にて
17/34

7

 落ち着いた色合いの調度品が暖かな雰囲気をかもし出す玄関には、待つ人のための椅子とテーブルがあり、本棚が置かれている。

 そこから一冊手に取ったところで、近くの時計台からリンゴン、リンゴーンと大きく正午の鐘が鳴り、

「おはよ〜」

フレデリカが、のんびり階段を降りてきた。 

「もうお昼ですよ。今までずっと寝てたんですか?」

 ナタリーが尋ねると、起き抜けっぽいわりにはきっちり化粧を済ませている目元を押さえ、

「いや〜昨夜あんまり眠れなくってさー。まだ頭がぼうっとするわ〜。あたしの食べる分、残ってる?」

「一応残ってますけど……もうちょっと、早く起きましょうよ」

「だってどうせ、特にすることもないと思って」

 フレデリカは厨房へ向かい、そのままそこで食事をしたのかだいぶ経ってから再び戻ってきた。

 それから勝手知ったる他人の家、とばかりに飾り棚を見て、

「あ、こんなところにあった」

中からラベルのない瓶を取り出し、グラスに注ぐ。

「……何ですかそれ」

 どこかで嗅いだような匂いがかすかにして、青緑とオレンジ色の液体が中で渦を巻いている。

「ダイエットにピッタリ!イシュー特製の健康ドリンクだって。体にいいらしいけど、飲む?」

「絶対に飲みません」

 激しく首を振ったナタリーの前で、フレデリカはその液体をコップに注ぎいれ、一息に飲み干した。

「にっがー。この味がクセになる、には相当掛かるかな」

「飲まなきゃいいじゃないですか」

「そういう訳には……この美しい体を保つため!」

「商品の宣伝やってるんじゃないんだから」

 飲み終えたフレデリカは、キュッキュッと瓶の栓を閉めて元の場所へ戻し、またソファへ腰かけた。


 そのまま何をするでもなくぼーっとしているので、仕方なくナタリーから話しかけた。

「あの、フレデリカさん。……フレデリカさ〜ん、起きてますか?訊きたいことがあるんですけど」

「ん〜、何?」

「あの、どうして私を助けたりしたんですか」

「えっ?」

 フレデリカが驚いたようにナタリーを見る。

「本当はここに連れてくる必要なんてない……危険も増えたかもしれないのに」

「ま、そうかもしれないけど……。でもま、大丈夫かなって」

「あなたって、変な人ですね……」

 ナタリーが思わず呟くと、

「うわ、ひっどいな。命の恩人に対して。あとその敬語もやめようよ。どうも落ち着かない」

そう言いながら、横を向いてあくびを噛み殺し、んー、と大きく伸びをした。

「あと、もう一つ質問なん、ですけれども」

「あーうん、この際だからまとめてしちゃってしちゃって」

「フレデリカさんって、エリックさんと仲がいいですよね。彼とはいったいどういう関係なんですか?」

「え、いきなりそれ?」

「いえ、なんかその……気になって」

「とりあえず、恋人同士ってわけじゃあないから」

「えー……」

 ナタリーはいまいち納得できないような様子でいたが、

「じゃあ、それは保留にします。で、今度はエリックさんの性格とかを教えてほしいんですけど……」

「……そんなに信用できないかな。まあ、一言でいうと、不器用だよね、こういろいろ」

「ぜんっぜんそんな風に見えないんですけど。あと、どこをどうとったら信頼できるっていうんですか」

笑うフレデリカにふうっと息を吐き、じっとりと睨みつける。

「ま、まあそれはとにかく、ここで問題起こしたら自分の首を絞めるようなものだから大丈夫だって。特に情報収集が必要な今は、何よりも拠点が欲しいはず」

「……」

「それに、あたしがここにいる限りは大丈夫!」

 ぱちっとウインクまでしてみせる彼女に、ナタリーは思わず、

「やっぱりそういう関係なんじゃ……」

「そういう関係ってね……言っとくけど、恋人とかじゃないから。家族みたいなもん。そんなことより、もう一度食材しっかりチェックしにいかない?かなり少なそうだし」

 まだ納得できたわけではなかったが、フレデリカがもう終わりとばかりに立ち上がり部屋を出ようとしたので、しぶしぶナタリーも話を打ち切り、一緒に行くことにした。


 一度イシューに断りを入れ、二人で倉庫、そして厨房を見てまわると、倉庫の棚に石のように硬くなったパンと、干し肉やピクルスが四、五人前あるだけで、一週間どころか三日と保ちそうにない。

 仕事に一段落ついたイシューも後からやって来て、二人の手元にある食材リストを見て顔をしかめる。

「思ったより少なかったな」

「ダメだよ〜お手伝いさんに任せっきりじゃ」

「いやいや、わしのような老人には充分過ぎる量なんだがなぁ」

「あれ、イシューさん、調べ物は?スクラップがどうとかって」

「それがな、過去の記事から領主のことが何かわかるかと思ったんじゃが……あまり成果は得られんかった。ニ十年ほど前に、盗賊の討伐を一気に行ったとかで、その地位は急速に向上していったらしいことぐらいか」

「ああ、そこで特殊能力者を《影》という裏の組織として保護しろって契約したんだよ。力を貸すのと引き換えにね。当時三人しかいなかったメンバーも新しいのに入れ代わって、隊長であるカーゼル以外残っちゃいないけど」

「……ジョナサン・カーズウェルか。ずっと以前、一度だけ会ったことがある。結局、なんの力にもなれんかったがな」

 イシューが苦しいような、複雑な顔をした。

 そう二人が話している横で水瓶の中を覗き込んでいたナタリーがためらいがちに、

「あの、すみませんが……水も残りがほとんどないようなんです……」

「うわ、ほんと?井戸まで結構距離あるし、イシューじゃきついよ。ユークに頼むしか」

「おれがどうかしたか?」

 いきなりガチャリと厨房の扉が開き、ナタリーは跳ねそうなくらい驚いた。

 エリックが枯れ草色の上着とズボンの地味な服装で顔を出し、フレデリカが振り返って声をかける。

「あ、ちょうどよかった。水が足りないから汲んできて。ついでに食材もお願い。こっちは今日中でいいから」

「ひょっとして、たった今気づいたとかいうんじゃないだろうな」

 いや〜まさか……と笑ってごまかすフレデリカを軽く睨み、

「もういい。これを頼む」

と大きい袋を床に置き、部屋の隅のバケツを手に取った。

「あ、服ね。ありがと」

 中身を確認して、フレデリカが礼を言う。彼のその、生活能力に溢れた手際のよさに、イシューは思わず、

「フレデリカ。彼は〈影〉の元で……下働きもしていたのか?」

「あー、それとは関係ない。昔、一緒に住んでたとき、料理と掃除は全部任せてたからかな。すっかり生活力がついちゃって……」

「「なるほど」」

 イシューばかりかナタリーも納得して、エリックを気の毒そうに見やると、彼はその視線をうるさそうに払ってさっさと出て行った。

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