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ヴァルラウン  作者: TKミハル
逃亡先にて
16/34

6

次の朝、陽が昇る前に起きてエリックに扮したユークは、イシューに声をかけ家を出ると、かつらを茶色に変え、さらに薄汚れた失業中の田舎者っぽく変装して街道を歩き始める。

 向かう先は領主の館。うまくすれば下働きとして潜り込めるかもしれない。

 兵士や自警団をやりすごしながら小高い丘にある領主の館の敷地付近までくると、ぐるりと高い石の壁がそびえ、正門には門番が二人、油断なく辺りを警戒していた。

 門は二つあり、西の正門から北の通用門へ移動すると、そちらはちょうど食料を積んだ荷車が入ったところだった。

 ジャラララと鎖が下がる音がして、門に設置された鉄格子が下ろされる。

 それを見届け、ユークは細心の注意を払いつつ周辺の壁の造りなどをチェックしていたが、やがて馬に引かせた荷車が再び戻ってくると、後を尾け始めた。


 その頃、イシューの家では、寝坊したナタリーが慌てて着替えをすませ、階段を下りてサロンの隣のリビングへ向かっていた。

急いで中へ入ると食卓のイシューが香草茶を片手に、おはようと言ってきたので、

「おはようございます。あれ、他の人たちはどこへ?」

「エリックという青年なら、領主の動きを探ってくると出掛けて行ったよ。夕方には戻る、とな」

「フレデリカさんは?」

「まだ下りて来てはおらんよ。昨夜、大分遅くまで起きておったようじゃった」

「そうですか……」

イシューがカップを出してもう一人分お茶を注ぐ。

「そちらもあまり眠れんかったようじゃの。まあ、事情が事情だけに仕方ないとは思うが」

「そうなんです。なんだかいろいろ考えてしまって……。私、本当に無事に帰れるんですよね?知らないうちに口封じに殺されたりしないですよね?」

「まあそれはないじゃろう。もしそれをするなら、わしのところへ連れてきたりはせんよ」

 穏やかに言って立ち上がり、木いちごジャムと堅焼きビスケットを棚から取り出して添えた。


「どうぞ。気分を落ち着かせるためには、甘いものが一番いい」

「ありがとうございます。……どうして特殊能力者なんてものが、いるんでしょうか」

「それは、わからんな。きっと彼らに関わった誰しもが思う疑問だろうよ」

 イシューは首を振りつつ、

「わしは、あの青年が気になるのだがなあ。特殊能力者の元で働いていた、という事実が信じられん。あちら側の拒絶は必至だろうに」

「え、でも、それをいうならイシューさんの仕事も同じなんじゃ」

「もちろんだ。だから、わしら組織のものは、幼子を保護し、彼らに立場や力の使い方を教えることが主になる。育った者はほとんどが過酷な環境におかれていたせいで、とても手がつけられなくてな。これまでのところ、大規模な暴走は起きてはおらんが、もしそれが起これば特殊能力者がいっそう危険視されることは間違いない」

「……そんな人たち相手に、私たち無事でいられるんでしょうか」

「君は出会わないよう気を配り、やりすごす努力をしてくれ。まあ、こっちには幸い、フレデリカがおるから対策は練れる」

「イシューさんの力は?」

 ナタリーの問いかけに、彼は苦く笑い、服の袖を引き下げる。その右の手首には一風変わった茶色の腕輪があった。

「その腕輪はいったい……?」

「これは組織での身分証だな。例の力の発動体も兼ねている」

「発動体?これがないとあの力、使えないんですか?」

「使えないわけじゃないが、半分以下になってしまうな。ほら、こうやって溶接して取れないようにしてある」

「はあ……」

「この色は階級を現していて、本人のレベルに合わせて色彩が変化していく。……若い頃は、腕輪の色が変わらないことに、随分悩んだものじゃったが」

と、そう苦笑する。


イシューは上着の袖を元に戻し、

「今おまえさんに見せたように、わしの位は茶の最低ランク。炎を少々操ることしかできん」

「じゃ、じゃあ、組織の他の人とかは」

「この町におるのはもう一人。今は〈影〉の隊長をやっているな。だいぶ前に考えがすれ違ったまま、疎遠になり、わしもしばらくはあちこちを巡ったが、それでも気になってな……」

こうして戻ってきてしまった、とイシューは苦く呟く。

「少なくないですか!?特殊能力者はあんなにいるのに!」

「……すまん」

気まずそうなイシューに、ナタリーが呻いた。


「なんでそんな少ないんですか……」

 老人はふいっと目をそらし、

「この国ではわしらの力は異端扱いだから、多くの者が来たがらんのだよ。特殊能力者を守る、と組織が目的を掲げてはいるが、形骸化は著しく、危険を冒してまでこちらに来ようとはせん。来るとすれば、よっぽどの気概がある者か……わしみたいなはぐれ者か、じゃな」

「じゃあつまり、他の助けは望めない、ってことですね」

頷くイシューにナタリーはふ、と息を吐いた。


「まあ、ここにあるものは自由に使ってかまわんから。……あのエリックとかいう青年に任せるしかないのが歯がゆいが」

「一緒に働いていた時はなんていうかこう、明るくて、面倒見がよくて、優しい人だったので……今とは別人ですが、なんとかしてくれると思いたいです」

「優しいだけの人間では、特殊能力者と付き合うことは到底できん。領主側は血眼になって君たちを探しておる。もし彼が完全なる味方というならば多少なりとも心強いが……」

 イシューは首を振りつつ席を立ち、調べ物をしてくる、と二階の書斎へ上がったので、ナタリーは家の中を見て回ることにした。

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