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ヴァルラウン  作者: TKミハル
逃亡先にて
15/34

5

お待たせしました。

 〈影〉たちが会議をしていたのとほぼ同時刻。イシューの家では、皆が早々に割り当ての部屋に引き取り、思い思いの時間を過ごしていた。

 不安で落ち着かないナタリー。少しでも使える特殊能力者の資料が残っていないか自分の書斎に籠もるイシュー。

 そんな二人とは裏腹にフレデリカは、そんなもん考えてもしょうがないと、割り当てられた部屋のベッドで寝転がり、のんびりとくつろいでいた。

 すでに玄関に置かれた本棚もチェック済みで、好みの本を何冊か持ってくるところは抜かりない。

 さっそく本を読もうかどうしようかと迷っていると、ドアの外から控えめなノックの音が届いた。

「フレディ。話したいことがある」

「待って、今開ける……」

 彼女が立ち上がる前にカチャリと音をさせて内鍵を開け、エリックに扮したユークが入ってくる。

「わざわざ解錠しなくても。待てばいいじゃない」

 ぼやきながら、フレデリカは起き上がり、ざっと身なりをチェックしていると、彼は音を立ててドアを閉め、鍵をかけ直した。

 一般に習わしとして、未婚の男女が一緒の部屋にいる時は恋人同士や夫婦でもない限り開けておく、というのがある。

 かつらを取り、焦げ茶の髪をほどくユークを眺めつつ、ナタリーたちに勘違いされないといいけど、とちらっと考え、

「これを見てくれ」

慌てて彼が差し出したものを見た。

「ただのリボンに見えるけど」

「例のプレゼントだ。……ここを」

 ユークがほつれたリボンの内側から、全く同じ色合いの布を取り出すと、フレデリカは目を細める。

「これ……。ユークさ、ナタリー宛の手紙の内容って覚えてる?」

「『ナタリーへ。一七歳の誕生日おめでとう。今まで、おまえにはなにもしてやれず、本当にすまないと思っている。これは、せめてもの私の気持ちだ。使ってくれ。大切にしてほしい。あと、この手紙は決して燃やしてはいけない。デュロイ・クラスト』だったはず」

「大切にしてほしい、か。これだったら、大切に使っていても、いつかはリボンの限界が来て、手に入れられる、か。なるほどね」

「ああ。きっと頭のいい奴だったんだろうな。で、一緒に入ってた手紙は一枚があぶり出しで、それには場所が書いてあったらしい」

「ってことは……」

「考えられるのは、三つ。その一、二つ揃って初めて役に立つ。その二、手紙かリボンのどちらかが囮。その三、どちらにあるのも本物」

「その布、ユークから見て、どうだった?」

「……これは何かの調合書らしいのはわかったんだが、記号が多く使われていて解読は難しかった」

「こういうの、作り出した本人でしか分からないようにしてあるんだよね。まあ、本命は麻薬、対抗で意外とありがちな不老不死の薬ってとこか。うわ〜ビッシリ色抜きしてある」

 こういう細かいの苦手なんだけど、と毛虫を見るような嫌そうな顔で布に白抜きされた字を追っていたフレデリカは、突然その動きを止めた。

「あ、これあたしだ」

「は?……いや、文字を潰した跡にしか見えないんだが」

「いや違うって。これ太陽だからね?昔、十歳だったころ太陽から光がたくさん出てきてるところをイメージした絵にそっくり……って、ちょっと待って」

 たぶんこれはジェイク、ハウエル、アッシュ、フォルミナ、文字と数字の羅列の合間を追い続けるその顔が、だんだんと歪む。

「……体液の精製と、保存方法。薬と調合の仕方。ジョナサン・カーゼルの馬鹿やろう」

やがて読み終えた彼女は、クシャッとリボンを握り締めた。

「どおりで見覚えがあると思った。……これ、カーゼルが昔作った、人間を特殊能力者に変える薬の、その調合だよ。試作品も作っていろいろ成分を研究して……その真逆の、特殊能力者を人間に変える薬を作るために。処分したと思ってたのに」

「領主の書類じゃないのか」

 フレデリカは小さく首を振り、

「カーゼルは、あたしたちの境遇をどうにかできないかといろいろやってて、そのうちの一つが、特殊能力者を人間に変える方法の研究」

「……でも、それは」

「そう。今まで誰一人として成功した者はいない。そしてあいつもわりと早々に挫折したんだけど、その過程で生まれたのがこの薬。これがあれば、人間を特殊能力者に変えることができる。まあ、できちゃった、ってヤツ?」

そう沈んだ声で呟いた。

「だが、そんなものが出回れば」

「大惨事、だけど、うまく使うとすごくお金になる。権力者によっては喉から手が出るほどほしいんじゃない?」

「……」

「とても試せたものじゃなかったし、書類もてっきり処分したと思ったんだけど……。残しておくなんて」

 フレデリカのその薄茶の瞳には怒りがちらついている。

 ユークは自分の中の情報を整理するように目を閉じた 

「薬か。フレディ、ジョナサンは、イシューと同じ組織にいたのか?」

「あ、うん……。ごめん。あまり深入りして欲しくなくて、黙ってた。カーゼルが得意とするのは、生き物の成長と抑制、という補助系だから、直接何か仕掛けて来たりはしないと思うけど。……ただ、リリアンは使ってくるかもしれない」

「なるほどな。これで疑問がひとつ解けた。それで、〈影〉の隊長か。イシューとナタリーに、カラスには注意するよう言っておかないと」

「それはやるから。あと、コレなんだけど」

 フレデリカがランプの蓋を持ち上げ、手に持っていた布切れを中へ入れると、瞬くまに火が包んで黒っぽい灰へと変えていく。

「……これまでの苦労灰の山、か」

 呟くユークをじっと見つめたフレデリカは小さく首を振って、こめかみをトントンと指で叩いてため息を吐き、問いかけた。

「それで。ユークは、どうするの?」

「…………どうしようか」

 深夜。窓の外の闇は、深い。

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