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ヴァルラウン  作者: TKミハル
逃亡先にて
13/34

3

「おれは、領主の隠密部隊〈影〉の下っ端だ。……領主の書類を捜すために盗んだ男の娘ナタリー、つまりそこの彼女に近付いた」

「えっ……」

「だが、調べていくうちナタリーは書類はおろか父親のことさえほとんど知らないとわかり、調査は行き詰まった。

「領主の私兵や〈影〉の連中の一部に邪魔をされながらも、やっとナタリーへの誕生日プレゼントの中にあるらしいとわかったが、そのプレゼントの箱を開け、手紙とリボンを取り出したところで、親衛隊の二人によって正体がばらされ、それから手紙を〈影〉に横取りされたあげく、殺されかかるはめに……」

「情けないな〜」

「うるさい。とにかく、〈影〉を裏切ることになったから逃げてきたんだ」

 話し終えると、彼は疲れたように椅子の背にもたれ込んだ。


「予想はしていたが、まさか領主が相手とはな……」

 肩を落とすイシューに、もう泣き出しそうな表情のナタリー。


 それらを横目に、フレデリカが金髪の彼に問いかける。

「で、これからどうしよっか?」

「おれに訊いてどうする」

「それもそっか。と、いうわけでイシュー。ごめん、匿って」

「最初からそのつもりでここへ来たんじゃろが」

 イシューがため息交じりに首を振る。

「イシューの組織て特殊能力者を可能な限り保護するってなってるじゃない」

「こんな……厳しい状況で持ってきおってよく言えるの」

 老人は苦々しくこめかみを揉んでいたが、低く唸るように、

「わかった引き受けよう。二階の客室が空いておるから、使うといいじゃろう」

「あの……それで私は……」

ナタリーの弱々しい声に、フレデリカはバツが悪そうになり、

「領主とか〈影〉とかに見つかると非常にまずいから、ここにいるしかないんじゃないかな」

「そ、そんなっ。勝手に連れてきて、戻れないなんてひどいじゃないですか!家に帰して。もう帰りたいっ」

 限界を超え、少女の潤んだ瞳はついに決壊した。傍にきたイシューが落ち着かせようと背中に手を当てる。


 その様子に、エリック青年がため息を吐き、

「わかった。一週間以内に、何とかする。一週間だけ我慢してくれ」

「……本当に、本当にそれだけなんですね?一週間立ったらちゃんと無事に帰してくださいっ」

必死に懇願するナタリー。

 フレデリカは難しい表情で彼を見た。

「どうする気?」

「書類探索の命令を出しているのは領主だ。何とかして、手配を解除してもらう」

「言うのは簡単だがな……」

呻くイシューの肩をフレデリカがポンポンと叩く。


「だいじょーぶ。なんとかなるって」

「楽観主義はかまわんが……。まず、食事と衣類という一番の問題を、早急に解決せねばならん。このままじゃ夕食もろくに食えん」

「服はいいとして、食材もないの?」

「家政婦が娘の出産で実家に帰ってしまっていてな。在庫も少ないし、作り手もいない」

「そういえばそだね。いや〜いなくてよかったよ」

気楽に笑うフレデリカを呆れたように見て、

「……簡単なものならわしもなんとか作れるが」

「おっ、いいね〜。まあでも、隠れ家的生活その他、必要なものはできる限り何とかするよ」

そこで彼女はにやっと笑い、

「あいつが」

と金髪の青年を指差した。


「おい、おれがやるのか?」

「頼りにしてるんだから」

「押しつけてるだけじゃないか」

 呆れたように返事をする彼に、

「え、彼に任せるんですか」

「正体不明の男に頼るのは非常に抵抗を感じるが……やむ終えんだろうな」

ナタリーが異議を唱え、イシューが肩を落とす。


「他に変装とか隠密とか得意な人いないじゃない。そりゃイシューは顔知られてないけど、突然物を大量に買い込んだら怪しまれるよ」

「そうじゃな……彼、エリックを信用する以外にない。よろしく頼む」

 イシューが差し出した右手に、彼は半瞬、気づくか気づかないか、といった程度に眉をしかめたものの、その手を軽く握った。


「……よろしく」

 まだ納得していないような表情で黙り込んだナタリー以外の緊張がほぐれ、フレデリカはほっと息を吐いた。

「これでよし、と。……わ、もうこんな時間になってる」

「軽いものでよければ用意してこようか」

そう言ってイシューが席を立つ。手伝います、とナタリーも小走りでその背中を追いかけ、部屋を出た。


 残されたユークは、苦い表情でフレデリカに、なぜあの女を連れてきた、と小声で問いかけたが、

「だってほっとくと殺されちゃうじゃない。大丈夫大丈夫、ユークならやっていけるから!」

とびっきりの笑顔でバシバシ肩を叩かれ、諦め顔でため息を吐いた。


 食料棚を探ると、なんとか野菜や干し肉、チーズ。瓶詰めのピクルスに、ライ麦パンがあり、

「ではさっそく作るとするか」

とイシューは瓶詰めのピクルスを手に取った。

「ナタリー。肉のスライスを頼めるか?」

「………はい」

 サクサク、シュッ、シュッとそれぞれの材料を切る音が厨房に響いていく。

「おまえさんには、災難じゃったなあ」

スープ用の野菜を切りながらイシューがナタリーへ、話しかける。

「なんでこんなことに……」

「まあ、一週間の辛抱だ」

そう口にはしたが、イシューもその根拠があるわけではない。


特殊能力者(グリーフィア)……、イシューさんは違う、んですよね。でもフレデリカさんは……」

「ああ。そのとおり」

イシューが頷き、ナタリーが話し始めるのを待った。

「ここに来る前、目が一つしかない双子たちに襲われて……その時フレデリカさんが手から朱い閃光を。私、もう混乱しちゃって……彼女のこともそうですが、組織とか、あんな不気味なのが敵とか、もうどうすればいいのか」

「気持ちはわかるが……待った。これじゃ分厚すぎて煮えんぞ」

 ナタリーの手元の干し肉は親指ほども分厚くなっている。

「この状況でお肉の厚みなんて!どうでもいいです!」

「まあ、そうかもしれんが……しかし、それをどうしてわしに?」

頭を掻くイシューにむぅっ、と唸りながら、

「この中で一番、まとものような気がしたので。イシューさんの組織とかあの力とかもよくわからないけど……まだあの二人よりは信用できます」

「わしはフレデリカのことはよく知っておるから大丈夫だとは思うが、あの青年はよくわからん。まあ、なんにせよあまり色眼鏡で見ないことが重要じゃな」

野菜を切り終わったイシューは、先に鉄製レンジ台の下の扉を開け、薪を並べて火をつけ、燃え上がるのを待ちながら、

特殊能力者グリーフィアは大なり小なり、必ず人に憎しみを抱くが、フレデリカは稀有の存在といえよう。彼女に何があり、どうしてそうなったかはわからんが……」

「私を襲った奴らと、フレデリカさんは確かに違いますが……」

 考え込むナタリーの横でイシューは首を振り、

「あんまり考え過ぎんことじゃな。今は波風を立てず、待つしかない」

「……そう、ですね」

 やっとナタリーの肩から少し力が抜けた。イシューは平たいトレイの上にチーズとピクルスを乗せたパンを並べて、オーブンへ入れ、蓋を閉めた。

「さて。焼けたら取り出そう」

「じゃあ、これを片付けて……いたっ」

袖を捲るナタリーの手が何かに引っかかった。

「どうした?大丈夫か」

「あ、平気です。なんでもありません」

 ナタリーが引っかかっていたカラサの実を燃え盛るオーブンの薪に放り込んだ。

簡単お料理inイシュー家

〈メニュー〉

・ピクルスとチーズのトースト

・余り物野菜と干し肉のスープ


※もちろん干し肉はイシューが切り直しました。

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