10
特殊能力者、特殊能力者、哀れな子どもたち!生き延びても先に地獄が待っている……。
この国では、特殊能力者は亡き者とされている。
百から二百人に一人の確率で人びとのあいだに誕生する彼らは、生まれたその瞬間に、あるいは命を奪われ、あるいは森や川に捨てられ、無かったことにされる。
遠い昔兵器として利用され、その脅威は甚大であったため、国が見つけしだい存在を抹消するよう定めた。
彼らは、陰に隠れ、這いずるように生き、そして死ぬ。
誰からも愛されず、生きる喜びすら知らないまま、ただ己の運命を呪い、自分とは違う世界を生きている人びとをひたすらに憎みながら。
………そんなことは許容できなかった。彼らに、見せてやりたかった。世界は、それほど最悪なものではない、と。
いくらでもこの身を差し出そう。背筋を這い上る罪悪感に苛まれ、心が切り刻まれたとしても。彼らは。私が守る。
二階建ての家屋から、炎はいよいよ勢いを増し、ちろちろとその舌を周辺に伸ばしていく。
集まってきた野次馬が騒ぎ立て、ジョナサンもその声で目が覚めた。
縛られ、猿ぐつわをされている上に、人々は火事に気を取られて背を向け、こちらにはちらともしない。
体が地面にこすれて痛むのを堪えつつ、尖った石でなんとか縄を切れないだろうかと、身をよじると、やがてサクサクと軽い足音がこちらに近づいてきた。
「隊長、こんなところで寝ていると腰を痛めますよ。そんな相手もいないのに」
高すぎず低すぎず耳触りのいい声が届き、ゆるくウェーブがかった金髪の、物腰柔らかな青年。
「ティーラーか。よくここがわかったな」
彼はすぐしゃがみ込み、こちらの猿ぐつわを外して、縄をナイフで切った。
「……ありがとう」
ジョナサンが痛む手足をこすりながら立ち上がると、‘影’の一人、ティーラー・マクスウェルはにっこりと笑い、その上着から刺のあるカラサの実をひょいとつまんで持ち上げてみせた。
「これを付けました。最近相談なしにあちこちで動いてるようなので。もちろんサキたちにも」
ティーラーの能力は植物を操ること。印さえあれば、意識を同調し、居場所を探すことなどたやすい。
「アッシュが毒による呼吸困難で、大変危うい状態だったので……急ぎフォルミナに向かってもらったんです。で、隊長はなぜここに?」
「ああ、実は……」
ジョナサンはこれまでの経緯と、《カラス》が逃げたことを簡単に説明した。
ティーラーはゆるく首を振り、
「突っ込みどころ満載の話ですね……。突っ走って墓穴を掘ったサキたちも気になりますが……ひとまず戻りましょう。歩けますか?」
「……さすがに、この程度でへばるような歳ではない」
「はいはい」
〈影〉の隊長を待って、ティーラーは近くに停めておいた小型馬車に行き、馭者席に座り、
「出発しますよ。全速力で戻りますから、舌を噛まないように!」
そうビシリと馬を打ち、領主館へと向かう。敷地内にある、〈影〉の居住地へ。へと出発させた。
翌朝、花屋『カーリー』の外は一応の静けさを見せていた。大方の野次馬は去り、数人が残ってまわりでひそひそと噂話をしている以外は、行き交う人もいつもどおりで、少し前のことが嘘のように感じられる。
ターニャは事情徴収のため連れていかれ、一人残されたナタリーは店の中を片づけながら深いため息を吐いた。
「エリックさんが私たちを騙してたなんて……」
未だ半信半疑の気持ちのまま、散らばった花々をひとまとめにして、水浸しの床を拭こうとモップを拾い上げたところで、カランカラン、とドアベルが鳴った。
「すみません、今は準備中で」
気力を振り絞って笑顔を作り、振り返ると、物腰の柔らかな壮年の男性がそこに立っていた。
「ああ、申し訳ない。私はジョナサン・カーズウェルという者だ。ここにいた、エリック・フィールドという青年について訊きたいんだが」
「……知りません、そんな人」
体を強ばらせるナタリーに、微苦笑を返し、澄んだ湖のような瞳を向ける。
「そんなに警戒しないでくれ。実は、エリックは僕の息子でね」
突然の告白に、少女は言葉を失い、初老の紳士を見上げた。
「……いや、そんなに意外かな」
「ご、ごめんなさい。全然彼から家族の話を聞いたことなかったものだから」
「ああ……いろいろ事情があってね。少しでいい、聞いてくれないか?」
「……」
「私があいつを引き取ったのは九歳の時だったよ。まわりに頼る者もなく、ずっと孤独で、随分と捻くれてしまっていてね。それでも、しばらく一緒に暮らすうちに、打ち解けてきたと思っている」
ジョナサンはぎこちなく側の踏み台に腰を下ろし、沈痛な面持ちで深く息を吐いた。
「しかし……二週間前姿を消してしまって……やっとここにいたという情報を掴んだんだ。どうか教えてくれないか。エリックはここにいたんだろう?」
懇願するようなジョナサンの眼差しに耐えられなくなったナタリーは、ゆっくりと頷いた。
「でも、出ていってしまいました。もうここには来ないと思います」
「そうか……」
ジョナサンはしばらく考え込んでいたが、ふいにナタリーを見上げ、
「実は、彼の行き先に一つだけ心当たりがある。ここのすぐ近くに住む知り合いのところなんだが……彼女とは折り合いが悪くて。僕が行っても追い返されるだけだろう。すまないが、君が行って様子を見てきてくれないか」
「え!?」
「頼むよ。元気でいるかどうか知ることができれば、それでいい」
真剣なジョナサンにナタリーはうろたえつつ、
「でも、店番もしないと……叔母さんが領主様のところに連れていかれちゃったんです。ちょっといろいろあって、事情徴収のために」
「そうか……。わかった、それは何とかしよう。そちらには顔が利くから、君の叔母さんが早く解放されるよう話を通しておくよ」
「本当ですか?」
「もちろんだ」
「あ、ありがとうございますっ。叔母さんの名前はターニャ・クラストっていうんです。ちょっとふっくらした三十半ばの、威勢のいい人です」
「なるほど、すぐ掛け合ってみる。……それで、さっきの話なんだが」
「私はどこに行けばいいんですか?」
ナタリーが尋ねると、ジョナサンは胸元のポケットからメモを取り出して、
「ここだよ。とても気さくな人だから、連絡なしで行っても大丈夫だ」
「わかりました。でも……もしそこにいなかったら」
「それならそれでかまわない。また明日か明後日にでもこの店に来るから、その時に話を聞かせてくれないか」
「はい。それで、叔母さんのこと本当にお願いします」
「大丈夫、任せてほしい」
そう言ってひとつウインクをすると、紳士は店を出ていく。
残ったナタリーは、ドアに休業の知らせを張り付けてから戸締まりをして店を後にした。
その後を尾ける者にも気づかずに。