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ヴァルラウン  作者: TKミハル
掃除屋‘カラス’
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 この作品は残酷表現、描写等が予告なしにありますので、ご注意ください。あまりグロくはしない予定です。

『ジョナサン。ジョナサン・カーズウェル。おまえのその優しさは、特殊能力者グリーフィアだけなく、おまえ自身をも滅ぼす。…………最後の、最後にな』


                       ―――――――――――懐かしい夢を、見ていた。





 明け方近くに仕事を終えたユークは、凍える寒さの中やっとの思いで、外階段から続く自室への扉を開けた。

 本、ナイフ、薬瓶。

 暗い部屋の中、雑多な物に囲まれるようにして、四十代後半に差し掛かった男が寝ている。

「おい、起きろジョナサン!」

「うわっ」

 突然降ってきた声にジョナサンは慌てて身を起こし、なんとか向き直った。長椅子がガタガタと音を立てる。

「ユ、ユーク。脅かさないでくれ」

「何やってるんだ」

「いや、おまえを待っていたんだが、帰りが遅いのでつい……」

 笑ってごまかすジョナサンを無視してユークは消えかかっていたストーブに薪をくべ、ランプを灯して部屋を明るくする。そして近くの木箱へとドサリと腰を下ろした。


「仕事は終わったから、さっさと帰れ」

「待った。肝心なことはまだ何も話してないぞ」

「は?……じゃあ、今やってきたのは?」

 ユークが薄布を濡らして絞り、血で汚れた手と首筋、肩の下まである焦茶色の髪を念入りに拭う。


 ジョナサンは顔をしかめ、色褪せた金髪の寝癖を気にしながらも、

「ほんの序の口だな。近所の掃除程度だ」

「片付けたのは死体だったけどな。体がバラバラで、始末に苦労した」

「すまなかった。最近彼らは情緒不安定で加減がきかないから」

「まあ、鬱憤は溜まっているだろうな。特殊能力者グリーフィアは普通の人間全般を憎んでるから」

 投げやりなその言葉にジョナサンは頷き、煙草を吸いたそうにしたが、ユークの視線に気づいて諦めた。


「本題に入ろう。先日、領主の館から重要書類が盗まれ、その犯人は昨夜見つかった。捜し当てたのは、うちの部下だ」

 嫌な予感が急速にユークを襲う。


 だいたい、夜中に叩き起こされ、いきなり死体を片付けろといわれた時点ですでに、まともじゃない。―――――いや、こいつが持ってくる頼みはだいたいまともじゃないが。


「残念ながら、書類のありかを吐かせる前に殺してしまったようでね。行方がまったくわからない」

「おい、ちょっと待て」

 深呼吸して気持ちを落ちつけ、なんとか平常並みの声を出す。

「おれがさっき片付けた奴か?その盗んだ男ってのは」

「そのとおり」


 思わず足元の百科事典に目をやった。厚みといい、堅さといい、投げつけるにはもってこいだ。


 気持ちを悟ったのか、ジョナサンが慌てて、

「いや気持ちはわかるが、やめてくれ。まあそこで《カラス》、つまりお前の出番というわけだ。自由に動ける立場を利用し、盗んだ男の娘を調べてほしい」

「調べるだけでいいのか?」

「ああ。書類を見つけたとしても、決して中身は見るんじゃないぞ。なにせ極秘扱いだからな」

「またきわどい仕事を押しつけやがって」

 ユークはジョナサンをじろりと睨んだ。


 《カラス》は領主の特殊能力者部隊〈影〉のほとんどすべてにただの下っ端としか認識されておらず、自由度は高いがその地位は羽よりも軽い。


「すまん。だが、彼らにこの任務は無理だ。目立ちすぎる。それにこんな仕事でもないよりましだよ、ユーク」

「わかった、引き受ける」


 失敗したら夜逃げするしかない。


 ひそかに決意するユークをよそに、ジョナサンはほっとしたように微笑んだ。

「助かるよ。報酬については、後で相談しよう。成り行き次第で変わってくる」

「連絡はどうする?いつもどおり事後報告にするのか?」

「いや、こちらにも事情があってね。連絡は、リリアンを使う」

「ちょっと待った。リリアンは鳥目なんじゃないのか?報告は夜だろ?」


 ジョナサンのペットは賢いが……ただの烏でしかない。


「…………」

 沈黙が、場に落ちた。


「………まさか、おれの呼び名と合うからぴったりだ、とかいいたいわけじゃないよな?」

「も、もちろんだ。一番障りのない手段を選んだつもりだったが……。〈影〉の中でおまえの立場を少なからず理解できていている奴となると、ヨナしかいないぞ」

「ああ、あいつか」

 ユークは人畜無害な、悪く言えば頼りない少年の姿を思い浮かべた。

「今回も崖っぷちだな」

「そうぼやくんじゃない。リリアンとヨナを交代で使うことにするから」


 ……突っ込みどころは多いが、話が進まないので、ユークは頷いた。


「わかった。二、三日はここにいるから、何か変更があるなら早めに連絡してほしい」

「……ついでに、これも参考にしてくれ」

 ジョナサンは分厚い資料をユークに渡し、

「たまにはフレディに会いにいったらどうだ?おまえのことを気にしていた」

といいつつ立ち上がった。

「ジョナサンにこぼすなんて相当だな。そのうちに行くよ」

「そのうち、なんて時はないぞ」

 真顔で返してくるジョナサンに、苦く笑いながら、

「最近、会うたびに言い合いになるからな」

「……そうか」

〈影〉の隊長はため息を一つ吐くと、まわりに積んである冊子類を崩さないよう慎重にドアまで歩き、そして思い出したように振り返った。

「言い忘れていたが、調査はなるべく秘密裏に頼む」

「了解」

 ユークは男が出ていくのを見届けると資料を放り投げ、バフッとベッドへ寝転んだ。


 国に追われるどころか存在することすら認められていない特殊能力者。ジョナサンは彼らを保護し、少しでもその状況改善をと、日々頭を悩ませているらしい。


その悩みは、正直よくわからない。もっとも十八歳というおれの歳は、世間一般では若造、なんてことになってるから…………わからない何かがあるのかもしれないが。


 体を起こして資料にざっと目を通すと、そこに書かれた経歴からして、悲劇とは縁のなさそうな少女のイメージが浮かんでくる。


 かわいそうに、なりゆき次第では地獄を見るかもしれない。


「ナタリー・クラスト、一六歳か」

 読み終えると深く息を吸い込み、目を閉じてすぐに眠りに落ちた。

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