『起』(かわかみ担当)
※使用ワード
『棘』『織田信長』
※スペシャルワード
色・『藍』『甕覗』(かめのぞき、と読みます)
手の描写・『てのひらで撫ぜ』『指の先でなぞる』等
私の左膝には棘が埋まっている。
髪も身体も綺麗に洗い終わり、私はゆっくりと湯船に沈んだ。
思わず大きな息をつく。体温より少し高い湯につかり、ぼんやりする時間が少女の頃から私は好きだ。
意味なく腕や脚をてのひらで撫ぜ、何気なく目を落とす。
白い湯船に満たされた湯は、あるかなきかの淡い青にみえた。その淡い淡い青の中で見る白い身体は、我ながらいつもよりなまめかしい。
「……甕覗」
聞きかじった古風な色の名をつぶやく。
藍染の甕に白い布を一瞬浸し、すぐ引き上げた時の色のなのだそうだ。
『甕を覗く』程度の時間で染められた色だから……とかなんとか、聞いたような覚えがある。
『藍!』
明るい、そしてどことなく傲慢の匂うあの声を、私は不意に思い出す。
脚を撫ぜている手が止まる。指の先で、私だけが知っている左膝の皿の外側にある、小さな硬いものをなぞる。
『藍はどんなタイプの人が好きなんだったっけ?』
知っていてわざと訊くのだ。本当に性格が悪い。
『織田信長のような人!』
やけくそのように私が答えるのも、もはやお約束を通り越し、挨拶になっているかもしれない。あっははは、と、朱夏が大笑いするのも。
『なんで信長なの?天才かもしれないけどサイコパスじゃん』
『サイコパスじゃない天才なんか、いないでしょ』
言えてる、と朱夏は諾い、いたずらっぽい目で私を見る。その目はいたずらっぽいだけじゃなく、当然の権利としてその先の言葉を強請っている。
私は目を逸らし、重い疲れを吐き出すようにうつむいて続ける。
『……朱夏もそうだけど』
ようやく朱夏は満足し、いつもの茶番は終わる。
(朱夏、朱夏、朱夏……)
左膝の小さな塊を指でなぞり、私は、もはや届かない人へ呼びかけ続ける。
ねえ、朱夏。
人でなし。
あなたは私の左膝に棘が埋まっていること、知らないでしょう?
私のことは何もかも知っている、そんな顔をしていたけれど。
あなたが知っている私は、『藍』どころか『甕覗』にすぎないんだよ。
でもさすがに……少しはそのこと、思い知ったでしょう?
顔を上げ、バスルームの扉のすりガラスを透かし見る。
とても静かだ。
かわかみさん
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