蒼樹の聖女
朝陽が差し込む部屋に、コトリと何かを置く音がかすかに聞こえた。
その音を皮切りに、まどろみから緩やかに目を覚ましたメラは、ベッドの上でグッと身体を伸ばして起き上がる。
紅い髪をかき上げて隣のベッドに目をやると、そこには既に人影はなく、少し離れた位置のソファにその人物はいた。
「あ、おはようございます。
まだもう少し寝ていても大丈夫ですよ、メラ」
蒼く長いストレートの髪を朝陽で煌めかせる少女、エメは作業の手を止め、起き上がったメラに穏やかな眼差しを向けながら告げた。
彼女の手元には色とりどりの宝石が並べられ、ローテーブルの中心で積み木のように縦に積み上げられている。
先ほどメラを起こした音は、積み上げる音だったのだろう。
「いや、よく寝たし起きるよ。
あんたはまた魔石の合成してるの?」
「ええ、いつ何が起きるかわかりませんから。
もはや日課です」
エメは魔石と呼ばれた積み上げられた宝石に、手をかざして小さく何かを唱えた。
すると次の瞬間、積み上げられた宝石が淡く煌めくと同時に宙に浮いて液状化し混ざり合い、球形に変形後硬化して虹色の宝石(魔力晶)が出来上がった。
「魔石ごとの魔力の比重によって積みあげられる(合成できる)量が変わるんだっけ?
その合成は上手くいったの?」
「並の魔力晶は魔石を3つくらい積み上げることで合成できるのですが、今回は偏りもなくバランスが良い魔石を手に入れられたので、6つ同時に合成できました。
とはいえ、私の親友のような魔石の選定から積み上げる力量、合成能力まで飛び抜けている方でしたら、10個以上でも軽々と合成できてしまいますけれど」
心なしか落ち込みながら魔石の片づけをしているエメに、メラは呆れたように声を掛ける。
「でも、その親友は聖女になれず、あんたが聖女になった。 魔力晶の合成じゃない、もっと大切な能力を認められたから、『蒼樹』に聖女として選ばれたんだろ。 後輩もできたんだし、自信持ちなって」
「こ、後輩っ? ゼアさんはあの苛烈な『黒樹』に選ばれた凄い方なんですよ? とても後輩とは思えな――」
エメがぶんぶんと首を横に振りながらメラに言い返そうとした時、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
メラは面倒くさそうにベッドから降り、ガシガシ頭をかきながらドアに向かっていく。
「はいはい、こんな朝早くからどなたで?」
「はよーっす。 メラ、エメ」
「あん? ジルじゃないか、一体どうし――」
「悪ぃんだけど、早急に支度してロビーに集合だ。
――隣町が、魔王の軍勢に襲われている」
― - - - -
「どうして私じゃなくて、あなたが聖女に選ばれるのよ!」
数年前の、王都。
魔王復活を目論む魔徒と手を組んだ一人の修道女によって、惨劇が引き起こされた。
王都の大聖堂で祀られているのは蒼樹と呼ばれる大木。
魔王封印の一矢となる力を秘めた祈りの樹であり、樹が選んだ聖女と呼ばれる女性が代々管理し、大聖堂を統べていた。
聖女選定の儀で選ばれたのは稀代の修道女ではなく、落ちこぼれの修道女。
二人は能力こそ他者から正反対の評価を受けていたが、馬が合い親友と呼び合う仲の良い関係だった。
まだ魔王が復活していなかった当時は大きな災害や事件もなく穏やかに時間が過ぎ去っていく毎日だったが、選定の結果は王都も大聖堂も二人の関係も……大きく揺るがすこととなった。
修道女として己の浄化の力を示すために女は魔徒と手を組み、
魔徒は魔王復活に必要なたくさんの人間の魂を手に入れるため女と手を組み、災害(大量の魔物)を生み出した。
女の手引きによって王都のど真ん中で湧き出る魔物に、為す術もなく生み出されていく死傷者。
女の想定していた数よりも遥かに多い魔物に、当然女の秀でた浄化能力でも魔物の掃討は追い付かない。 混戦状態となった現地で、女は行方不明となった。
一方、傷ついた者達で溢れかえる大聖堂では、聖女に選ばれた女が必死で大聖堂を守っていたが、包囲網を狭めてくる魔王軍に押されるばかりで攻勢に出れないでいた。
そんな懸命な努力も虚しく、王都の住人の3分の2は死に絶え、遂に魔王が復活する。
王都のパニックに乗じて復活した魔王は、手薄になった王城を大勢の部下達と攻め入り、国王達を殺害。
他地域からの援軍が来る前に、王都の占領が成されてしまったのだった。
そうなってしまうと、反魔王勢力である大聖堂の人間がするべきことは一つ。
蒼樹と聖女を守り、逃がすこと。
王城の占拠が完了した魔王軍が攻め入ってくる中、大聖堂の多くの人間達の命と引き換えに、落ちこぼれの修道女であり蒼樹の聖女、エメは逃げ延びたのだった。
― - - - -
「あの時、私のために命を失った仲間、王都のみんな……。
私はもう、人々が傷つき、死んでいく姿を……見たくないんです」
彼女の能力は、治癒能力。
更に、魔力晶という高純度のエネルギー体を“高効率で”用いて魔法を展開する。
2つの魔石を合成した一般的な魔力晶で、持続時間は24時間、小さな町の住人全員が所属する程度の規模の軍隊を、継続的に治癒することができる。
即死しない限り、致命傷を負ったとしても傷の痛みを感じる前には完治しているのだ。
敵から傷つけられても痛みを感じることはなく、戦い続けても疲労を感じることはない。
幸いなことに、今回の敵軍勢には即死に至らせる程の攻撃力を持った魔物はいない。
すなわち、痛みによるストレスと味方からの死傷者という存在が無くなった今、味方軍勢の士気は落ちることを知らない。
凄まじい勢いで占拠されかけていた町を取り戻していき敵本陣に向かっていく勇者側軍勢に逆らう方向、つまり味方本陣に帰還途中の黒髪の青年ゼアは感心したように呟いた。
「無限に治癒・再生する軍隊……相手にしたくないな」
敵情偵察と、敵軍勢の親玉の暗殺を成し遂げて帰ってきた『黒樹の執事』に、敵勢力内の主だった強敵を一掃して一息ついていたメラが応じる。
「今朝、6個連結の魔力晶を作ってたから、この程度じゃ相手にならないね」
眩しいものでも見るように目を細めた『紅樹の戦姫』は、
本陣で祈るように両手を組み凛とした表情で戦場を見つめる『蒼樹の聖女』に向かって呟いた。
「蒼樹の力は、癒し。
浄化ではなく、治癒に秀でていたからこそ、あんたは選ばれたのよ」
執筆 by 連盟者B