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一 花嫁、回想する

 王都へ入ったとはいえ、王宮のある首都中心部へはまだ時間がかかると聞き、午睡でも嗜むか、と私は自室のソファへ横たわった。

 王宮に着いたら身支度に典礼に拝謁にと恐らく休む暇もない。仮眠を取っておかなくては…と目を瞑ると、故国を出てからの旅路がぐるぐると脳裏に浮かんでは消えた。

 

 今回の私の結婚は紛うことなき政略結婚だ。


 ここ南洋の恵豊けきシンドラメリーでは昨年先王が御隠れになり、一年の喪明けと共に第一王子の戴冠式を行うことになった。

 我が国マディーレは、主だった資源を持たない。雨の少ない気候は農業に向かず、海岸線は少なく、縦に長い国土は輸送を困難にさせている。

 ただ、土壌にだけは恵まれていた。国内各地で様々な性質の違う土が採れるため、珪砂を含んだ土からガラスを生成し、鉄を含んだ泥で鉄媒染を行い、粘土から陶器を焼いて絵付けをした。

 必然としてマディーレは手先の器用な職人を多数抱えたものづくりの国として発展したのだ。

 割と自由な家風であったマディーレ王宮で、私は小さい頃からお抱えの職人たちの工房に出入りして見よう見まねで粘土をこねたり、くずガラスのかけらを糸に通してブレスレットを作ったりして遊んでいた。


「姫さま、危のうございますよ」

「平気よ!指を切ったりしないわ。それよりも、私もガラスを吹いてみたい!」


 職人たちは苦笑しつつも、幼い私に作業の一部を体験させてくれた。勿論、商品レベルに達しはしない、児戯の域を出ないものではあったが、自分の手で作品を生み出す喜びは当時の私にとって他のどんな遊びより心躍るものだったのだ。

 その結果として私には類稀なるものづくりの才能が……芽生えはしなかった。


 工房通いで私に備わったのは、職人気質な集中力と、物の価値をーー―真贋や品質や価格をーーー見抜く力だった。


 優れた職人の仕事には、相応の値が付くものだ。私の興味は工房で作られる宝飾品や陶器に納まらず、織物や絵画、果ては職人自体への人的資産価値にまで向いていった。

 おかげで、十を数える頃には国内の窯の物であれば一目見ただけで工房名を挙げ、宝石であればそのランクをぴたりと言い当てる能力が身についていた。

 その頃から私は母にねだって、王子王女に課せられた合同授業の他に専属の家庭教師を付けてもらっていた。その老爺から学んだのは主に数学と経済についてだ。

 マディーレには優れた工房、優れた職人が沢山いる。しかし、芸術品は手元に留められていても価値が付かない。より多くの人々の手に渡り、愛でられてこそ輝くものだ。未だ自国内での消費に重きを置いているマディーレの芸術を他国へ輸出することこそが、この国をより栄えさせる手段だと信じて、いつか己の手で新たなる販路を模索するための勉学に日々励んでいた。


「姫さまは一世一代の商人になれるやも知れませんな」


 私に経済の基礎を説いた老爺は、その豊かな美髯を撫でて満足げに目を細めた。

 勿論、王族たる私がそのまま市井の商人になれる訳ではないが、そのことばはより一層強く私を勉学へと向かわせた。


 しかし、そんな日々は唐突に打ち切られることになる。

 シンドラメリーの王子が結婚相手を探していると聞いて、前々からシンドラメリー近海の良質な真珠産業に目を付けていたマディーレ国王(つまり私の母だ)はすぐさま名乗りを上げた。

 幸いにして当代のマディーレ王家は直系傍系ともに子息子女に恵まれている。その中から一番年恰好の近い者に白羽の矢が立った。

 

 それが私。アルメリア・ヴィクトワール・マディーレだ。


「アルメリア、あなたにはシンドラメリー第一王子のもとへ嫁いでもらいます」

「はい……お母さま……」


 一族の長、そして一国の王である母のことばは、重く絶対の枷となって私に絡みついた。

 そして、あれよあれよという間に話は進み、マディーレ第四王女の私は顔も見たことのないシンドラメリーの王子の元へ嫁ぐことになったのだった。

 

 私は、真珠と引き換えにされたのだ。

 

 母は、家族に優しく甘い人だったが、反面厳格な王でもあった。

 王族にとって婚姻は押し並べて政治であり、そこに個々人の思惑の入り込む余地はない。マディーレでは王女も男児と同じく王位継承権を持ち得るが、こうしてひとたび国を出されてしまえばその権利も失う。シンドラメリーは男子が重用される国だと聞くし、王妃としての生活に自由はないに違いない。

 私の思い描いた、マディーレの芸術を世界に広めるという夢は、一生かたちになることはない。

 恋愛結婚をしたいと思っていたわけではないが、これから先に待っているのは窮屈な他国の王宮と初対面の夫と義務である男児の出産かと思うと肩も落ちようというものだ。

 おのれ真珠め……。

 生まれ育った故国を離れるのは寂しくて辛かった。父母にも、きょうだい達にも今後よほどのことがない限り会うことは出来ない。わずかな共だけを連れて、見知らぬ国の見知らぬ王宮へと向かう心細さを、誰に訴えることも出来ないのだ。

 ただ、一方で仕方のないことだという諦めもあった。私が幼少期より、市井の民たちよりいい服を着、いいものを食べ、高等な教育を受けてきたのは、それだけ国に対して負う責任が大きいからだ。王族に生まれた以上、それを拒むことは出来ない。

 運河を進む船のゆらりゆらりという穏やかな振動に身を任せて眠りに落ちながら、私は心の中で堅く誓った。


 婚礼衣装からは、絶対に真珠を排除してもらおう、と。


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