そうだ、ルールを変えてもらおう
そんなわけないだろう、と言いたくなるような場面が多々でてくると思いますが、どうかご容赦ください。
長男
サッカー
「みんな揃っているかあ」
サッカー部の部室、監督が部員たちを見渡す。
「はい!」
キャプテンが代表して答えた。
「では、これから新年度のレギュラー選手を発表する」
ゴクリ
固唾を呑んで監督を見つめる部員たち。ゴールキーパーの発表から始まって、次々と名前が呼ばれていく。じっと発表を聞いている部員たちの中、最前列の真ん中に立っている少年、彼はとある大金持ちの家の長男坊である。この長男坊が、名前が発表されるたびに首を傾げている。
次かな・・・
(うーん)
今度か・・・
(おかしいな)
長男坊の名前が呼ばれることのないまま、レギュラーポストの発表は残りあとひとつになってしまった。
(最後が僕だな)
そう思って立ち上がろうと中腰になったのだが、呼ばれたのはなんと別の名前。やむなく尻を椅子に戻した。
続いて補欠、控えの発表である。今度は最初に名前が呼ばれた。ハイ、と返事をして立ち上がったものの、あとはボー然と立ち尽くしていた。
「以上で発表を終わる。レギュラーに選ばれた選手たち、おめでとう。これからも精進してくれ。控え組の選手たちも、いつ出番がまわって来てもすぐに対応できるよう、準備を怠らないでいてほしい」
「はい!」
「では解散!」
駐車場に行って、監督の車に八つ当たりしてから帰路についた長男坊、帰り道に考えたことは、
(なんだよ、僕は十二番手の評価だったのか、ケッ!)
スコーン
路上に投棄されていたペットボトルをおもいっきり蹴とばすが、かすっただけ。
(諦めきれない。どうしてもレギュラーの座を手に入れたいな)
監督が言っていたとおり練習をしていれば良いものを、その選択肢は彼の中には入っていない様子だ。
(苦労するのは嫌だからなあ。なんとか今のままの実力でレギュラーになれる方法はないものだろうか。ひとつ相談してみるか)
「ただいまー」
帰るなり、まっすぐ父親のところに向かった。
「パパ、お願いがあるんだけど」
「おお、かわいいわが子よ、何なりと言ってごらん」
「実はさー、今日学校でね・・・」
先程部室であったことを報告する。話が終わるまでじっと話に耳を傾けていた父親が、
「選ばれなかった理由に心当たりはあるかのう?」
そう問いかける。
「そうだなあ、空振りが多いことぐらいかな」
「シューズを大きくしてみたらどうじゃろうか」
「空振りが減ったとしても、狙った方向にボールが行ってくれなくなるよ」
それは今までと同じだと思われるが・・・
「それに、なんか走りにくそうだなあ」
もともと足が遅いわけだし、へたくそなことになんら変わりはなさそうだが・・・
「そうかあ・・・どうしたものかのう」
腕組みをして思案する父親。
「あーあ。サッカーが十二人制だったらなあ。そうすれば僕もレギュラーになれたんだけどなあ」
長男がそうつぶやく。
「枠を一人分増やせばいいんだな」
「出来るかなあ」
「ゴールキーパーを増やすとか」
「キーパーを?」
「ゴールを横に広げるか、二つに増やせば、増員を提案するのに説得力があるじゃろうかなと」
「そういう方法もあるかもしれないけど、僕はどっちかというと、守りではなくてシュートを打つ側にまわりたいんだけどなあ」
「わかった、じゃあ総人数を変えるとしよう」
金持ちは、世界のサッカー界に影響力を持つ人たちに莫大な額の寄付金を積みあげて、つまり金に物を言わせて、圧力をかけていった。それが功を奏し、初めにプロのルールが変更され、やがてアマチュアでも同じルールが適用されることになった。世界のサッカーが十二人制になったのである。
(やったぞ、今度こそレギュラーだ)
部室に部員が集められた。
「レギュラーの追加メンバーを発表する」
ところが、監督の口からでてきたのは長男の名前ではなかった。別の名前である。
(どういうことだ?)
長男が監督に詰め寄っていった。
「僕は控えで一番手のはずですが」
「あの時は単に最初に名前を呼んだだけだよ。実力順で呼んだわけではない」
「では、実力順でいうと、僕は何番目になるのですか?」
「君か? 君は十九番目だ」
「十九? 部員が二十人いる中の十九番目?」
「ああ」
(自分より下手くそなのは、仕事を定年退職になってから入学してきた、六十三歳の新入部員、おそらく彼のことだろう・・・)
「今回選に漏れた部員たちも、気を落とすことはないからな。レギュラー昇格に届く望みがまったくない位置にいるというわけではないんだ。実力がちょっと足りないだけなんだ。練習すれば必ず道は開けるからな」
長男はそんな監督の言葉には耳をかしはしなかった。
(パパに頼もう)
「二十人制にして欲しいと言うのか?」
父親が長男に尋ねる。
「世界のサッカー部員のなかで、補欠でくすぶっている人たちがたくさんいるんだよ。彼らのことを思うと辛くって・・・救ってあげたいんだ」
父親を熱く説得にあたった。
「なんと心の優しいことか。人助けになるんだな。そういうことなら引き受けよう」
また大金を積んで、サッカー界に圧力をかけていった。
「総勢四十人いるんだろ、ピッチが人だらけじゃないか。ごちゃごちゃしていて思うように走れないぞ。ルールを元に戻せ」
選手たちからそんな不満の声が湧いてくると、ならばとピッチの広さを倍にすることが発表された。すべてのサッカー場で拡張工事がなされ、好景気に沸く工事業界。大金持ちの父親は使った工作経費を回収してしまった。
ピッチが倍になればレギュラーの人数が倍であっても大丈夫。長男坊も念願のレギュラーになることができた。
他の点でもルール変更があった。ピッチが広すぎて、向こう端でどんなプレーがなされているのか目視で解らないという観客の声を無視はできないと、ボールを二つにしてみた。自分から近い方のボールを見ていればいいだろうとの配慮からだ。が、つい両方のボールの行方を目が追いかけてしまい、目が回ってしまうと不評で中止となった。
ピッチが拡張されたことについては選手も悲鳴をあげていた。相手ゴールに攻めこんだあとに、自陣まで戻ってくるのが大変だというのだ。広さの限界であった。
それでも、ルールを元に戻すとなると長男はレギュラーの座を取り上げられてしまう。レギュラーの座とルール変更との板挟みであった。苦悩する長男坊。
さあ、どうする。
(この際レギュラーでいられなくとも、試合に出られれば良しとするか。出場選手の数を増やしてもらおう)
控えの選手を使わざるを得なくする案を思いついたのだ。三人まで交代が許されているというルールを変更するよう父親に直訴。またまた父親が大金を積んで工作に走った。試合中に先発の十一人の選手すべてを交代させなければならないというルールに変更された。サッカー場は元のサイズへと改修工事、またまた業界は好景気で、父親も工作経費を回収してしまった。
ところが、問題が発生。試合が終わる一分前になって選手交代するケースが続出してしまったのだ。長男も試合に出るには出られるが、残り一分からの登場ではボールに触ることすらままならない。
ならば試合時間を四十五分ハーフから九十分ハーフにしてもらおう。それは、フル出場した場合三時間走り続けるということを意味している。ボールを蹴りながらマラソンをするようなものだ。この長丁場、フル出場する選手は皆無となった。おかげで途中交代でもたっぷりと試合に出場できることになった長男坊であった。
次男
プロ野球
大金持ちの家の次男坊が、テレビでドラフト会議を眺めている。
「僕もプロ野球の選手になりたいなあ。ひょっとすると、自分でも気づいていない野球の才能が僕にあったりして・・・それを見抜いてくれている野球関係者がどこかの球団にいて、ドラフトで引っ掛かるかもしれない・・・」
勝手な妄想を胸に、当事者気分でドキドキしながらドラフト会議に見入っていると、六順目の発表を聞いて驚かされた。小学校で同級生だった生徒の名前が呼ばれたのである。映し出された写真に小さなころの彼の面影が残っていたので、同姓同名の他人というわけではない、間違いなく彼だと確信できた。
「なつかしいなあ。彼も野球を続けていたんだな」
甲子園に行くことはなかったものの、地方大会では準決勝まで行き、高打率を残していた選手である、それを見ていたプロ野球関係者が将来性を買って指名したのだ。
「小学校の時の彼と僕の実力はどっこいどっこいだったはず。僕だって名前を呼ばれてもいいはずだ」
最後まで番組を見ていたのだが、結局次男坊がドラフトに掛かることはなかった。
はー、
一人前にため息なんぞを出している。
「プロになりたいなー」
身近な人間がプロ野球の世界へ進んだことを目の当たりにして、自分もそう願いたいとの思いがつのってきたようだ。
サインの練習を始めた次男坊。ボール、バット、帽子、何ケースもの野球用品を買い込んでサインを入れていく。
インタビューを受ける練習も始めた。
「四割四十ホーマーを目指します」
「いずれは十割打者ですかね」
「全打席ホームランを打つぞー」
大きなことを言っている。
ところがこの次男坊、今夏の大会でコールド負けをして以来、野球の練習からは遠ざかったままなのである。プロになるために一番必要なものが抜けているのだ。
「これ以上うまくはなれそうもないけど、プロ野球選手になりたいなー」
これが本音らしい。
「どうすればいいんだろう?」
自分より上手な人よりも上手くならなければ、プロ野球選手の限られた枠には入って行けないのが当たり前。それが現実なのだが・・・。
「今年のドラフトに掛からなかった以上は、社会人に行くか大学に行くかして来年を待たなきゃならない。どっちにしても、きっと練習が辛くなるんだろうなあ」
ふうー
「今まで自分なりに結構頑張って部活動をしてきたつもりだよ。それをこれまで以上に苦労するなんていうのは嫌だなあ」
「今の実力のままで、プロになれる方法はないものだろうか」
次男坊は父親のもとへ向かった。
「パパ―、相談があるんだけど」
「おー、わが息子よ。なんなりと言ってみなさい」
「実は、僕、将来就職しようという気になったんだ」
「そうか、それは何よりじゃのう」
「うん」
「で、どんな方向に進むつもりなのかな?」
「プロ野球選手」
「ドラフトに掛からなきゃ、なれないだろうよ。掛かる予定があるのかい?」
「いや、まだないんだ」
「じゃあ、ダメだろう」
「方法はあるんだよ」
「ほう、どんな?」
「球団を買って欲しいんだ」
「球団を?」
「お願い、パパ。かわいい息子の願いをきいておくれよ」
「うーん」
「父の日には肩を揉んであげるからさ」
「よし、わかった」
父親が動き出してすべての球団に当ってみたものの、売ってくれるというところは皆無であった。
「ダメだったよ」
「だったら球団の数を増やしておくれよ」
「なるほど、その手があったか」
「そうすれば必要な選手数が増えるでしょ。プロになりたい野球少年たちの夢を、もっと叶えやすい、身近なものにしてあげたかったんだ」
「そんな思いがあったのかい。優しい子だのう。わかった、わしにまかせておきなさい」
関係団体に接触し、球団を増やすことを提案したのだが、断られてしまった。球団数が増えれば、技術の高い選手が分散することになる。個々のチーム力が落ちてしまうということで、監督やコーチなど指導陣から賛同が得られなかったらしい。もっともな話ではある。お金で片を付けようと、夢のような金額を提示してみはしたものの、思い通りにはいかなかった。
「既存のプロ野球界が仲間に入れてくれないんだったら、自分たちでやるよ。パパ、新団体を作っておくれよ」
(そうすれば既存のドラフトに関係なくプロ野球選手になれるぞ)
これも本音だ。
「わかった」
父親が六人の金持ちと資金を出し合って六球団からなる新団体を作った。似たようなボンボン息子を持っている金持ちに声をかけたので、話は早かった。既存の団体と同等の待遇と、一軍からのスタートを保障したため、大勢の選手が集まってくれた。既存のチームでファームに所属している選手たちだ。監督やコーチといった人材にも事欠かなかった。引退した元選手たちや、プロでやってみたいという思いを持っているアマチュア指導者はいっぱいいた。
次男坊は率先して動いた。漫画に登場するような、いろいろなキャラクターや体型の人を集め、既存の団体との差別化にも取り組んだ。自分が打てないようなスピードボール、つまりピッチャーは百四十キロ以上のスピードボールを投げたらストライクでもボールとする、こんなルールをこっそり入れることも忘れなかった。
開幕を迎えて早々、次男坊をピンチが襲った。自分の下手さ加減が目立たなければいいと願っていたのだが、それが甘い考えであったということである。新団体の選手たちは、元二軍といえどもプロはプロ。一軍との差は、素人では判断の難しい誤差レベルの違いにすぎない。それもそのはず、甲子園や社会人でエースや四番を任されていた選ばれた人たちの集まりなのである。次男坊がフライをこぼすプレーや、頻繁におこす暴投はあまりにもお粗末すぎて、隠しようもごまかしようもない。目立つのだ。今日は調子が悪いとか、今はスランプだとかの言い訳をするが、それも毎試合となると苦しいものがある。
次男坊をはじめとした金持ちボンボンたちは、選手として各チームにもぐりこんだまではよかったものの、同じような苦境に立たされていた。そんな彼らの扱いにチームとしても困ってきた。
「上手な人がやるから見ていて面白いんだ」
「エラーを観に来たわけじゃあないんだぞ」
そんな野次が毎日耳に入ってくる。監督としても上手な選手を使いたいという気持ちは他の選手たちと一緒だ。引退して十年経っている監督でも、彼らボンボンたちよりも俺の方がまだましだと感じている。コーチに就任してもらうとか、名誉監督になってもらうとか、持ち上げる提案をしてみたのだが、ボンボンたちは首を縦に振らない。まだ若いし元気いっぱいだと笑顔で拒否された。
どうしても選手という立場にこだわりたいというのなら、秘密兵器ということにして、ベンチには居させるか。監督たちが揃ってボンボンたちに提案しに行った。グラウンドに立っていたいということで、それも拒否されてしまう。
困り果てた監督たちは、次男坊の父親に相談に向かう。ルール変更のお願いである。十人制野球と名打って、守備位置を、主審の後ろに一つこさえてもらうことにした。次男坊の現役続行を支えるためという言い訳をつかったので、父親は喜んで大金を積み、このルール変更に奔走してくれた。ピッチャーの暴投や、逸れたバックホーム球の処理専門の守備位置に、各球団のボンボンたちがついた。一番目立つ場所だからと説得して本人たちに受け入れてもらったのだ。バックネットに寄りかかりながらの特等席で、彼らは今日も試合に参加している。
三男
バスケット
「もー我慢の限界だ!」
金持ちの三男坊がボールを床にたたきつけた。
「こんなにも思いどおりにいかないなんて、許せない」
背は平均より少し高い。ジャンプ力はまあまあ。しかし、いくら投げてもゴールに入らない。はじかれてしまう。ようするにへたくそなのだ。
「二回に一回くらい入ってくれてもいいだろうに」
拾ったボールをゴールに向かって投げてみる。ボールはゴールリングにはじかれて、右の壁に向かって転がっていった。
「ほらねー。十回に一回入るか入らないかの確率なんだものなあ」
戻ってきたボールを拾ってもう一度シュートを打つが、リングの上を一回りして外に落ちた。
「もう無理」
父親に頼むことにした。
「パパ―」
「おお、三男坊、べそなんかかいて、どうしたんじゃ」
「お願いがあるんだよ」
「ほう、何なりと言ってごらん」
「実はバスケットボールの事なんだけどさ」
「ふんふん、バスケットがどうかしたのかい?」
「ゴールが入りにくくて困っているんだよ」
「なるほど」
「上手な人たちだけがいい思いをしているように思うんだよね。バスケットを一部の上手な人たちだけのスポーツにはしてはいけないんじゃないのかな。みんなが楽しめるスポーツにしていきたいな」
「なんと親切な心の持ち主なんだ、お前という奴は」
「パパの息子なんだから当然さ」
「解った、願いを叶えてやろう」
「パパ、ありがとう」
「で、具体的にはどうすればいい? リングを大きくするか? それともボールを小さくするか?」
「どっちも名案だなあ。両方お願いするよ」
父親がバスケット界に影響力と持つ人たちにお金を積んで、ルール変更をした。
ボールは確かにゴールに入りやすくなった。三男坊をはじめ、得点力がアップしたチームも選手も大喜びだ。が、いかんせん点数が入りすぎた。一試合5百点が当たり前となった。ボールを手にした選手が九割の確率で得点してしまうのだ。千点を超える試合も月に数例報告された。これでは得点に対するワクワク感が薄れてしまう。スポーツやゲームというものは、加点に至るまでが、ある程度難しいからこそやっていても観ていても面白いものなのだろう。三男坊もそのことに気が付いた。
「入りにくくしよう。ただし、単に元に戻すというのではだめだ。自分だけでなく、上手な人も得点しにくくしてしまわなければならない」
ボールとリングの形を丸から三角に変えてもらった。この際ということでコートの形も三角形に。三角形のボールはドリブルの名手も手こずらせた。なかなか思った方向に進んで行けない。ラグビーと同じように、ボールに翻弄されてしまうのだ。シュートも、リングにはじかれて入りにくくなった。結果点数が劇的に減った。二対ゼロ・・・これはバスケットの点数じゃない。みんなから不満が爆発。
何とか混乱を収拾しなければ・・・。三男坊は苦悩する。元の状態に戻してしまうという選択肢はない。嫌なのだ。活躍できない昔のような思いをするのはもうこりごりであった。
ゴールを低くすることを父親に願い出た。
「小柄な人にもバスケットというスポーツを楽しんでもらいたくてね」
「なんとまあ重ね重ね優しい子じゃのう」
(本当は自分でもダンクシュートをやってみたかったんだけどね)
誰の手でも届く位置にあるゴールはシュートの邪魔もされやすい。選手のフラストレーションがたまって乱闘が頻繁に起きるようになった。観客からは、空中戦を見る楽しみがなくなったと不平不満が出てくる。ゴールリングは床上百五十センチの位置にあるのだ。ジャンプの必要性がなくなり、プレーが地味になってしまった。
この後も数々のルール変更と紆余曲折を経て、やがて身長で分けられた階級制のスポーツへと移行していくことになる。そこには階級によってそれぞれ異なる高さに調整されたゴールを目がけてシュートを放つ選手たちの姿があった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。