9 田舎領主の独白
危なかった。本当に…。
彼女―。ワカ、と言ったか。
天使と呼んでもいい美しい少女。
今夜もし、部屋に来ていたらと思うと身震いがする。
2人きりになったら自分を抑える自信は皆無だ。
でも、本当は、来てほしかった。
彼女を自分のものにしたかった。無理矢理にでも。
正直そのつもりで誘った。
考えると体が熱くなり、動悸が早くなり、視線が定まらなくなる。
視界に入っている間、手汗を隠すのが大変だった。
人生で一番衝撃を受けた出会いだった。
俺の人生が、あの瞬間変わってしまった気がした。
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俺は28年前、辺境の貴族のダナン家の長男に生まれた。
貴族といっても土地を治めて税をもってくる為だけに与えられた、そんな最低限の身分だ。
それでも優しい父上と明るい母上、小さな領地だけれど森と山の恵みがあり
豊富な農作物が取れるこの土地が、働きものの領民が好きだった。
母上が流行り病で亡くなったのはいつだったか。
まだ俺が小さな頃で、丘の向こうに見えるお墓に毎日通って泣いてたな。
父上が今の母上を迎え、弟が出来たのはまもなくだった。
年の離れた弟は、物静かで頭が良かったが大人しく、
あまり部屋から外へ出たがらなかった。
今の母上は王都の近くを治める貴族の三女、いわゆる都会から田舎に嫁ぎに来たそうで
屋敷の古さや、食べもの、服や食器なんかに困惑していたのを覚えている。
父上は出来る限り、好みに合う服や品物を贈っていたようだ。
この地域にたびたび起こる、咳が止まらなくなる流行り病。
4年前に父上は母上と同じ病で亡くなった。
残された弟と母上を、俺がお守りすると父上に約束をしたが
あまりうまく行っていない。
ほとんど親子の会話は無く、対外的な時しか顔を合わせなくなった。
すべて俺が頼りないせいだと感じている。
それに母上は…
いや、暗い話はやめよう。
今夜は天使が同じ屋敷にいる。
どうしたらこの先、一緒にいられるかを考えよう。
もう少し大きくなったら結婚しよう。
今すぐしたい位だけれど、対外的にマズイ年の差だろう。
そういえばまだプロポーズをしていなかった。何をしてたんだ俺は。
また動悸が激しくなってきた。
興奮して寝れそうに無いけれど、天使はまだ起きているだろうか。
手汗が出てきた。
あまり考えるのをやめよう。
天使を遣わせてくれた、人の神
世界の守護神― ディエバス御神に感謝を。