36 地下牢の花
「あれは‥?」
「ああ、教会の菜園よ。野菜や販売用の花なんかも育てているのよ。」
塔の窓から見る畑にキラキラしたものが見える、多分植物系の精霊がいる。
なんとなく、見知った光り方をしているのがいる。
「ねぇ、盗賊って今、教会の地下牢にいるって言ったよね?」
「ええ、言いましたけれど…?今日にでも警備兵に引き渡す予定ですわ。」
「これからちょっと、内緒で見に行くことって出来ないかな…。」
「ええっ!アナタ何を…」
ブリジットは少し考えた素振りを見せる。
「ねぇ、いいわよ、これって貸しよね?」
笑顔の少女に向かって、覚悟を決めて、頷く。
「お願い。あと、先にお花も見に行っていいかな?」
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地下牢は礼拝堂の地下にひっそりと作られており、牢と言っても穴を掘った中に囚人を放り込み、ハシゴを上げて出れなくした簡単なものだった。
今は礼拝堂も忙しい時間らしく特に警備しているものもおらず、小さな通路を通り誰にも会わずに案外にあっさり辿り着けた。
『本当にやるのか?ほっとけばいいのに。』
「植物の精霊さんなら出来るよね?体内に入った惚れ薬も毒と同じようなもんだし。」
『多分、出来るけど…ってか、そいつずっとこっち見てるんだけど…。』
ブリジットと中庭に下りると、うろついていたプーと合流してから
咲いていたポピーの花を摘み、花びらについていた精霊さんと一緒に地下牢の近くへとやってきていた。
「うん、ブリジットには…協力してもらいたいから言っちゃった。」
『何を?』
「えーと、精霊さんとお話が出来るって…。ははっ。」
『ははっじゃないって!!…ったく、面倒なことにならなきゃいいけど…』
『惚れ薬のことも言ったのか?』
「いや、そこまでは。なんか更生させる魔法があるとか言ってみた…」
『小声で!あいつ聞き耳立ててるぞ。』
そんなこんなで、牢屋の蓋が見える場所まで来た。
中から、何か叫んでいる声が聞こえる。
昨日の事を思い出すと少し怖いけど…。
「植物の精霊さん、牢屋の中に入っている、頭が金髪の人が飲んだ妖精の薬を、体から解毒して欲しい。」
花びらについているキラキラとした粘り気が、より光った気がした。
ブリジットが目を輝かせているのが見える。
え、この光見えるの?違うよね?
「あの、ブリジットお願い。このお花を牢の中に入れたいの。蓋を開けてくれたら入れるから。」
ブリジットはコクンと頷くと、きょろきょろっと見回してから
床の蓋についた木の棒、かんぬきを抜いて、扉の取っ手を持ち上げる。
「早く!」
手早く花束を投げ入れる。
「お前か‥?」
ドキン。
「閉めるわよ。」
「待て!‥ま…!!」
バタン。
中から叫ぶ声が聞こえる。
めちゃくちゃに喚いている様子だ。
昨日の怖さがお腹の底から蘇ってきた。
「騒ぎになるといけない、行きましょう。」
ブリジットに急かされて階段を登る。
気付いたら、足が震えているようで早く登れない。
「いらっしゃい。」
『大丈夫だ。』
右手をブリジットが引いてくれて、プーが左手をぎゅっと繋いでくれた。
やらなきゃよかったかな…。
プーの言うとおり放っておけば、いつか薬の効果は切れたかもしれない。
独占欲や、性欲や、所有欲や、いろんな感情を向けられて怖かった。
荒い息遣いや、汗のニオイ、乱暴な言葉遣いも嫌だった。
「でも、助けたかったんだ…。苦しそうだったから…。」
泣きべそをかきながら、塔の階段を登る。
『バカだなぁお前…本当に…。』
元のブリジットの部屋になんとか辿り着いたら、一気に涙が出てきた。
涙が止まらなくて恥ずかしかった。
怖さなのか安心したのかわからないけど、しゃくり上げながら泣いた。
「ごめっ、、ちょっと落ち着くまで…ひとりにしてくれる…?」
ブリジットは心配そうにしながらも
少ししたらお水を持ってくるからねと部屋を出てくれた。
布団をかぶってぎゅっと目をつぶる。
あの夜、アルマスが抱きしめてくれたことを思い出した。
汗に混じって少し薔薇の香油の香りがした。
すごく、すごく安心したんだ。
アルマスに会いたい。
でもこんなに泣いてたら、心配させてしまうからだめだ。
そしてもうひとつ考えた。
アルマスにも、同じように苦しい思いをさせていたんじゃないかと。
アルマスにも、ちゃんと解毒をするべきだってこと。
たとえもう二度と
同じ気持ちで抱きしめてもらえないとしても。




