32 祈りの歌声
「いやっはは、本当に良い日和ですなぁ!
坊ちゃまが来てくれて、爺は100歳若返りましたぞ!!!」
ふんぬー!と筋肉を見せつけるポーズ、
サイド・チェストからのモスト・マスキュラーだ(知らなくていいです)。
「ロナンの手当のお陰で腫れも引いたし、ゆっくり寝れて調子もすごくいいよ。」
はー、よかった。
精霊のお陰か、安心して休めたからかわからないけど、元気になってよかった。
「爺は教会に行きますが、坊ちゃまも行きますか?
身分は伏せたまま、儂の古い友人として紹介したい人もいるのですが…」
「そうだね、王都で暮らすことになっても教会へは通うと思うから、アランとでも名乗ろうかな?」
アランはこの国でよくある名前の一つだそうだ。
「儂は言いにくいですなぁ。坊でも失礼は無いですか?」
「ふふっ。僕も結構いい年なんだけどなぁ?」
「ワカ様も、嬢ちゃんで失礼いたしますよ?」
はい。子供なんで問題ありません。
教会都市の中央には大きな広場があり、大教会と呼ばれる教会の建物があった。
広場はやっぱり色んな出店が並んでおり、土産物や名産品の屋台、限定品のお守りなんかも目についた。
ブロドウェン教のモチーフはハートと葉っぱを組み合わせた感じで、男女問わずその形のグッズを着けているのが可愛く思える。
気付かなかったけど、帽子についていた木のブローチもその形だった。
その広場を巡礼の行列が10列くらいで伸びており、そのまま教会の大きな門に吸い込まれていく。
その先には大きなホールがあり、祈りを捧げた後、裏の出口へと続いていくそうだ。
「儂らは従業員入口から入りましょう。こっちです。」
従業員入口ってあるんだ。
人混みをすり抜けて、建物の右側にある入り口へ進む。
いつの間にかアルマスは手を引いてくれていた。
水色の細い通路を抜け、ドアを開けると控室のような部屋に出た。
5、6人、紺色のローブ姿の人達は、テーブルで何かを食べたり、ロッカーを開けて荷物を入れたり、机にいくつもある鏡に向かって髪を整えたり、それぞれが身支度のような事をしている。
そのうちの一人がこちらに気付き、声をかける。
「ロナンじぃ、おはよう!その人は?」
「おおライアン、マルヴァイナはまだかの?古い友人を紹介しようと思っての。」
「もうすぐ来るんじゃない?来たら伝えとこうか?」
ロナンは、一つのロッカーからローブを取り出し、頭からかぶる。
それだけで、なんかサマになってる感じがするのは気の所為だろうか。
「じゃあ、先に行こうか。そろそろ最初の祈りが始まる時間じゃし。」
【アラン】とワカをみんなに簡単に紹介すると、
先にお祈りをしてからまたこの部屋に戻ることになった。
控室から廊下を進むと、舞台の側面に扉が繋がってるらしい。
舞台?
そっと小さな扉を開けると
何百人だろうか、大きな白い壁のホールには人がぎっしりと正方形に並び
列の整理を紺色のローブの人がしている。
「静かに!静かにっ!!」
「そこ列を守って!退出させますよ!!」
「今回はここまで!あとは外でお待ちください!そこ無理に入らない、ダメだってば!!」
…大変な仕事だ。
「はは、お二人はこちらでお祈りしてください。儂はちょっと仕事してきます。」
ロナンは笑いながら歩きだす。
あのガタイで列のはみ出しをガンガン押さえていき、喋ってる人を目で黙らせる。
数人をつまみ出して外に出すと、あっという間に全体の整理を終え、ホールは静寂に包まれる。
一番後ろでロナンは全体に睨みをきかせて立っているようだ。
「さすがロナンだ。」
アルマスと笑いあう。
スーパー執事にはこのくらいお手の物なんだろう。
「…そろそろ始まるかな?見えるかい?」
舞台には、白い舞台幕、緞帳のようなものがあり
スルスルと幕が開くのが見えた。
ステージ上には、女性像が彫られた4本の柱が並び背景には木々が茂り、モチーフがついた中央の台座の、赤い絨毯の上には美しい女性が立っている。
総レースの白いドレスに宝石がキラキラと散りばめられ、少し透けていて体の形が見えるのはちょっと色っぽい。顔はレースのチュールで隠れているけど小柄の少女のようだ。
「あれ、昨日会ったブリジットだよ、綺麗だね。」
アルマスの言葉にピンとこなくて、記憶をたどる。
昨日馬車で拾ってもらった時の、黄色のドレスの少女?
ふてくされていたあの子…?鳥になりたいわ~とか言ってたあの子…?
「ワカもドレス着たら綺麗だろうな~結婚式のぉ…」
ええーっと、ゲホンゴホン、聞こえなかったことにしよう。
舞台の横からは、紺色のローブの人が風をあおいでいたり、コソコソ楽器の伴奏の準備をしているのも見えてしまう。幾つかの弦楽器とリコーダーが伴奏のようだ。
「彼女が歌っている間は、僕らは静かに目を閉じて祈りを捧げるんだよ。」
ディエバス神に捧げる特別な歌を巫女が歌う。
その歌に乗ると、神への祈りが届きやすくなるらしい。
歌が終わらないうちに人々は、家族の健康や無事な出産、農作物の豊作などを祈る。
~ポロン♪
伴奏が始まる。
美しい歌声がホールに反響する。神々しさを感じる高音の声。
静かに目を閉じる。
誰もが、祈りを捧げる神聖な時。
大切な思いをみんな祈っている時間。
だから誰も気付かなかった。
忍び込んでくる影があるなんてこと。
歌がゆっくりと終わる。
全てが浄化された気持ちで、静かに目を開ける。
「…ワカ?」




