2 旅立ちと少しの葛藤
自分は誰だったんだろう?
思い出せそうで思い出せない。
魂には記憶があまり無いんだそうだ。
記憶は脳や心臓に置いてきたらしい。
毎日をどう過ごしていたんだろう。
ああ、それよりも。
これからどう過ごして行けばいいんだろう。
何かをやれと言われたみたいだけど、自分が何者かわからないままで何か出来るんだろうか?
しかも幼児の姿で。
あ、どんな顔なんだろ?
鏡って無いのかなーこの部屋。
髪の毛はすごく短いみたいだけど…。
「そろそろ良いか?」
例の彼が何か荷物を持って入ってきた。
「はぁ。」
「気の抜けた返事だな、まったく…。」
かわいい顔だけど怒っているらしい。
ついジロジロ見ると、キッとにらまれる。ああかわいい。
「あなたの名前は何て呼んだらいい?」
彼、ってのも変だしね。
「馬鹿なのかお前は?妖精が名を名乗るわけないだろ?」
"小さな人たち"、"良いお隣さん"とか、"丘の人々"とか間接的に呼ぶんだそうだ。
「じゃあ貴方のことプーって呼ぶ。」
ええっ!と驚いた顔をする。
だって呼びにくいんだもん。いつもプリプリしてるからプー。
嫌なら名前教えてくれるでしょ?
プーは絶対に教えてくれなかった。
もう絶対プーって呼び続けてやる。ぷーんだ。
そして私はこれから人間界に放り出されるらしい。
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「ここから行くんだ。」
そう言われて連行された、お城の一角。
多分王様がいるからお城だと思うんだけど外を確認する間も無い。
薄暗い石造りの大広間には、明かりが壁に沿って上下にゆらゆら揺れている。
大広間というか、大空間?先は暗すぎて見えない。
はるか上の石窓から月明かりが床にこぼれ落ちる。
2人の後ろに月の影が伸びる。
背格好だけ見れば、小学生と幼稚園児。
実際はアラサー(多分)と何百年も生きてる妖精。
プーが手を繋いでくれている。
連行されてると言ったほうがいいのか。
自分が何をさせられようとしているかわからない混乱と不安で泣きたくなる。
とにかく情報が足りない。不安感が押し寄せてくる。
繋いだ手の力がギュッと強くなった。
「大丈夫、俺も行くから。」
えっ?とプーを見る。
プーは真っ直ぐ前を向いたまま。
「だけど俺は無事に着けないかもしれない。普通に行けるならお前を呼んだりしない。」
「扉に封がされていて、自由に人間界に行けなくなってるんだ。だから。」
だから?
「人間の魂なら、そのまま扉を越えれるから。だから。」
どういうこと?じゃあプーは?
「危ないんだったらダメだよ!私一人で行くから!」
状況が全くわからない。でも、よくないことがあるなら嫌だ。
プーは黙ってこちらを見て、また前に向き直る。
「あれが扉だ。満月の日だけ開く。」
プーが指を向けたその先、窓から落ちてくる月の光にゆらめく影。
ぼんやりとした影はゆらりゆらりと灯りに形作られ、段々とハッキリ大きな姿を現す。
怖い。
十メートル以上はある大きな黒い扉。
金の装飾が施されていて、月の光をキラキラと受ける。
「これからどうなるの?」
強く握る手はじんわりと汗ばむ。
「大丈夫。」
プー。説明が足りないよ。
幼い顔なのに、なんて凛々しく澄んだ横顔なんだろ。
泣きたいよ。
逃げ出したいのに握った手を離すことが出来ない。
そのまま扉へと2つの影が消えていく。
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暗い闇。
暗いのは嫌いだ。
夜中に考えることなんて大抵ろくな事がない。
つらかったことばかり繰り返し思い出すし。
一晩寝たらケロッと忘れるのにね。
この暗い霧の中、いつまで歩くんだろう。
目の前が何も見えない。
貧血した時、こんな感じだったかな。
扉を越えてどのくらい歩いたんだろう。
疲れてはいない。
ちゃんと進んでるのか、ちゃんと手を繋いでるのか感覚がわからなくなってる。
自分は何者なんだろうって、前もいつも考えてたような気がする。
霧がだんだん明るくなってきた‥!
隣のプーに呼びかけてみる。
「ねぇ、プ」
カクン!
突然の無重力。
いや、下に落ちてる。高速に。
いや、ウソでしょ!?えっ!
上を見上げると、バンザイをしてる自分の両手。
手を繋いでるはずだった。
「プー!?」
遠のく意識の中、誰かが自分を呼ぶ声がした。
あー、私の名前さっき言ってたっけ、そうそうそれだよ。ヒロコ。
まったく地味な名前でしょ。